有名度
前頭四十九所神社
しじゅうくしょじんじゃ
鹿児島県肝属郡肝付町新富5580
鹿児島県肝属郡肝付町新富5580

Sanjo(wikipedia パブリック・ドメイン)
かんたんご利益
- 仕事
- 勝負
四十九所神社には
「仕事系」「勝負系」
のご利益があります。※かんたんご利益はご利益をジャンル毎に分けわかりやすく表示したものです。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。
ご利益
想
国家隆昌 生命力向上 五穀豊穣 必勝祈願 国家守護
御祭神
豊宇氣毘賣神 とようけびめのかみ
天照大御神 あまてらすおおみかみ
瓊々杵尊 ににぎのみこと
大直日神 おおなおびのかみ
天兒屋根命 あめのこやねのみこと
天太玉命 あめのふとだまのみこと
天鈿女命 あめのうずめのみこと
石凝度賣命 いしこりどめのみこと
玉祠命 たまほこらのみこと
天香語山命 あめのかごやまのみこと
天櫛主命 あめのくしぬしのみこと
天道根命 あめのみちねのみこと
天神玉命 あめのかみたまのみこと
天椹野命 あめのくぬのみこと
天糖戸命 あまのぬかどのみこと
天明玉命 あまのあかるたまのみこと
天村雲命 あめのむらくものみこと
天背男命 あめのせおのみこと
天御陰命 あめのみかげのみこと
天造日女命 あめのみやつこひめのみこと
天世手命 あめのよてのみこと
天背手女命 あめのさでめのみこと
天玉節彦命 あめのたまくしひこのみこと
天津湯彦命 あめのゆつひこのみこと
天神魂命 あめのかんたまのみこと
天三降魂命 あめのみくだりたまのみこと
天日神命 あめのひみたまのみこと
天乳日命 あめのちひのみこと
天八坂彦命 あめのやさかひこのみこと
天活玉命 あめのいくたまのみこと
天小彦根命 あめのこひこねのみこと
天事湯彦命 あめのことゆひこのみこと
天表春命 あめのうわはるのみこと
天下春命 あめのしたはるのみこと
天月神命 あめのつきがみのみこと
天井佐布留視命 あめのいさふるたまのみこと
天伊波志尓保命 あめのいはしにほのみこと
天麻根根命 あまつらねねのみこと
鹿島大神 かしのおおかみ
國常立尊 くのとこたちのみこと
國狭槌尊 くにのさずちのみこと
豊斟淳尊 とよくむぬのみこと
埿者尊 うひぢにのみこと
沙土煮尊 すひぢのにのみこと
大戸道尊 おおとじのみこと
大戸邊尊 おおとまべのみこと
面足尊 おもたるのみこと
伊佐邪那岐伊佐邪那美尊 いざなぎいざなみのみこと
惶根尊 かしこねのみこと
神社系統
※系統は御祭神や由緒による神社の分類です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。
由緒・歴史 | 特徴
四十九所神社は鹿児島県肝属郡肝付町に鎮座する神社。御祭神は豊宇氣毘賣神、天照大御神、瓊々杵尊、大直日神、天兒屋根命、天太玉命、天鈿女命、石凝度賣命、玉祠命、天香語山命、天櫛主命、天道根命、天神玉命、天椹野命、天糖戸命、天明玉命、天村雲命、天背男命、天御陰命、天造日女命、天世手命、天背手女命、天玉節彦命、天津湯彦命、天神魂命、天三降魂命、天日神命、天乳日命、天八坂彦命、天活玉命、天小彦根命、天事湯彦命、天表春命、天下春命、天月神命、天井佐布留視命、天伊波志尓保命、天麻根根命、鹿島大神、國常立尊、國狭槌尊、豊斟淳尊、埿者尊、沙土煮尊、大戸道尊、大戸邊尊、面足尊、伊佐邪那岐伊佐邪那美尊、惶根尊、の49柱をまつる。
社格は旧県社。
四十九所神社は、円融天皇の御代にあたる永観2年(984)7月16日の創建と伝わる。肝付氏の祖である伴兼行が薩摩掾として下向する際、伊勢神宮の内宮・外宮を勧請して創建したとされる。
弘安6年(1283)の肝付兼石の神文には「四十九所大明神」の名が見え、古くから肝付氏の守護神として崇敬された。その後は元肝属郡の惣社、大隅一円の宗社として広く信仰を集めた。
慶応4年(1868)に高山神社、明治4年(1871)に豊受神社へ改称されたが、昭和8年(1933)に四十九所神社の旧称へ復した。昭和3年(1928)には県社に列せられている。
社宝には唐代の唐草八稜鏡が伝わり、現在は肝付町立歴史民俗資料館に展示されている。社殿は2021年5月に拝殿が再建された。
例祭では鹿児島県指定無形民俗文化財の流鏑馬が奉納される。流鏑馬は昭和56年(1981)3月27日に県指定を受け、神社前の宮之馬場で射手が馬を駆りながら3つの的に9本の矢を放つ伝統行事として受け継がれている。
社格は旧県社。
四十九所神社は、円融天皇の御代にあたる永観2年(984)7月16日の創建と伝わる。肝付氏の祖である伴兼行が薩摩掾として下向する際、伊勢神宮の内宮・外宮を勧請して創建したとされる。
弘安6年(1283)の肝付兼石の神文には「四十九所大明神」の名が見え、古くから肝付氏の守護神として崇敬された。その後は元肝属郡の惣社、大隅一円の宗社として広く信仰を集めた。
慶応4年(1868)に高山神社、明治4年(1871)に豊受神社へ改称されたが、昭和8年(1933)に四十九所神社の旧称へ復した。昭和3年(1928)には県社に列せられている。
社宝には唐代の唐草八稜鏡が伝わり、現在は肝付町立歴史民俗資料館に展示されている。社殿は2021年5月に拝殿が再建された。
例祭では鹿児島県指定無形民俗文化財の流鏑馬が奉納される。流鏑馬は昭和56年(1981)3月27日に県指定を受け、神社前の宮之馬場で射手が馬を駆りながら3つの的に9本の矢を放つ伝統行事として受け継がれている。
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神社詳細
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建築
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神紋
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出典
Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%9B%9B%E5%8D%81%E4%B9%9D%E6%89%80%E7%A5%9E%E7%A4%BE
鹿児島県神社庁
https://www.kagojinjacho.or.jp/
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%9B%9B%E5%8D%81%E4%B9%9D%E6%89%80%E7%A5%9E%E7%A4%BE
鹿児島県神社庁
https://www.kagojinjacho.or.jp/
