トヨウケビメ
とようけびめ
- 神話・伝説
- 女神・女性

表記なし

玉蘭斎貞秀(神佛図會)
祭神ランキング17位
トヨウケビメとは?
トヨウケビメは古事記に登場する女神である。古事記では豊宇気毘売神と記され、豊受気媛神、登由宇気神、豊岡姫、等由気太神、大物忌神、とよひるめなどの異名を持つ。和久産巣日神の子とされる。
『止由気宮儀式帳』では、雄略天皇の夢枕に天照大神が現れ、自分一人では食事が安らかにできないため、丹波国の比治の真奈井にいる御饌都神の等由気大神を近くへ迎えるよう告げたとされる。これを受けて伊勢へ迎えられ、現在の伊勢神宮外宮に祀られる豊受大神となったと伝えられている。
神名の「ウケ」は食物を意味するとされ、トヨウケビメは食物・穀物を司る神である。伊勢神宮外宮では天照大神の御饌を司る豊受大神として祀られ、衣食住をはじめとする産業の守護神としても信仰されている。
食物神にはウカノミタマ、保食神、オオゲツヒメなどがおり、後世の神社信仰ではトヨウケビメとこれらの神が同一視されたり、同じ稲荷信仰の中で祀られたりする例も見られる。ただし、『古事記』『日本書紀』ではそれぞれ別の神として登場しており、古典上の神と後世の信仰上の重なりは分けて見る必要がある。
また、丹後地方にはトヨウケビメと結びつく伝承が残されており、『丹後国風土記』逸文の奈具社の羽衣伝説に登場する豊宇賀能売命を豊受大神と結びつける信仰も伝えられている。
これらのことから、トヨウケビメのご利益は五穀豊穣、農業守護、漁業守護、産業振興、開運招福などとされる。
トヨウケビメを祀る代表的な神社には、伊勢神宮外宮(三重県伊勢市)、籠神社(京都府宮津市)などがあり、このほか各地の豊受大神宮や稲荷信仰に関わる神社などでも祀られている。
エピソード
トヨウケビメは、『古事記』の神生みでワクムスビの子として登場する。イザナミが火の神カグツチを生んで重い火傷を負った際、その尿から弥都波能売神と和久産巣日神が生まれ、和久産巣日神の子として豊宇気毘売神が生まれたと記されている。
神名の「ウケ」は食物を意味する語とされ、トヨウケビメは食物や穀物を司る神として信仰されてきた。『古事記』では誕生後の具体的な活躍はほとんど語られないが、天孫降臨の段では伊勢神宮外宮に鎮座する登由宇気神の名が記される。
トヨウケビメは、オオゲツヒメのように自らの身体から食物を生み出す神話を持つわけではない。それでも神名そのものが食物と深く結びつき、後には伊勢で天照大神の食事を司る御饌都神《みけつかみ》として極めて重要な位置を占めるようになった。
神生みの末に現れた食物神が、後世には伊勢神宮外宮の祭神となる。この二つの姿をつなぐものが、食物を司る神というトヨウケビメの一貫した神格である。
出典・参考:『古事記』、『延喜式』
伊勢神宮外宮の豊受大御神には、丹波国《たんばのくに》(京都府北部周辺)から伊勢へ迎えられたという鎮座伝承がある。延暦23年(804)に外宮の禰宜が提出した『止由気宮儀式帳』に記された由緒である。
雄略天皇の夢に天照大神が現れ、自分一柱では安らかに食事をすることができないため、丹波国の比治の真名井にいる御饌都神《みけつかみ》の等由気大神を自分のもとへ迎えるよう告げたという。天皇はその神託に従い、等由気大神を丹波から伊勢国度会《わたらい》の山田原へ迎え、宮を建てて祀ったとされる。
現在の伊勢神宮では、外宮の御鎮座を雄略天皇22年(478)と伝えている。内宮の天照大神が鎮座してから約500年後のことで、これ以降、豊受大御神は天照大神の御饌を司る神として外宮に鎮まることになった。
トヨウケビメにとって丹波は単なる出身地ではない。伊勢へ迎えられる以前から豊受大神の信仰が伝えられていた地域であり、丹波・丹後には現在もその鎮座に関わる伝承や神社が残されている。
出典・参考:『止由気宮儀式帳』、伊勢神宮、籠神社
伊勢神宮外宮に祀られる豊受大御神の最も重要な神格が、天照大神の御饌都神《みけつかみ》である。御饌とは神に供える食事を意味し、御饌都神はその食事を司る神である。
『止由気宮儀式帳』では、天照大神自身が雄略天皇の夢に現れ、丹波国の比治の真名井にいる等由気大神を「我が御饌都神」として自分のもとへ迎えるよう求めたとされる。この鎮座伝承によって、豊受大御神は単なる穀物神ではなく、天照大神の食事を司る特別な神として位置づけられている。
外宮の御饌殿では、現在も朝夕の二度、天照大神をはじめ神宮の神々へ食事を供える日別朝夕大御饌祭《ひごとあさゆうおおみけさい》が行われている。また神宮の祭典は、御饌都神を先に祀る「外宮先祭」をならわしとし、外宮の祭儀を行ってから内宮の祭儀へ進む。
食物を司るというトヨウケビメの神格は、人々の五穀豊穣を守るだけではない。伊勢では神々の食事そのものを司り、天照大神の祭祀を支える神として現在まで祀られ続けている。
出典・参考:『止由気宮儀式帳』、伊勢神宮
伊勢神宮外宮では、豊受大御神の鎮座以来、約1500年にわたって毎朝・毎夕、神々へ食事を供える日別朝夕大御饌祭《ひごとあさゆうおおみけさい》が続けられている。
外宮の御饌殿で、御飯、御水、御塩などを内宮・外宮・別宮の祭神へ奉り、国と人々の安寧を祈る祭典である。1年に一度の祭りではなく、朝夕の二度、日々繰り返されていることに大きな特徴がある。
この祭祀の中心にいるのが、天照大神の御饌都神《みけつかみ》である豊受大御神である。外宮の鎮座伝承そのものが、天照大神の食事を司る神として丹波から豊受大御神を迎えたことを起源としており、日別朝夕大御饌祭はその神格を現在まで具体的な祭祀として伝えている。
トヨウケビメが食物神であることは、神名の意味や古い文献だけに残っているわけではない。伊勢では現在も毎日の神事として「神に食事を供える」という役割が続いており、豊受大御神の御饌都神としての性格を最も分かりやすく示している。
出典・参考:伊勢神宮
『丹後国風土記』逸文には、トヨウケビメと結びつけられる羽衣伝説が残されている。丹波郡比治里の比治山にある真奈井へ8人の天女が降りて水浴びをしていたところ、老夫婦が一人の天女の衣を隠したため、その天女だけが天へ帰れなくなった。
天女は子のいない老夫婦の娘となり、10年以上をともに暮らした。天女は酒造りに優れ、その酒を一杯飲むと病が癒えたため、老夫婦の家は豊かになったという。しかし老夫婦は後に天女を家から追い出してしまう。
天へ帰ることもできず、頼る場所も失った天女は各地をさまよい、最後に竹野郡の奈具村へたどり着いた。そこで心が「なぐしく」なったとして村に留まり、奈具社に祀られる豊宇賀能売命となったと伝えられる。
この伝承では、トヨウケビメは単なる食物神ではなく、人々を豊かにする酒を造り、病を癒す力を持つ天女として描かれている。伊勢の御饌都神とは異なる丹後地方の伝承であり、トヨウケビメ信仰の多様な姿を伝える重要な説話である。
出典・参考:『丹後国風土記』逸文
トヨウケビメは、ウカノミタマ、保食神、オオゲツヒメなどとともに、食物や穀物に深く関わる神である。記紀ではそれぞれ別の神として登場し、トヨウケビメは『古事記』でワクムスビの子、ウカノミタマはスサノオと神大市比売の子、オオゲツヒメは食物を生み出す神として別々の神話を持っている。
一方、実際の神社信仰では、こうした食物神の境界は必ずしも明確ではない。稲荷神社ではウカノミタマが広く祀られているが、神社によってはトヨウケビメや保食神などを祭神とする例もある。いずれも稲や穀物、食物を司る神として信仰されてきたため、長い信仰の歴史の中で神格が重なり、同じ稲荷信仰の中に取り込まれていった。
トヨウケビメ自身も、伊勢神宮外宮では天照大神の食事を司る御饌都神《みけつかみ》として祀られる一方、各地では五穀豊穣や農業、食を守る神として祀られている。そのため、伊勢の豊受大神としての信仰だけでなく、稲荷信仰と結びついた姿もトヨウケビメのもう一つの重要な側面である。
記紀では異なる神でありながら、実際の神社では祭神や神徳が重なっていく。トヨウケビメとウカノミタマなどの関係は、神話上の系譜だけでは捉えきれない、日本の神社信仰の広がりを示している。
出典・参考:『古事記』、『日本書紀』、伊勢神宮
中世になると、外宮の豊受大御神は御饌都神《みけつかみ》という性格を越えて、世界の根源に関わる神としても説かれるようになった。その中心となったのが、外宮の神職を務めた度会氏によって形成された伊勢神道《いせしんとう》、または度会神道《わたらいしんとう》と呼ばれる神道説である。
伊勢神道では、豊受大御神を天之御中主神や国之常立神と同体とする説が唱えられた。『古事記』でワクムスビの子として登場し、伊勢では天照大神の食事を司る神として祀られていたトヨウケビメが、中世には天地の根源に関わる神へと大きく位置づけを変えたのである。
これは『古事記』や『日本書紀』にもともと豊受大御神と天之御中主神・国之常立神が同一神であると記されているわけではない。中世に成立した伊勢神道の教説として区別する必要がある。
トヨウケビメの信仰は、古代の食物神、伊勢の御饌都神という姿だけにとどまらなかった。外宮を中心とした神道思想の発展によって、世界の始まりを説明するほど大きな神格を与えられた時代もあったのである。
出典・参考:『豊受皇太神御鎮座本紀』、伊勢神道関係資料
出典文献
古事記
先代旧事本紀
延喜式
摂津国風土記 逸文
陸奥国風土記 逸文
神格
ご神徳
別称・異称
とようけびめのかみ
古事記
登由宇気神とゆうけのかみ
古事記
豊宇気比女神とようけひめのかみ
先代旧事本紀
豊受神とようけのかみ
先代旧事本紀
屋船豊宇気姫命やふねとようけひめのみこと
延喜式
豊受太神とようけのおおかみ
延喜式
豊受皇神とようけのすめがみ
延喜式
豊宇可乃売神とようかのめのかみ
摂津国風土記 逸文
止与宇可乃売神とようかのめのかみ
陸奥国風土記 逸文
豊岡姫命とよおかひめのみこと
陸奥国風土記 逸文/神楽歌
豊宇賀能売命とようかのめのみこと
丹後国風土記 逸文
大御食津姫命おおみつけひめのみこと
その他
宇賀之売命うかのめのみこと
その他
宇賀能売命うかのめのみこと
その他
屋船豊受姫大神やふねとようけひめのおおかみ
その他
屋船豊請姫神やふねとようけひめのかみ
その他
等由気大神とようけのおおかみ
その他
豊受姫之神とようけひめのかみ
その他
豊受媛命とようけひめのみこと
その他
豊受比咩神とようけひめのかみ
その他
豊受比売命とようけひめのみこと
その他
豊受毘売命とようけひめのみこと
その他
豊受気比売命とようけひめのみこと
その他
豊受気毘売神とようけひめのかみ
その他
豊宇気大神とようけのおおかみ
その他
豊宇気姫命とようけひめのみこと
その他
豊宇気比売命とようけひめのみこと
その他
豊宇気毘売命とようけびめのみこと
その他
豊宇賀乃売命とようかのめのみこと
その他
豊宇迦能売命とようかのめのみこと
その他
豊御食津神とよみけつのかみ
その他
同一とされる神様
神様グループ
祀られている主な神社
伊勢神宮 外宮
(三重県伊勢市豊川町279番地)
東京大神宮
(東京都千代田区富士見2-4-1)
愛宕神社
(京都府右京区嵯峨愛宕町1)
芝大神宮
(東京都港区芝大門1-12-7)
調神社
(埼玉県浦和区岸町3-17-25)
