有名度
大関愛宕神社
あたごじんじゃ
京都府京都市右京区嵯峨愛宕町1
京都府京都市右京区嵯峨愛宕町1

Saigen Jiro(wikipedia CC0)

京都の北西、標高924メートルの愛宕山山頂に鎮座する愛宕神社は、愛宕系神社の総本社であり、火伏せ・防火の神様として広く信仰を集めています。長い石段を登り切った先に広がる境内からは、京都市街を一望できる絶景が望めます。古くから「一度参れば一生の火伏せ」と伝えられ、多くの参拝者が訪れてきました。自然豊かな山道を歩み、心身を清めながらたどり着いた先で出会えるのは、荘厳で清らかな空気に包まれた京都随一の霊峰の神社です。
愛宕神社以外にも 愛宕さん とも呼ばれます。
神社ワードクラウド
愛宕神社の特徴を視覚的にわかりやすく表現しています。詳しくは見どころをご確認ください。
かんたんご利益
- 安全
愛宕神社には
「安全系(有名)」
のご利益があります。※かんたんご利益はご利益をジャンル毎に分けわかりやすく表示したものです。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。
ご利益
公
火伏 防火
御祭神
本殿
伊弉冉尊 いざなみのみこと
本殿
埴山姫神 はにやまひめのみこと
本殿
天熊人命 あめのくまひとのみこと
本殿
稚産霊神 わくむすびのかみ
本殿
豊受姫命 とようけびめのみこと
若宮
雷神 いかづちのかみ
若宮
迦遇槌命 かぐつちのみこと
若宮
破无神 はむしのかみ
奥宮
大黒主命 おおくにぬしのみこと
奥宮
以下17柱 いか17はしら
神社系統
この神社の主な系統は
「愛宕・秋葉系」
です。※系統は御祭神や由緒による神社の分類です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。
由緒・歴史 | 特徴
愛宕神社は京都府京都市右京区にある神社。伊弉冉尊、埴山姫神、天熊人命、稚産霊神、豊受姫命を祭神とする。
社格は旧府社で別表神社。
全国各地に鎮座する愛宕神社の総本社であり、京都盆地の西北にそびえる愛宕山の山頂近くに鎮座する。古くから山岳信仰や修験道の霊場として栄え、神仏習合の時代には愛宕山の別称である白雲山から白雲寺、また愛宕権現とも呼ばれた。
創建は大宝年間(701~704)と伝えられる。修験道の祖とされる役小角と泰澄が愛宕山で天狗・太郎坊の神験に遭い、神廟を設けたことに始まるという。延暦年間には光仁天皇の勅を受けた慶俊僧都が和気清麻呂とともに、唐の五台山にならった愛宕五坊を建立したと伝えられ、そのうち朝日峰の白雲寺が愛宕山における信仰の中心となった。
愛宕山は古くから修験道の霊場として知られ、比叡山や伊吹山などとともに近畿地方の霊山「七高山」のひとつに数えられた。山中で修行する修験者たちによって愛宕信仰は各地へ広まり、愛宕山は神仏習合の一大霊場へと発展していった。
神仏習合の時代には勝軍地蔵を本地仏とする愛宕権現が祀られ、勝軍地蔵を念ずれば戦勝を得られると信じられたことから、武士からも篤い崇敬を受けた。天正10年(1582)には、本能寺の変を前にした明智光秀が愛宕山に参籠したことで知られる。光秀は西坊威徳院で連歌会を開き、連歌師・里村紹巴らと百韻を詠んだ。これが「愛宕百韻」で、光秀が詠んだ発句「ときは今 あめが下しる 五月かな」は、本能寺の変にまつわる逸話として広く知られている。
やがて愛宕信仰は武士だけでなく庶民の間にも広がった。「伊勢へ七度、熊野へ三度、愛宕さんへは月参り」と謡われたように、各地の村々では愛宕講が組織され、代表者が愛宕山へ参拝する代参や月参りが盛んに行われた。こうした信仰の広がりによって愛宕神社は火伏せ・防火の神として全国各地で祀られるようになった。
明治初年の神仏分離によって白雲寺は廃され、愛宕神社となった。長く続いた神仏習合の形は失われたが、境内には白雲寺時代の惣門と伝えられる黒門が残されている。現在も参道の途中に立つ黒門は、愛宕山が寺院と神社の信仰が入り交じる霊場であった時代を伝える遺構である。
愛宕神社は火伏せ・防火の神として篤い信仰を集めている。なかでも7月31日の夜から8月1日の早朝にかけて行われる「千日通夜祭」は「千日詣」とも呼ばれ、この間に参拝すると千日分の火伏せ・防火の御利益があると伝えられている。夜を徹して愛宕山を登る参拝者の間では、登る人に「おのぼりやす」、下る人に「おくだりやす」と声を掛け合う習わしが現在も受け継がれている。
また、子供が3歳までに愛宕神社へ参拝すると一生火難を免れるという「三歳詣り」の信仰も伝えられている。幼い子供を連れて山上の社を目指すこの風習は、愛宕神社の火伏せ信仰を象徴するもののひとつである。
愛宕神社で授与される「火迺要慎(ひのようじん)」の火伏札もよく知られている。「火、すなわち慎みを要する」と読む札で、家庭では火を扱う台所などに貼り、火災除けを願う。愛宕講や千日詣、三歳詣り、火迺要慎の札など、長い歴史の中で育まれた火伏せの信仰は現在まで受け継がれている。
社格は旧府社で別表神社。
全国各地に鎮座する愛宕神社の総本社であり、京都盆地の西北にそびえる愛宕山の山頂近くに鎮座する。古くから山岳信仰や修験道の霊場として栄え、神仏習合の時代には愛宕山の別称である白雲山から白雲寺、また愛宕権現とも呼ばれた。
創建は大宝年間(701~704)と伝えられる。修験道の祖とされる役小角と泰澄が愛宕山で天狗・太郎坊の神験に遭い、神廟を設けたことに始まるという。延暦年間には光仁天皇の勅を受けた慶俊僧都が和気清麻呂とともに、唐の五台山にならった愛宕五坊を建立したと伝えられ、そのうち朝日峰の白雲寺が愛宕山における信仰の中心となった。
愛宕山は古くから修験道の霊場として知られ、比叡山や伊吹山などとともに近畿地方の霊山「七高山」のひとつに数えられた。山中で修行する修験者たちによって愛宕信仰は各地へ広まり、愛宕山は神仏習合の一大霊場へと発展していった。
神仏習合の時代には勝軍地蔵を本地仏とする愛宕権現が祀られ、勝軍地蔵を念ずれば戦勝を得られると信じられたことから、武士からも篤い崇敬を受けた。天正10年(1582)には、本能寺の変を前にした明智光秀が愛宕山に参籠したことで知られる。光秀は西坊威徳院で連歌会を開き、連歌師・里村紹巴らと百韻を詠んだ。これが「愛宕百韻」で、光秀が詠んだ発句「ときは今 あめが下しる 五月かな」は、本能寺の変にまつわる逸話として広く知られている。
やがて愛宕信仰は武士だけでなく庶民の間にも広がった。「伊勢へ七度、熊野へ三度、愛宕さんへは月参り」と謡われたように、各地の村々では愛宕講が組織され、代表者が愛宕山へ参拝する代参や月参りが盛んに行われた。こうした信仰の広がりによって愛宕神社は火伏せ・防火の神として全国各地で祀られるようになった。
明治初年の神仏分離によって白雲寺は廃され、愛宕神社となった。長く続いた神仏習合の形は失われたが、境内には白雲寺時代の惣門と伝えられる黒門が残されている。現在も参道の途中に立つ黒門は、愛宕山が寺院と神社の信仰が入り交じる霊場であった時代を伝える遺構である。
愛宕神社は火伏せ・防火の神として篤い信仰を集めている。なかでも7月31日の夜から8月1日の早朝にかけて行われる「千日通夜祭」は「千日詣」とも呼ばれ、この間に参拝すると千日分の火伏せ・防火の御利益があると伝えられている。夜を徹して愛宕山を登る参拝者の間では、登る人に「おのぼりやす」、下る人に「おくだりやす」と声を掛け合う習わしが現在も受け継がれている。
また、子供が3歳までに愛宕神社へ参拝すると一生火難を免れるという「三歳詣り」の信仰も伝えられている。幼い子供を連れて山上の社を目指すこの風習は、愛宕神社の火伏せ信仰を象徴するもののひとつである。
愛宕神社で授与される「火迺要慎(ひのようじん)」の火伏札もよく知られている。「火、すなわち慎みを要する」と読む札で、家庭では火を扱う台所などに貼り、火災除けを願う。愛宕講や千日詣、三歳詣り、火迺要慎の札など、長い歴史の中で育まれた火伏せの信仰は現在まで受け継がれている。
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見どころ
神社詳細
公式URL
摂末社・境内社
例祭
鎮火祭 4月24日
嵯峨祭 5月第3・4日曜
千日通夜祭 7月31日夜 ~ 8月1日早朝
火臼祭 11月亥の日
嵯峨祭 5月第3・4日曜
千日通夜祭 7月31日夜 ~ 8月1日早朝
火臼祭 11月亥の日
文化財
革包太刀(笹丸)則宗の銘あり
国 重要文化財
工芸品 明治42年9月22日指定
工芸品 明治42年9月22日指定
嵯峨祭の剣鉾差し
京都市 登録無形民俗文化財
文化財種別不明 平成2年4月2日登録
文化財種別不明 平成2年4月2日登録
建築
情報募集
神紋
情報募集
出典
公式サイト
http://atagojinjya.jp/
Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%84%9B%E5%AE%95%E7%A5%9E%E7%A4%BE
国指定文化財等データベース
https://kunishitei.bunka.go.jp
京都市
https://www.city.kyoto.lg.jp/bunshi/page/0000005493.html
京都府神社庁
http://www.kyoto-jinjacho.or.jp/
http://atagojinjya.jp/
Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%84%9B%E5%AE%95%E7%A5%9E%E7%A4%BE
国指定文化財等データベース
https://kunishitei.bunka.go.jp
京都市
https://www.city.kyoto.lg.jp/bunshi/page/0000005493.html
京都府神社庁
http://www.kyoto-jinjacho.or.jp/
