ワクムスビ
わくむすび
- 神話・伝説
- 不明

葛飾北斎(北斎漫画)
祭神ランキング85位
ワクムスビとは?
ワクムスビは記紀神話に登場する生成と食物の神である。『古事記』では和久産巣日神《わくむすひのかみ》、『日本書紀』では稚産霊《わくむすひ》と記される。神名の「ワク」は若々しい生命力、「ムスビ」は物を生み育てる霊力を表すと考えられている。
『古事記』では、イザナミが火の神カグツチを生んで病に伏した際、その尿から水の神ミヅハノメに続いてワクムスビが生まれた。また、ワクムスビの子として、食物を司るトヨウケビメが生まれたと記されている。
一方、『日本書紀』一書第二では異なる誕生が語られる。火の神カグツチと土の神ハニヤマヒメの間に稚産霊が生まれ、その頭から蚕と桑、臍から五穀が生じたとされる。火と土から生成の神が生まれ、さらにその身体から農耕や養蚕に欠かせないものが生じることから、ワクムスビは食物や農業、養蚕、生産に深く関わる神と考えられている。
神の身体から食物が生じる神話は、『古事記』のオオゲツヒメや『日本書紀』のウケモチにも見られる。ただし、オオゲツヒメやウケモチが死後に身体から穀物などを生じさせるのに対し、ワクムスビについては死が語られていないという違いがある。これらは世界各地に見られる食物起源神話と共通する性格を持ち、比較神話学ではハイヌウェレ型神話との関係が論じられることもある。
こうした神話から、ワクムスビは五穀豊穣、農業、養蚕、食物、生産などを司る神として信仰されている。ワクムスビは、麻賀多神社(千葉県成田市)で主祭神として祀られるほか、竹駒神社(宮城県岩沼市)などでも祀られている。
エピソード
『古事記』では、イザナミが火の神カグツチを生んだことで大やけどを負い、病に伏したと記されている。その苦しみの中で、吐瀉物から金属の神、屎から土の神、尿からミヅハノメとワクムスビが成った。ワクムスビは、イザナミが亡くなる直前に生まれた神々の一柱である。
ワクムスビとともに尿から成ったミヅハノメは、水を司る神である。水は作物を育てるために欠かせず、ワクムスビは若々しい生成力を表す。二柱が同じものから生まれたことには、水によって新しい生命や作物が育つという古代の農耕生活が反映されていると考えられる。
排泄物から神が生まれる場面は、単に穢れを語るものではない。屎や尿は土へ戻り、田畑を肥やして作物を育てる力となる。イザナミの身体が死へ向かう一方で、そこから金属、土、水、食物に関わる神々が次々に成った。死や穢れの中からも、新しい生命を生み出す力が現れることを示す神話である。
ワクムスビという神名は、若々しく生命が生まれ育つ霊力を意味すると考えられている。ワクムスビは、イザナミの死の場面で誕生しながら、その後の人々の暮らしを支える作物と食物の生成を担う神となった。
出典・参考:『古事記』、國學院大學 古典文化学事業「和久産巣日神」「弥都波能売神」
『日本書紀』一書第二では、ワクムスビは稚産霊《わくむすひ》の名で登場する。火の神カグツチが土の神であるハニヤスビメを妻とし、その間に稚産霊が生まれたと記されている。『古事記』ではイザナミの尿から生まれるため、両書では親神も誕生の経緯も異なる。
稚産霊の頭には蚕と桑が生じ、臍《へそ》には五穀が生じた。蚕を育てるためには桑が必要であり、蚕の繭から取れる糸は衣服の材料となる。五穀は人々の食生活を支える主要な作物である。ワクムスビの身体から、衣と食を支えるものが同時に生み出されたのである。
父神のカグツチが司る火は、植物を焼き尽くす一方、焼畑によって耕地を作り、食物を煮炊きする力でもある。母神のハニヤスビメが司る土は、種を育て、作物を実らせる場所となる。火と土から誕生したワクムスビが五穀を生み出す神話は、自然の力を利用して作物を育てる農耕の営みを象徴するものと考えられる。
ワクムスビは穀物だけでなく、養蚕の起源にも関わる神である。食物を生む農業と、衣服を生む養蚕の両方を支えることから、人々の生活と産業を豊かにする生産の神として信仰されてきた。
出典・参考:『日本書紀』、國學院大學 古典文化学事業「和久産巣日神」「火之迦具土神」
『古事記』では、ワクムスビの子としてトヨウケビメが生まれたと記されている。トヨウケビメは神々へ供える食物を司る女神であり、のちに伊勢神宮外宮の豊受大神として祀られる神である。ワクムスビ自身の具体的な活動はほとんど語られないが、この系譜によって食物を生み育てる神格が明確に示されている。
ワクムスビの「ムスビ」は、生命を生み出し、成長させ、完成へ導く霊力を表す言葉である。ワクムスビから食物神のトヨウケビメが生まれた系譜は、種が芽を出して育ち、人が食べられる穀物になるまでの生成の過程を神々の親子関係として表したものと考えられる。
伊勢神宮に伝わる『止由気宮儀式帳』では、アマテラスが自分一人では食事を安らかに取れないと告げたため、丹波国から豊受大神を迎えたとされる。現在も外宮では、朝夕の二度、アマテラスをはじめとする神々へ食事を供える日別朝夕大御饌祭《ひごとあさゆうおおみけさい》が続けられている。
ワクムスビが伊勢神宮に直接祀られているわけではない。しかし、子神のトヨウケビメを通して、食物を生み、神々と人々の命を養う力へつながっている。ワクムスビは、食物が絶えず生み出される根源的な力を表す親神なのである。
出典・参考:『古事記』、『止由気宮儀式帳』、伊勢神宮公式サイト「豊受大神宮」「日別朝夕大御饌祭」
千葉県成田市台方の麻賀多神社では、ワクムスビを和久産巣日神の名で主祭神として祀っている。麻賀多神社は千葉県北部の印旛沼周辺に広がる神社で、台方の麻賀多神社はその中心的な一社である。農耕と生活を支える神として、五穀豊穣、産業発展、家内安全などの信仰を集めている。
宮城県岩沼市の竹駒神社では、ウカノミタマ、ウケモチ、ワクムスビの三柱を祀り、総称して竹駒稲荷大神としている。三柱はいずれも食物や穀物に深く関わる神であるが、それぞれ記紀では異なる神話に登場する別の神である。
ウカノミタマは『古事記』でスサノオの子として生まれる穀物神、ウケモチは『日本書紀』で身体から食物を生み出す神である。ワクムスビも『日本書紀』では身体から五穀を生み、『古事記』では食物神トヨウケビメの親となる。竹駒神社では、異なる食物起源神話を持つ三柱が一つに祀られ、農業、商業、産業を守る稲荷大神として信仰されている。
ワクムスビは神話の中で活動する場面が少ないため、単独で名を知られる機会は多くない。しかし、麻賀多神社では地域を守る主祭神となり、竹駒神社では稲荷信仰を構成する重要な一柱となっている。蚕、桑、五穀を生み出した生成の力は、現在も農業や産業の繁栄を願う信仰へ受け継がれている。
出典・参考:麻賀多神社公式サイト、竹駒神社公式サイト「御祭神・由緒」
出典文献
古事記
日本書紀
先代旧事本紀
神格
ご神徳
別称・異称
わくむすひのかみ
古事記
稚産霊わかむすひ
日本書紀
稚産霊神わかむすひかむすひのかみ
先代旧事本紀
稚皇産霊命わくむすひのみこと
先代旧事本紀
稚産巣日神わくむすひのかみ
その他
神様グループ
祀られている主な神社
愛宕神社
(京都府右京区嵯峨愛宕町1)
竹駒神社
(宮城県岩沼市稲荷町1-1 )
麻賀多神社
(千葉県成田市台方1番地)
遠賀神社
(山形県鶴岡市井岡字和田181-1)
安積國造神社
(福島県郡山市清水台1-6-23)
