火雷
ほのいかづち
- 神話・伝説
- 男神・男性らしい

玉蘭斎貞秀(神佛図會)
祭神ランキング98位
火雷とは?
火雷は記紀神話などに登場する雷の神である。古事記の「八雷神」、日本書紀の「八色雷公」の一柱である。また、八柱の雷神を総称して火雷神、火雷大神と呼ぶこともある。火の神カグツチや、同じ八雷神の一柱であるオオイカヅチとは別の神である。
古事記では、火の神カグツチを生んだことで亡くなったイザナミを追い、イザナギが黄泉国を訪れる。そこでイザナギが目にしたイザナミの身体には八柱の雷神が生じており、頭にオオイカヅチ、胸に火雷、腹に黒雷、陰部に拆雷、左手に若雷、右手に土雷、左足に鳴雷、右足に伏雷が成っていた。
変わり果てたイザナミの姿を見たイザナギが黄泉国から逃げ出すと、イザナミは黄泉醜女に続いて八雷神と黄泉軍を差し向けた。イザナギは黄泉比良坂まで逃げ、そこに生えていた桃の実を投げつけて追手を退けた。火雷はこの八雷神の一柱として、黄泉国に現れる雷の恐ろしい力を象徴する神として描かれている。
神名の「イカヅチ」については、「イカ」を威厳や激しさを表す「厳」、「チ」を霊的な力を表す「霊」とする説などがある。「火」についても、雷が放つ火のような稲光を表すとする説や、落雷によって火を起こす雷の性質に由来するとする説などがある。
火雷神は賀茂信仰とも深い関係を持つ。山城国風土記逸文に伝わる賀茂氏の神話では、賀茂建角身命の娘・玉依日売が川を流れてきた丹塗矢を持ち帰り、床の近くに置いたところ懐妊し、賀茂別雷命を生んだとされる。この丹塗矢の正体を火雷神とする伝承があり、火雷神は賀茂別雷命の父神として信仰されてきた。
雷は恐ろしい災害をもたらす一方、雨を降らせて田畑を潤す存在でもある。そのため火雷神も雷や降雨を司る神として、古くから祈雨や農耕と結びついて信仰された。角宮神社では賀茂別雷命の父神として祀られ、祈雨の神として朝廷から奉幣を受けたと伝えられている。また延喜式神名帳には宮中の食膳を担当した大膳職に関係する火雷神社も記載されており、古代の宮中祭祀にもその名を見ることができる。
火雷には祈雨、五穀豊穣、農業守護、雷除け、厄除けなどのご利益があるとされる。代表的な神社には葛木坐火雷神社(奈良県葛城市)、角宮神社(京都府長岡京市)、雷神社(神奈川県横須賀市)などがあり、このほか火雷神、火雷大神の名でも各地の神社に祀られている。
エピソード
黄泉国へ去ったイザナミを連れ戻すため、イザナギは黄泉国まで追いかけた。イザナミは黄泉神と相談する間、自分の姿を見てはならないと告げたが、待ちきれなくなったイザナギは櫛の歯に火をともして、その姿を見てしまった。
『古事記』では、腐敗したイザナミの身体に八柱の雷神が成っていた。頭にはオオイカヅチ、胸には火雷、腹には黒雷、陰部には裂雷、左手には若雷、右手には土雷、左足には鳴雷、右足には伏雷が成っていた。
火雷の「火」は炎や火のような光を、「雷」は雷鳴や稲妻を表すと考えられている。雷が落ちると樹木や建物から火が起こることがあるため、古代の人々は雷と火を密接に結びつけて捉えていた。
ただし、火雷はイザナミに大やけどを負わせた火の神カグツチではない。カグツチを生んだことで命を落としたイザナミの身体に、黄泉国で新たに火雷をはじめとする雷神たちが生じたのである。
出典・参考:『古事記』、『日本書紀』神代巻
イザナギに腐敗した姿を見られたイザナミは、恥をかかされたとして怒り、黄泉醜女《よもつしこめ》を差し向けた。イザナギが追っ手を退けながら逃げると、イザナミはさらに身体に成った八雷神《やはしらのいかずちがみ》と黄泉国の軍勢を追わせた。
火雷も八雷神の一柱としてイザナギを追った。イザナギは黄泉比良坂《よもつひらさか》まで逃げ、そこに生えていた桃の実を投げつけた。すると八雷神と黄泉の軍勢は退き、イザナギは現世へ逃げ帰ることができた。
『日本書紀』の一書にもイザナミの身体に八柱の雷神がいたと記されるが、神名と身体の位置には『古事記』との違いがある。『日本書紀』では頭に大雷、胸に火雷、腹に土雷、背に稚雷、尻に黒雷、手に山雷、足に野雷、陰部に裂雷がいたとされる。胸に火雷がいた点は両書で共通している。
八雷神は雷の働きを八つに分けた神々であるとともに、死者の身体に生じた黄泉国の恐ろしい力を表す存在でもある。火雷はその中で、雷が放つ光と火の力を象徴する神なのである。
出典・参考:『古事記』、『日本書紀』神代巻一書
『山城国風土記』逸文には、黄泉国神話とは異なる火雷神の伝承が記されている。賀茂建角身命の娘である玉依姫が川辺で遊んでいると、上流から丹塗矢《にぬりや》が流れてきた。玉依姫は矢を拾い、家へ持ち帰って床の近くに置いたところ、やがて身ごもって男児を生んだ。
男児が成長した後、祖父の賀茂建角身命は宴を開き、父と思う神へ酒杯を捧げるよう命じた。男児は酒杯を持って天井を突き抜け、天へ昇った。この出来事によって、男児の父が乙訓郡に鎮座する火雷神であることが明らかになった。男児は賀茂別雷命と呼ばれ、現在の上賀茂神社の祭神となった。
この伝承で火雷神は、丹塗矢に姿を変えて玉依姫のもとへ現れる。矢は雷光や雷神の力を象徴するとともに、水の流れを通じて地上の女性と結ばれ、子を誕生させる神聖な依代となっている。
火雷神は雷を落として災いをもたらすだけの神ではない。雷雨によって大地を潤し、新たな生命と農作物を育てる力を持つ神として、賀茂氏の祖神伝承へ取り入れられたのである。
出典・参考:『山城国風土記』逸文、『釈日本紀』所引「賀茂社」
奈良県葛城市の葛木坐火雷神社《かつらきにいますほのいかづちじんじゃ》は、火雷大神と天香山命を祀る古社である。笛吹神社とも呼ばれ、『延喜式』神名帳では名神大社に列せられている。雷と火の力を司る火雷大神は、降雨や五穀豊穣をもたらす一方、落雷や火災を防ぐ神としても信仰された。
京都府長岡京市の角宮神社《すみのみやじんじゃ》は、延喜式内社の乙訓坐火雷神社《おとくににいますほのいかづちじんじゃ》に比定される神社である。『山城国風土記』逸文で、丹塗矢となって玉依姫のもとへ通い、賀茂別雷命の父となった火雷神を祀る神社と伝えられている。
群馬県邑楽郡板倉町の雷電神社では、火雷大神、大雷大神、別雷大神の三柱を主祭神として祀っている。関東地方では雷雨が農作物へ恵みをもたらす一方、落雷や雹《ひょう》によって大きな被害を与えることもあった。そのため、雷電神社では雷除け、雹除け、五穀豊穣などが祈願されてきた。
火雷への信仰には、雷の力を遠ざけるだけでなく、その力を適切に鎮め、雨と農作物の恵みへ変えるという願いが込められている。
出典・参考:『延喜式』神名帳、『山城国風土記』逸文、葛木坐火雷神社由緒、角宮神社由緒、雷電神社公式サイト「御祭神・由緒」
出典文献
古事記
日本書紀
神格
ご神徳
別称・異称
ほのいかずち
古事記/日本書紀/先代旧事本紀
神様グループ
祀られている主な神社
愛宕神社
(京都府右京区嵯峨愛宕町1)
静岡浅間神社
(静岡県葵区宮ヶ崎町102-1)
上御霊神社
(京都府上京区上御霊前通烏丸東入上御霊竪町495)
向日神社
(京都府向日市向日町北山65)
火雷神社
(群馬県玉村町下之宮甲524番地)
