一の鳥居 | 愛宕神社 - 神社ファン

有名度

大関

愛宕神社

あたごじんじゃ

京都府京都市右京区嵯峨愛宕町1

😞 🙁 😐 🙂 😄

一の鳥居

更新日:2026年10月23日

五山送り火「鳥居形」の起源説が伝わる鳥居

愛宕神社の一の鳥居は、愛宕山の麓、京都市右京区の嵯峨鳥居本に建っています。この地域は愛宕神社へ向かう参詣道の入口にあたり、「鳥居本」の地名も一の鳥居にちなむとされています。愛宕街道沿いには、茅葺きの農家風建築や町家風の建物が今も残ります。化野念仏寺を境に、一の鳥居に近い上地区には農家風の建物、下地区には町家風の建物が多く、歴史ある家並みと周囲の自然が一体となった景観をつくっています。嵯峨鳥居本は1979年に京都市の伝統的建造物群保存地区に指定され、国の重要伝統的建造物群保存地区にも選定されています。
一の鳥居
毎年8月16日に行われる五山送り火の「鳥居形」は、嵯峨鳥居本の曼荼羅山に灯されます。その起源には諸説あり、愛宕神社の参道に建つ一の鳥居との関係を指摘する説が伝わっています。ほかにも、空海が石仏を開眼供養した際の火に由来するという説などがあります。送り火そのものの起源には不明な点が多く、一の鳥居との関係も起源説の一つとして伝えられています。
嵯峨鳥居本の一帯は、かつて化野と呼ばれ、平安時代には風葬の地だったとされています。化野念仏寺には、空海が弘仁年間(810~824)にこの地に五智如来の石仏を立て、一宇を建立したことを始まりとする寺伝があり、当初は五智如来寺と称したと伝えられています。
一の鳥居 裏側
鳥居本地区が集落として開かれたのは室町時代末期ごろで、当初は農林業や漁業を主体としていました。江戸時代中期になると、愛宕神社を目指す参詣者を迎える門前町としての性格が加わります。さらに江戸時代末期から明治・大正期にかけて、愛宕街道沿いに農家や町家、茶店などが建ち並ぶようになりました。現在も一の鳥居の周辺を歩くと、愛宕詣によって発展した門前町の歴史を、建物の様式や町並みからたどることができます。
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京都市嵯峨鳥居本町並み保存館

一の鳥居の近くには、京都市嵯峨鳥居本町並み保存館があります。明治時代初期に建てられた民家を修理・整備した施設で、建物や内装そのものが見どころです。外観には格子や虫籠窓、屋根の煙出しがあり、館内では通り庭、かまど、井戸などを見学できます。昭和初期の愛宕街道の町並みを再現した模型や、町並み保存に関するパネルも展示されています。入館は無料で、開館時間は午前10時から午後4時までです。月曜日と年末年始は休館です。
京都市嵯峨鳥居本町並み保存館
一の鳥居を見たあとに保存館へ立ち寄ると、愛宕街道沿いに残る家並みや、農村と門前町という二つの性格を持って発展した鳥居本の暮らしについて理解を深められます。建物の特徴や町並み模型を見てから周辺を歩けば、一の鳥居へと続く街道に残された愛宕詣の歴史を、より具体的に感じることができます。

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