イザナミ
いざなみ
- 神話・伝説
- 女神・女性

小林永濯

玉蘭斎貞秀(神佛図會)

歌川広重

尾形月耕
祭神ランキング8位
イザナミとは?
イザナミは記紀神話などに登場する女神。天地開闢の際に現れた神世七代の最後の神であり、イザナギと一対となる夫婦神である。古事記では伊邪那美、日本書紀では伊弉冉と表記される。
イザナギとともに天沼矛で海をかき混ぜ、淤能碁呂島を生み、そこへ降り立った。二神は淡路島をはじめとした大八島国を次々と生み、さらに海、山、風、木、野など自然界を構成する多くの神々を生み出した。このためイザナミは国生み・神生みを行った母神、創造神として信仰されている。
しかし、火の神カグツチを産んだ際に大火傷を負い、その傷がもとで亡くなった。古事記では、病に伏したイザナミの吐瀉物、大便、尿からも鉱山、土、水、食物などに関わる神々が生まれており、死の間際まで多くの神を生んだと伝える。
黄泉の国へ行ったイザナミを追ってイザナギが迎えに来るが、すでに黄泉戸喫《よもつへぐい》をしていたイザナミは黄泉の国から容易に戻ることができなかった。イザナギに醜く変わった姿を見られたことを恥じ、逃げるイザナギを追う。最後は黄泉比良坂で二神が決別し、イザナミは1日に1000人を殺すと告げ、イザナギはそれなら1日に1500の産屋を建てると答えた。これにより人の生と死が定められたと古事記は伝える。
古事記では黄泉の国に関わるイザナミを黄泉津大神と呼び、追いついたことから道敷大神とも呼ぶ。国や神々を生んだ母神としての姿と、人の死に関わる黄泉の神としての姿の両方を持つことがイザナミの大きな特徴である。
これらのことから、イザナミのご利益は子孫繁栄、夫婦円満、安産、家内安全、国家繁栄、延命長寿などとされる。
イザナミを祀る代表的な神社には、花窟神社(三重県熊野市)、多賀大社(滋賀県多賀町)、三峯神社(埼玉県秩父市)などがある。
エピソード
イザナミとイザナギは、神世七代《かみよななよ》の最後に現れ、国生みを担う夫婦神である。『古事記』では、天つ神から国土を修理し固めるよう命じられた二神は天沼矛《あめのぬぼこ》で海をかき回し、矛から滴った塩によって淤能碁呂島《おのごろしま》を作った。二神は島へ降り、天御柱《あめのみはしら》を立てて結婚する。
最初の婚姻では、柱を回って出会った時にイザナミから先に声をかけた。その後に生まれたヒルコは葦船に入れて流され、続いて生まれた淡島も子の数には入れられなかった。二神が天つ神に相談すると、女神から先に声をかけたことが良くないとされ、占いをしたうえで婚姻をやり直すことになる。
今度はイザナギから先に声をかけ、二神は改めて国生みを始めた。この神話は、イザナミが単にイザナギの妻として登場するのではなく、二神が一対となって国土と神々を生み出す創造神として活動を始める場面である。一方で、女性から先に声をかけたことを失敗の原因とする展開については、古代の婚姻観や男女観との関係からさまざまに論じられている。
出典・参考:『古事記』、國學院大學 古典文化学事業
婚姻をやり直したイザナミとイザナギは、日本列島を形づくる「国生み」を始める。『古事記』では、最初に淡道之穂之狭別島《あわじのほのさわけのしま》、現在の淡路島を生み、続いて伊予之二名島《いよのふたなのしま》(四国)、隠伎之三子島《おきのみつごのしま》(隠岐)、筑紫島《つくしのしま》(九州)、伊伎島《いきのしま》(壱岐)、津島《つしま》(対馬)、佐度島《さどのしま》(佐渡)、大倭豊秋津島《おおやまととよあきづしま》(本州)を生んだ。
これら八つの島を「大八島国《おおやしまぐに》」といい、その後さらに吉備児島、小豆島、大島、女島、知訶島《ちかのしま》、両児島《ふたごのしま》の六島を生んだとされる。『日本書紀』にもイザナミとイザナギによる国生みが記されるが、島々が生まれる順序や内容には本文・一書によって違いがある。
国生みで重要なのは、イザナミが日本の国土そのものを生み出す母神として描かれていることである。のちに数多くの神々を生む「神生み」と合わせ、イザナミは国土とそこに存在する自然・生活に関わる神々を生み出す根源的な母神として位置づけられている。
出典・参考:『古事記』、『日本書紀』、國學院大學 古典文化学事業
国生みに続いて、イザナミとイザナギは国土を構成するさまざまな神々を生む。『古事記』では、家宅に関わる神から始まり、海の神、河口の神、水の神、風の神、木の神、山の神、野の神などが次々に誕生する。オオヤマツミも、この神生みで生まれた山の神である。
二神が生む神々は自然神だけではない。船、食物、火など、人々の生活や生産に深く関わる神々も含まれている。さらにイザナミが火の神を生んで重傷を負った後も、その嘔吐物からカナヤマヒコノカミ・カナヤマヒメノカミ、糞からハニヤスヒコ・ハニヤスビメ、尿からミヅハノメ・ワクムスビが生まれたとされる。
この一連の神生みは、イザナミが「万物生成の神」とされる大きな理由である。国土を生んだだけでなく、山・海・風・木・食物・火など世界を成り立たせる神々を生み出したことで、イザナミは日本神話における母神として際立った存在となっている。
出典・参考:『古事記』、國學院大學 古典文化学事業
数多くの国や神を生んだイザナミに死をもたらしたのが、火の神カグツチの出産である。『古事記』では、火之夜芸速男神《ひのやぎはやおのかみ》、別名を火之迦具土神《ひのかぐつちのかみ》とする火神を生んだ際、イザナミは陰部を焼かれて病に伏した。
重傷を負った後も、イザナミの身体から神々が生まれる。嘔吐物、糞、尿から鉱山・土・水・穀物などに関わる神々が生まれ、その後イザナミは神避りした。『古事記』では、イザナギが亡き妻を出雲国《いずものくに》(島根県)と伯伎国《ははきのくに》(鳥取県)の境にある比婆之山《ひばのやま》に葬ったとする。
一方、『日本書紀』の一書には、イザナミが火神を生んで亡くなり、紀伊国《きいのくに》熊野の有馬村(三重県熊野市)に葬られたとする伝承がある。現在の花窟神社は、この記述にある葬地と伝えられている。
国土と多くの神々を生み続けたイザナミは、最後には火の神を生むことによって命を失う。生命を生み出す母神であると同時に、その出産によって死へ至るという転換が、次の黄泉国《よみのくに》の神話へつながっていく。
出典・参考:『古事記』、『日本書紀』、國學院大學 古典文化学事業、三重県神社庁
イザナミの死後、夫のイザナギは妻にもう一度会いたいと願い、黄泉国《よみのくに》まで追っていく。『古事記』では、イザナギが黄泉国の御殿の戸口で帰るよう求めると、イザナミはすでに黄泉戸喫《よもつへぐい》、すなわち黄泉国の食物を口にしてしまったと答える。それでも帰りたいので黄泉神と相談するが、その間は自分の姿を見ないよう求めた。
しかし待ちきれなくなったイザナギは中へ入り、イザナミの姿を見てしまう。その身体には蛆がたかり、八柱の雷神が生じていた。驚いたイザナギが逃げ出すと、イザナミは自分に恥をかかせたとして黄泉醜女《よもつしこめ》や雷神たちを追手として差し向け、最後には自ら追いかける。
イザナギは黄泉比良坂《よもつひらさか》まで逃げ、千人がかりで動かすほどの千引石《ちびきのいわ》で黄泉国との境を塞いだ。国生み・神生みをともに行った夫婦は、ここで生者の世界と死者の世界に分かれることになる。イザナミの物語は、国土と生命を生む母神の物語から、死者の世界に属する神の物語へ大きく転じるのである。
出典・参考:『古事記』、國學院大學 古典文化学事業
黄泉比良坂《よもつひらさか》を千引石《ちびきのいわ》で塞がれたイザナミは、イザナギと石を挟んで最後の言葉を交わす。『古事記』では、イザナミが一日に千人の人間を殺すと告げると、イザナギはそれなら一日に千五百の産屋を建てようと答えた。このため一日に千人が死に、千五百人が生まれるようになったと説明される。
この場面によって、イザナミは黄泉国の神として「黄泉津大神《よもつおおかみ》」と呼ばれる。また、逃げるイザナギに追いついたことから「道敷大神《ちしきのおおかみ》」とも呼ばれる。国や神々を生み出したイザナミが、黄泉国では人間の死をもたらす存在として語られるのである。
ただし、これはイザナミが最初から「死の神」として誕生したという意味ではない。神世七代の女神としてイザナギと国生み・神生みを行い、火神の出産によって死に、黄泉国での出来事を経た結果として黄泉津大神という神格を持つに至る。生命を生み出す母神と、死者の世界に属する神という二つの性格をあわせ持つことが、イザナミを理解するうえで重要な特徴である。
出典・参考:『古事記』、國學院大學 古典文化学事業
イザナミの死にまつわる伝承を現在まで伝える代表的な神社が、三重県熊野市の花窟神社《はなのいわやじんじゃ》である。『日本書紀』神代巻の一書には、イザナミが火神を生んだ際に焼かれて亡くなり、紀伊国《きいのくに》熊野の有馬村に葬られたと記されている。土地の人々はその御魂を祀り、花の季節には花を供え、鼓や笛、幡旗を用いて歌い舞ったという。
花窟神社では、この有馬村の葬地を現在の花の窟と伝え、伊弉冊尊とカグツチを祀っている。社殿を持たず、高さ約45mの巨岩をイザナミの御神体とすることも大きな特徴である。現在も2月2日と10月2日の例大祭では、巨岩から大綱を渡す「御綱掛け神事」が行われている。
一方、『古事記』ではイザナミの葬地を出雲国《いずものくに》(島根県)と伯伎国《ははきのくに》(鳥取県)の境にある比婆之山《ひばのやま》としており、葬地の伝承は古典によって異なる。花窟神社は「イザナミの墓がここだ」と唯一の場所を示すものではなく、『日本書紀』に記された熊野の葬地伝承を現在まで伝える重要な信仰地として位置づけられる。
出典・参考:『日本書紀』、三重県神社庁、三重県教育委員会、國學院大學 古典文化学事業
出典文献
古事記
日本書紀
先代旧事本紀
延喜式
出雲国風土記
丹後国風土記 逸文
神格
ご神徳
別称・異称
いざなみのかみ
古事記
道敷大神ちしきのおおかみ
古事記
黄泉津大神よもつおおかみ
古事記
伊弉冉尊いざなみのみこと
日本書紀/先代旧事本紀
伊弉冊尊いざなみのみこと
延喜式
伊佐奈弥いざなみ
延喜式
伊佐奈美命いざなみのみこと
延喜式
伊弉奈弥命いざなみのみこと
出雲国風土記
伊佐奈美大神いざなみのおおかみ
その他
伊佐那美尊いざなみのみこと
その他
伊奘冊尊いざなみのみこと
その他
伊弉並命いざなみのみこと
その他
伊弉美命いざなみのみこと
その他
伊弉諾美尊いざなみのみこと
その他
伊邪冊命いざなみのみこと
その他
伊邪奈美之神いざなみのかみ
その他
伊邪那美大神いざなみのおおかみ
その他
神様グループ
祀られている主な神社
三峯神社
(埼玉県秩父市三峰298-1)
愛宕神社
(京都府右京区嵯峨愛宕町1)
白山神社
(新潟県中央区一番堀通町1番地1)
多賀大社
(滋賀県多賀町多賀604)
美瑛神社
(北海道美瑛町東町4丁目701番地23)
