有名度
関脇多賀大社
たがたいしゃ
滋賀県犬上郡多賀町多賀604
滋賀県犬上郡多賀町多賀604



「お多賀さん」として親しまれる多賀大社は、多賀信仰の総本社として全国から厚く崇敬を集めています。伊邪那岐命・伊邪那美命を御祭神とし、延命長寿・縁結び・厄除けの神として古くから人々の信仰を集めてきました。参拝の記念として授与される「お多賀杓子」は、健康と長寿を願う縁起物として人気です。重厚な楼門や太閤橋が優美に佇み、四季折々の彩りが美しい神社です。
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多賀大社の特徴を視覚的にわかりやすく表現しています。詳しくは見どころをご確認ください。
かんたんご利益
- 恋愛
- 健康
- 子供
- 厄除
多賀大社には
「恋愛系(有名)」「健康系(有名)」「子供系」「厄除・開運系(有名)」
のご利益があります。※かんたんご利益はご利益をジャンル毎に分けわかりやすく表示したものです。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。
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※光っているご利益は特に有名なご利益です。
ご利益
公
延命長寿 縁結び 厄除け
御祭神
伊邪那岐大神 いざなぎのおおかみ
伊邪那美大神 いざなみのおおかみ
神社系統
主な系統
※系統は御祭神や由緒による神社の分類です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。
由緒・歴史 | 特徴
多賀大社は滋賀県犬上郡多賀町に鎮座する神社。祭神は伊邪那岐命と伊邪那美命。式内社で、旧社格は官幣大社、現在は神社本庁の別表神社である。
「お多賀さん」の愛称で古くから親しまれ、中世には神仏習合のもと「多賀大明神」としても広く信仰された。国土や八百万の神々を生んだ伊邪那岐命・伊邪那美命を「生命の親神様」としてまつることから、延命長寿、縁結び、厄除けなどの信仰を集め、多賀信仰は全国へ広がっている。
『古事記』には伊邪那岐大神が「淡海之多賀」に鎮まったと記されている。この「多賀」を現在の多賀大社に比定する説がある一方で異説もあり、創建の年代や由来は明らかではない。延長5年(927)成立の『延喜式神名帳』には「多何神社二座」と記載され、伊邪那岐命・伊邪那美命の二柱が国幣にあずかった古社である。
鎌倉時代には神官や御家人らによる衆議制で神社が運営され、室町時代末期になると神宮寺の別当不動院が大きな力を持つようになった。明応3年(1494)には近江守護・六角高頼によって天台宗の不動院が整えられ、坊人が各地を巡って神札を配ることで多賀信仰が広く普及した。伊勢神宮や熊野三山とともに庶民の参詣でにぎわい、天照大神が祭神である伊邪那岐命・伊邪那美命の御子であることから、「お伊勢参らばお多賀へ参れ、お伊勢お多賀の子でござる」とも歌われた。
天正16年(1588)、豊臣秀吉は母・大政所の病気平癒と延命を多賀大社に祈願し、その成就の礼として米一万石を寄進したと伝えられる。この寄進によって太閤橋や奥書院庭園が築かれたとされ、境内には秀吉の篤い信仰を伝える場所が残されている。
江戸時代には2代将軍徳川秀忠から350石の神領を受け、寛永15年(1638)には江戸幕府の助力によって本殿をはじめ諸堂社や末社の大造営が行われた。慶安4年(1651)には彦根藩井伊家から150石が加増され、その後も火災や風害に遭うたびに幕府や彦根藩の保護を受けて再建された。
明治10年(1877)に県社兼郷社、明治18年(1885)に官幣中社、大正3年(1914)に官幣大社へ昇格した。昭和5年(1930)から昭和8年(1933)にかけて大造営が行われ、現在の本殿・幣殿・拝殿などを中心とする社頭が整えられた。本殿は三間社流造、拝殿は正面に千鳥破風を設けた入母屋造で、本殿をはじめとする建造物11棟が多賀町指定文化財となっている。
多賀大社を代表する縁起物が「お多賀杓子」である。元正天皇が病に伏した際、平癒を祈願して強飯を炊き、シデの木で作った杓子とともに献上したところ、天皇が全快したという伝承に由来する。以来、健康長寿を願う縁起物として信仰され、「お玉杓子」や「オタマジャクシ」という言葉の語源になったとも伝えられている。杓子を作った残りの木を植えたものと伝わる「飯盛木」も残され、多賀町指定天然記念物となっている。
境内の「寿命石」には、鎌倉時代に東大寺再建の大任を担った俊乗坊重源が多賀大社へ参詣し、20年の寿命を授かったという伝承が残る。現在は延命長寿を願う参拝者が白石に願いを書いて奉納する場所となっている。
表門近くに架かる急勾配の石造反橋は、豊臣秀吉の信仰にちなみ「太閤橋」と呼ばれる。現在の橋は後世に築造されたものだが、秀吉の寄進によって橋が造られたという伝承を受け継いでいる。毎年4月の古例大祭では神輿がこの橋を渡り、多賀大社を象徴する光景の一つとなっている。
境内の奥書院は江戸時代中期の建築で、滋賀県指定有形文化財となっている。奥書院に面する庭園は豊臣秀吉の寄進に由来すると伝えられ、国の名勝に指定されている。このほか、桃山時代の「紙本金地著色調馬・厩馬図」は国の重要文化財、梵鐘や多賀大社文書などは滋賀県指定文化財となっており、中世から近世にかけて栄えた多賀信仰の歴史を現在に伝えている。
毎年4月22日に行われる古例大祭「多賀まつり」は、鎌倉時代から続くとされる多賀大社を代表する祭礼で、騎馬の行列や神輿渡御などが行われる。また、8月3日から5日に行われる「万灯祭」では祖先の御霊を慰め、その加護を祈願する。期間中は数多くの提灯に灯がともされ、境内一帯が幻想的な光に包まれる。
「お多賀さん」の愛称で古くから親しまれ、中世には神仏習合のもと「多賀大明神」としても広く信仰された。国土や八百万の神々を生んだ伊邪那岐命・伊邪那美命を「生命の親神様」としてまつることから、延命長寿、縁結び、厄除けなどの信仰を集め、多賀信仰は全国へ広がっている。
『古事記』には伊邪那岐大神が「淡海之多賀」に鎮まったと記されている。この「多賀」を現在の多賀大社に比定する説がある一方で異説もあり、創建の年代や由来は明らかではない。延長5年(927)成立の『延喜式神名帳』には「多何神社二座」と記載され、伊邪那岐命・伊邪那美命の二柱が国幣にあずかった古社である。
鎌倉時代には神官や御家人らによる衆議制で神社が運営され、室町時代末期になると神宮寺の別当不動院が大きな力を持つようになった。明応3年(1494)には近江守護・六角高頼によって天台宗の不動院が整えられ、坊人が各地を巡って神札を配ることで多賀信仰が広く普及した。伊勢神宮や熊野三山とともに庶民の参詣でにぎわい、天照大神が祭神である伊邪那岐命・伊邪那美命の御子であることから、「お伊勢参らばお多賀へ参れ、お伊勢お多賀の子でござる」とも歌われた。
天正16年(1588)、豊臣秀吉は母・大政所の病気平癒と延命を多賀大社に祈願し、その成就の礼として米一万石を寄進したと伝えられる。この寄進によって太閤橋や奥書院庭園が築かれたとされ、境内には秀吉の篤い信仰を伝える場所が残されている。
江戸時代には2代将軍徳川秀忠から350石の神領を受け、寛永15年(1638)には江戸幕府の助力によって本殿をはじめ諸堂社や末社の大造営が行われた。慶安4年(1651)には彦根藩井伊家から150石が加増され、その後も火災や風害に遭うたびに幕府や彦根藩の保護を受けて再建された。
明治10年(1877)に県社兼郷社、明治18年(1885)に官幣中社、大正3年(1914)に官幣大社へ昇格した。昭和5年(1930)から昭和8年(1933)にかけて大造営が行われ、現在の本殿・幣殿・拝殿などを中心とする社頭が整えられた。本殿は三間社流造、拝殿は正面に千鳥破風を設けた入母屋造で、本殿をはじめとする建造物11棟が多賀町指定文化財となっている。
多賀大社を代表する縁起物が「お多賀杓子」である。元正天皇が病に伏した際、平癒を祈願して強飯を炊き、シデの木で作った杓子とともに献上したところ、天皇が全快したという伝承に由来する。以来、健康長寿を願う縁起物として信仰され、「お玉杓子」や「オタマジャクシ」という言葉の語源になったとも伝えられている。杓子を作った残りの木を植えたものと伝わる「飯盛木」も残され、多賀町指定天然記念物となっている。
境内の「寿命石」には、鎌倉時代に東大寺再建の大任を担った俊乗坊重源が多賀大社へ参詣し、20年の寿命を授かったという伝承が残る。現在は延命長寿を願う参拝者が白石に願いを書いて奉納する場所となっている。
表門近くに架かる急勾配の石造反橋は、豊臣秀吉の信仰にちなみ「太閤橋」と呼ばれる。現在の橋は後世に築造されたものだが、秀吉の寄進によって橋が造られたという伝承を受け継いでいる。毎年4月の古例大祭では神輿がこの橋を渡り、多賀大社を象徴する光景の一つとなっている。
境内の奥書院は江戸時代中期の建築で、滋賀県指定有形文化財となっている。奥書院に面する庭園は豊臣秀吉の寄進に由来すると伝えられ、国の名勝に指定されている。このほか、桃山時代の「紙本金地著色調馬・厩馬図」は国の重要文化財、梵鐘や多賀大社文書などは滋賀県指定文化財となっており、中世から近世にかけて栄えた多賀信仰の歴史を現在に伝えている。
毎年4月22日に行われる古例大祭「多賀まつり」は、鎌倉時代から続くとされる多賀大社を代表する祭礼で、騎馬の行列や神輿渡御などが行われる。また、8月3日から5日に行われる「万灯祭」では祖先の御霊を慰め、その加護を祈願する。期間中は数多くの提灯に灯がともされ、境内一帯が幻想的な光に包まれる。
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見どころ
掲示板
さんぽぶらりん
素朴だけど印象に残る神社
2025年12月16日
多賀大社に行ってきました。滋賀では有名な神社なので混んでるかなと思ってましたが、境内が広いせいか意外...
神社詳細
公式URL
格式
別表神社 官幣大社 式内社(小)
摂末社・境内社
摂社 日向神社
瓊瓊杵尊ににぎのみこと
末社 子安神社
木花咲耶姫命このはなさくやひめ
末社 神明両宮
天照大神豊受大神
末社 夷神社
祭神不明末社 天満神社
菅原道真末社 秋葉神社
火産霊賀具都知神ほむすひかぐつち
末社 愛宕神社
火産霊神ほむすひ
伊邪那美神いざなみ
末社 竃神社
竈神かまどかみ
末社 年神神社
年神としがみ
末社 熊野新宮
祭神不明末社 天神神社
祭神不明末社 熊野神社
祭神不明末社 三宮神社
角杙神つのくひ
活杙神いくくひ
大戸之道神おおとのじ
大戸之辺神おおとのべ
面足神おもたる
惶根神かしこね
末社 金咲稲荷神社
宇迦之御魂神うかのみたま
末社 聖神社
少彦名神すくなひこな
境外摂社 山田神社
猿田彦大神境外別宮 胡宮神社
伊邪那岐命伊邪那美命
事勝国勝長狭
境外末社 大瀧神社
高龗神たかおかみのかみ
闇龗神くらおかみのかみ
境外末社 楫取社
経津主神ふつぬし
境外末社 祖母社
大山祇神おおやまつみ
境外末社 高松社
祭神不明例祭
歳旦祭 1月1日
翁始式 1月3日
節分祭 2月3日
紀元祭 2月11日
祈年祭 3月17日
勧学祭 3月下旬
金婚莚寿祭 4月5日
古例大祭 4月22日
米寿莚寿祭 4月25日
神恩感謝祭 5月5日
御日供講大祭 5月17日
御田植祭 6月7日
夏越の大祓式 6月30日
万灯祭 8月3日~5日
九月古例祭 9月9日
喜寿莚寿祭 9月14日
古稀莚寿祭 9月20日
抜穂祭 9月26日
池坊献華式 9月27日
多賀講講社大祭 9月28日
観月祭 10月3日
傘寿莚寿祭 10月5日
神嘗祭当日祭 10月17日
献茶式 10月21日
明治祭 11月3日
金咲稲荷神社例祭 11月8日
大宮祭 11月15日
新嘗祭 11月23日
御煤祓式 12月20日
天長祭 12月23日
大祓式 12月31日
除夜祭 12月31日
月次祭 毎月1日・15日・28日
お朔日参り 毎月1日
翁始式 1月3日
節分祭 2月3日
紀元祭 2月11日
祈年祭 3月17日
勧学祭 3月下旬
金婚莚寿祭 4月5日
古例大祭 4月22日
米寿莚寿祭 4月25日
神恩感謝祭 5月5日
御日供講大祭 5月17日
御田植祭 6月7日
夏越の大祓式 6月30日
万灯祭 8月3日~5日
九月古例祭 9月9日
喜寿莚寿祭 9月14日
古稀莚寿祭 9月20日
抜穂祭 9月26日
池坊献華式 9月27日
多賀講講社大祭 9月28日
観月祭 10月3日
傘寿莚寿祭 10月5日
神嘗祭当日祭 10月17日
献茶式 10月21日
明治祭 11月3日
金咲稲荷神社例祭 11月8日
大宮祭 11月15日
新嘗祭 11月23日
御煤祓式 12月20日
天長祭 12月23日
大祓式 12月31日
除夜祭 12月31日
月次祭 毎月1日・15日・28日
お朔日参り 毎月1日
文化財
紙本金地著色調馬・厩馬図 六曲屏風
国 重要文化財
絵画 昭和39年1月28日指定
絵画 昭和39年1月28日指定
多賀大社奥書院庭園
国 名勝
文化財種別不明 昭和10年6月7日指定
文化財種別不明 昭和10年6月7日指定
多賀大社奥書院
滋賀県 有形文化財
建造物 昭和42年9月29日指定
建造物 昭和42年9月29日指定
多賀大社鳥居(一の鳥居)
滋賀県 有形文化財
建造物 昭和40年8月9日指定
建造物 昭和40年8月9日指定
紙本著色三十六歌仙絵 六曲屏風
滋賀県 有形文化財
絵画 昭和47年4月1日指定
絵画 昭和47年4月1日指定
梵鐘
滋賀県 有形文化財
工芸品 昭和61年3月28日指定
工芸品 昭和61年3月28日指定
大太刀 銘 多賀大社御剱 濃州大野郡清水住人壽命作
滋賀県 有形文化財
工芸品 平成3年3月30日指定
工芸品 平成3年3月30日指定
鉄黒漆塗二十八間筋兜
滋賀県 有形文化財
工芸品 平成10年6月19日指定
工芸品 平成10年6月19日指定
多賀大社文書
滋賀県 有形文化財
書跡等 昭和61年3月28日指定
書跡等 昭和61年3月28日指定
そり橋
多賀町 有形文化財
建造物 昭和59年10月22日指定
建造物 昭和59年10月22日指定
多賀大社建造物 11棟
多賀町 有形文化財
建造物 平成18年7月1日指定
建造物 平成18年7月1日指定
紙本著色多賀大社参詣曼荼羅図 1幅
多賀町 有形文化財
絵画 平成5年11月1日指定
絵画 平成5年11月1日指定
多賀大社奥書院障壁画 27面
多賀町 有形文化財
絵画 平成18年7月1日指定
絵画 平成18年7月1日指定
紙本墨書多賀大社修造勧進状 1巻
多賀町 有形文化財
書跡 平成5年11月1日指定
書跡 平成5年11月1日指定
建築
本殿 三間社流造
神紋
情報募集
出典
公式サイト
http://www.tagataisya.or.jp/
Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%9A%E8%B3%80%E5%A4%A7%E7%A4%BE
国指定文化財等データベース
https://kunishitei.bunka.go.jp
滋賀県
https://www.pref.shiga.lg.jp/ippan/bunakasports/bunkazaihogo/315856.html
多賀町
https://www.town.taga.lg.jp/category_list.php?frmCd=7-3-0-0-0
滋賀県神社庁
http://www.shiga-jinjacho.jp/
[書籍]ご利益めぐり全国神社誌
巖谷小波・神社神徳研究会、展望社、1997年
http://www.tagataisya.or.jp/
Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%9A%E8%B3%80%E5%A4%A7%E7%A4%BE
国指定文化財等データベース
https://kunishitei.bunka.go.jp
滋賀県
https://www.pref.shiga.lg.jp/ippan/bunakasports/bunkazaihogo/315856.html
多賀町
https://www.town.taga.lg.jp/category_list.php?frmCd=7-3-0-0-0
滋賀県神社庁
http://www.shiga-jinjacho.jp/
[書籍]ご利益めぐり全国神社誌
巖谷小波・神社神徳研究会、展望社、1997年
