スクナビコナ
すくなびこな
- 神話・伝説
- 男神・男性

国立公文書館(大日本国開闢由来記 CC0)

玉蘭斎貞秀(神佛図會)
祭神ランキング16位
スクナビコナとは?
スクナビコナは記紀神話などに登場する男神である。古事記では少名毘古那神と記し、日本書紀では少彦名命、先代旧事本紀では天少彦根命と記す。他に須久那美迦微、少日子根などの異名も持つ。その血筋について、古事記は神産巣日神の子とし、日本書紀は高皇産霊尊の子とする。また、系図史料には天湯河桁命の子と記される例もある。
スクナビコナは非常に小さな姿をした神で、『古事記』では蛾の皮を着て、ガガイモの実で作った船に乗り、海の彼方から大国主のもとへ現れたとされる。神産巣日神はスクナビコナが自らの子であることを明かし、大国主と兄弟となって国を作り固めるよう命じた。二神は協力して国造りを進め、その後スクナビコナは常世国へ渡ったと伝えられる。
『日本書紀』では大己貴神とともに国造りを行い、人々と家畜の病を治す方法や、鳥獣・昆虫の害を防ぐ禁厭《まじない》の方法を定めたとされる。こうした伝承から、スクナビコナは国造りだけでなく、医薬、病気平癒、農耕、酒造などを司る神として信仰されてきた。
また、『伊予国風土記』逸文には、大穴持命が病に倒れた際、少彦名命が大分の速見の湯を海を越えて運び、大穴持命を入浴させて蘇らせたという伝承が残る。このためスクナビコナは温泉や湯治とも深く結びつき、大国主とともに温泉の神として祀られる例も多い。
興味深いのは、スクナビコナが特定の大きな神社系統だけに祀られるのではなく、稲荷神社や神明社などを含む各地のさまざまな神社に祭神として祀られていることである。こうした広がりの背景には、医薬や病気平癒を司る神として、それぞれの地域で必要とされ、既存の神社に勧請・合祀されてきたことも関係していると考えられる。
これらのことから、スクナビコナのご利益は病気平癒、医薬守護、五穀豊穣、酒造守護、温泉守護などとされる。
スクナビコナを祀る代表的な神社には、大洗磯前神社(茨城県大洗町)、酒列磯前神社(茨城県ひたちなか市)、少彦名神社(大阪府大阪市)などがある。
エピソード
大国主が出雲の御大之御前《みほのみさき》にいたとき、海の彼方から小さな神が現れた。『古事記』では、天之羅摩船《あめのかがみのふね》に乗り、鵝《ひむし》の皮を剥いだ衣を着て波の上からやって来たとされる。羅摩はガガイモと解され、小さな実を舟とするほど小さな姿の神として描かれている。
大国主が名を尋ねても小神は答えず、従う神々もその正体を知らなかった。そこで久延毘古《くえびこ》が、これは神産巣日神の子である少名毘古那神だと告げた。カミムスビに確かめると、自分の子で、手の指の間からこぼれ落ちた子であると認め、大国主と兄弟となって国を作り固めるよう命じた。
スクナビコナは最初から大国主の家臣として現れる神ではない。海の彼方から突然訪れ、その正体を確かめた神産巣日神の命によって大国主の国作りの協力者となった神である。
この「小さな来訪神」という姿はスクナビコナを特徴づける重要な要素であり、常世国との関係や穀物神としての性格を考えるうえでも注目されている。
出典・参考:『古事記』
スクナビコナの最も重要な役割は、大国主とともに葦原中国の国作りを行ったことである。『古事記』では、カミムスビから大国主と兄弟となって国を作り固めるよう命じられ、その後「大穴牟遅と少名毘古那と二柱の神、相並びて此の国を作り堅めき」と記される。
ただし、『古事記』は二神が具体的に何をして国を作ったのかを詳しく語っていない。その内容を補うのが『日本書紀』や各地の風土記である。『日本書紀』の一書では、大己貴命と少彦名命が力と心を合わせて天下を経営したとされ、人や家畜の病を治す方法や、鳥獣・昆虫による災いを防ぐ禁厭《まじない》の方法を定めたと伝える。
風土記にも二神が土地を巡り、農耕に関わり、山や土地を作ったり名づけたりする伝承が残されている。国作りとは単に土地を生み出すことではなく、人々が暮らしていくための農業、医療、土地の整備などを含む営みとして語られているのである。
スクナビコナは大国主の脇役というより、二柱で国を整えていく対となる協力神として古代の伝承に広く姿を残している。
出典・参考:『古事記』、『日本書紀』、『出雲国風土記』、『播磨国風土記』
スクナビコナは現在、医薬・病気平癒の神として広く信仰されている。その根拠は後世だけのものではなく、『日本書紀』の国作り神話にまでさかのぼる。
『日本書紀』の一書では、スクナビコナと大己貴命が力を合わせて国を経営し、人々と家畜のために病気を治療する方法を定めたと記される。さらに、鳥獣や昆虫がもたらす災いを防ぐ禁厭《まじない》の方法も定め、人々がその恩恵を受けたと語られている。
この伝承から、スクナビコナは単に病気を治す神ではなく、医療の方法そのものを人々にもたらした神として信仰されるようになった。大洗磯前神社でも少彦名命を医療祖神とし、大己貴命とともに医薬などの道を教えた神としている。
大阪・道修町の少彦名神社では、日本医薬の祖神として少彦名命を祀る。薬種業者が集まった道修町では安永9年(1780)に京都の五條天神から少彦名命を勧請し、中国医薬の祖神である炎帝神農とともに祀った。
記紀神話に記された医療の神格が、後世には実際の薬業者や医療関係者の信仰へとつながったのである。
出典・参考:『日本書紀』、少彦名神社、大洗磯前神社
スクナビコナは医薬の神としてよく知られるが、古い伝承では穀物や農耕との関係も深い。『出雲国風土記』では稲種を落とした神として、『播磨国風土記』では大汝命とともに稲種を積んだ神として語られる。また、『伯耆国風土記』逸文には粟を蒔いたとする伝承が残る。
『古事記』ではスクナビコナは、ガガイモの小さな実を舟として海から現れ、カミムスビから「手の指の間からこぼれ落ちた子」と説明される。『日本書紀』の一書には、粟茎《あわがら》によじ登ったところ弾かれて常世国へ渡ったという伝承もある。
このようにスクナビコナには、各地の伝承を通して稲や粟などの穀物との結びつきが繰り返し現れる。そのため、国作りを助けた神であると同時に、農耕や穀物に関わる神としての性格も持っている。
医薬、温泉、酒造など多くの神徳を持つスクナビコナだが、その背景には大国主とともに人々の暮らしを整えた国作りの神としての姿がある。農耕との関係も、その重要な一面である。
出典・参考:『古事記』、『日本書紀』、『出雲国風土記』、『播磨国風土記』
スクナビコナと温泉の結びつきを伝える代表的な説話が、伊予国《いよのくに》(愛媛県)の道後温泉に残されている。『伊予国風土記』逸文では、大国主命と少彦名命が伊予を訪れた際、少彦名命が重い病にかかったと伝える。
大国主は少彦名命を掌に乗せ、道後温泉の湯で温めた。すると少彦名命はたちまち回復し、石の上で踊って元気な姿を見せたという。この石は「玉の石」と呼ばれ、現在も道後温泉本館の北側に祀られている。
この説話は、スクナビコナ自身が病を治した話ではなく、温泉によって病から回復した神として語られている点が特徴である。一方、『日本書紀』では大国主とスクナビコナが人々の病を治療する方法を定めたとされ、二神は医薬とも深く結びついている。
こうした伝承から、大国主とスクナビコナは温泉を守る神として各地で信仰されるようになった。神社ファンでも温泉系の神社で祀られる代表的な祭神として、この二神を位置づけている。温泉とスクナビコナの関係は道後温泉だけに限られたものではなく、大国主とともに各地の温泉信仰へ広がっている。
出典・参考:『伊予国風土記』逸文、『日本書紀』、道後温泉公式サイト
スクナビコナは酒造の神としても信仰されている。その関係を明確に示すのが、『古事記』の仲哀天皇の段に記された「酒楽《さかくら》の歌」である。
神功皇后は、禊を終えて戻った皇太子、後の応神天皇に酒を献じる際、この酒は自分が造った酒ではなく、常世にいる「少名御神《すくなみかみ》」が神寿《かむほ》ぎして献じた酒であるという趣旨の歌を詠んだ。この少名御神がスクナビコナである。
この歌ではスクナビコナが常世に坐す神であると同時に、酒に深く関わる神として称えられている。国作りの場面だけを見ると酒造との関係は分かりにくいが、『古事記』には別の場面で明確に酒と結びつく姿が残されているのである。
スクナビコナは穀物・農耕とも関係の深い神であり、後世には医薬や酒造を守る神としても信仰を広げた。酒造神という神格は単なる後世の付加ではなく、記紀にまでさかのぼる伝承を持っている。
出典・参考:『古事記』
大国主とともに国作りを進めたスクナビコナは、最後まで地上に残ったわけではない。『古事記』では、二神が国を作り固めた後、スクナビコナは常世国《とこよのくに》へ渡っていったと簡潔に記される。
『日本書紀』の一書では、少彦名命は熊野の御碕から常世郷へ行ったとも、淡嶋へ行き、粟茎《あわがら》によじ登ったところ弾かれて常世郷へ渡ったとも伝える。去り方には異伝があるが、スクナビコナが最終的に常世へ向かう点は共通している。
常世国は海の彼方にある永遠性や不老長寿とも結びつく異界として古代の文献に現れる。スクナビコナは海の彼方から小さな舟で現れ、国作りを助けた後、再び人の世界を離れて常世へ去る神として描かれている。
さらに『古事記』の酒楽の歌でも、スクナビコナは「常世に坐す」少名御神として称えられる。国作りの途中で単に姿を消したのではなく、常世にいる神として後の物語にも再び名が現れるのである。
出典・参考:『古事記』、『日本書紀』
スクナビコナの信仰で興味深いのは、特定の神社系統に限らず、各地のさまざまな神社に祭神として祀られていることである。八幡神や稲荷神のように大きな信仰の中心から同じ系統の神社へ勧請された神とは広がり方が異なり、稲荷神社や神明社など、本来は別の神を中心とする神社にスクナビコナが祀られている例も見られる。
その理由を一つに決めることはできないが、スクナビコナが古くから医薬や病気の治療と結びつく神であったことは、この広がりを考える手がかりになる。『日本書紀』の一書では、大己貴命と少彦名命が人や家畜の病気を治療する方法を定め、鳥獣や昆虫による災いを防ぐ禁厭《まじない》の方法も定めたと伝えている。
後世にもスクナビコナは医薬や病気平癒の神として信仰され、大阪の少彦名神社では日本医薬の祖神として祀られている。特定の神社系統とは関係なく各地で祭神に加えられてきた背景には、病を治し健康を守る神を身近な神社に祀りたいという、人々の切実な願いがあったことも考えられる。
スクナビコナは大国主とともに国作りを行った神であると同時に、地域や神社の系統を越えて人々の暮らしの中へ入り込んでいった神でもある。各地の神社に残るスクナビコナの祭祀は、医薬や病気平癒の神として長く必要とされてきた信仰の広がりを示しているのかもしれない。
出典・参考:『日本書紀』、少彦名神社
出典文献
古事記
日本書紀
先代旧事本紀
古語拾遺
出雲国風土記
播磨国風土記
神格
ご神徳
別称・異称
すくなびこなのかみ
古事記
須久那美迦微すくなみかみ
古事記
少彦名命すくなひこなのみこと
日本書紀
少彦名神すくなひこなのかみ
先代旧事本紀/古語拾遺
須久奈比古命すくなびこなのみこと
出雲国風土記
小比古尼命すくなひこねのみこと
播磨国風土記
少日子根命すくなひこねのみこと
播磨国風土記
宿奈毘古奈命すくなびこなのみこと
伊予国風土記 逸文
少名御神すくなみかみ
万葉集
小彦名命すくなひこなのみこと
その他
少名彦名命すくなひこなのみこと
その他
少名彦命すくなひこなのみこと
その他
少名彦那命すくなひこなのみこと
その他
少名比古那命すくなひこなのみこと
その他
少名毘古命すくなひこなのみこと
その他
少名毘古那命すくなびこなのみこと
その他
少比古名命すくなひこなのみこと
その他
少毘古那命すくなびこなのみこと
その他
少那比古神すくなひこのかみ
その他
祀られている主な神社
神田明神
(東京都千代田区外神田2-16-2)
北海道神宮
(北海道中央区宮ケ丘474番地)
大洗磯前神社
(茨城県大洗町磯浜町6890番地)
湯殿山神社(出羽三山神社)
(山形県鶴岡市田麦俣字六十里山7)
酒列磯前神社
(茨城県ひたちなか市磯崎町4607番地2)
