経津主神
ふつぬしのかみ
- 神話・伝説
- 男神・男性

玉蘭斎貞秀(神佛図會)

岳亭春信(八島岳亭)(葛飾廿四将)
祭神ランキング20位
経津主神とは?
経津主神は日本書紀などに登場する男神である。布都怒志命、布都努志命、伊波比主神、斎主神などの異名を持ち、香取神宮(千葉県香取市)の祭神であることから、香取大明神、香取さまなどとも呼ばれる。父に磐筒男神を、母に磐筒女神を持ち、子に天苗加命がいる。
神名の「フツ」は剣で物を断ち切る音や、剣の鋭い威力を表すとする説があり、経津主神は刀剣や武威に関わる神として信仰されている。経津主神とタケミカヅチはともに国土平定に関わる武神として祀られ、香取神宮と鹿島神宮の祭神として深い関係を持つ。一方、『古事記』には経津主神の名は登場せず、タケミカヅチには建布都神、豊布都神という別名が記されていることから、両神の関係については古くからさまざまな説がある。
『日本書紀』の国譲りでは、高皇産霊尊が葦原中国を平定する神を集めて問うと、経津主神が推薦される。そこへ武甕槌神が「経津主神だけが丈夫で、自分は丈夫ではないのか」と申し出たため、二神がともに葦原中国へ派遣された。二神は出雲の五十田狭之小汀に降り、十握剣を逆さに突き立て、その切っ先にあぐらをかいて大己貴神に国譲りを迫った。
さらに『日本書紀』の一書では、国譲りに従わない天津甕星を平定するため、経津主神と武甕槌神が派遣されたことも伝えられている。こうした神話から、経津主神は国土平定と武威を象徴する神として信仰されるようになった。
これらのことから、経津主神のご利益は開運招福、武道上達、スポーツ上達、厄除け、延命長寿などとされる。
経津主神を祀る代表的な神社には、香取神宮(千葉県香取市)、春日大社(奈良県奈良市)などがあり、このほか全国各地の香取神社などで広く祀られている。
エピソード
経津主神は『日本書紀』の一書で、カグツチを斬った剣の血から生まれた神々の系譜に連なる神として語られる。磐裂神・根裂神から磐筒男神と磐筒女神が生まれ、その二神の子が経津主神とされる。
この系譜は『古事記』とは異なる。『古事記』には経津主神そのものは登場せず、火神を斬った剣の血から生まれる神々の中にはタケミカヅチが現れる。記紀では、剣の霊威に関わる神々の系譜が異なる形で伝えられているのである。
磐裂・根裂・磐筒男・磐筒女から経津主神へ至る系譜については、鉄を火で熱し、台の上で鍛えて刀剣を作る過程を神話化したものとみる説もある。経津主神が後世に剣神・武神として信仰される背景を考えるうえで重要な伝承である。
出典・参考:『日本書紀』、國學院大學 古典文化学事業
『日本書紀』の葦原中国平定では、経津主神は高天原から地上へ派遣される重要な役割を担う。天照大神らが、荒ぶる神々のいる葦原中国を平定するため誰を遣わすべきか諸神に問うと、経津主神がふさわしいと選ばれた。
するとタケミカヅチが「経津主神だけが丈夫で、自分は丈夫ではないというのか」と進み出たため、二神がともに派遣されることになった。ここでは経津主神がまず使者として選ばれ、タケミカヅチが加わる形で物語が進んでいる。
一方、『古事記』には経津主神は登場せず、葦原中国平定の使者となるのはタケミカヅチと天鳥船神である。同じ国譲り神話でも記紀によって登場する神が異なり、『日本書紀』では経津主神が国土平定の中心的な神として描かれている。
出典・参考:『日本書紀』、香取神宮
経津主神とタケミカヅチは高天原の使者として出雲へ降り、大国主に国を譲るよう迫った。香取神宮では、二神が稲佐の小汀《いなさのおはま》に至り、十握剣《とつかのつるぎ》を逆さに突き立てて武威を示したと伝えている。
大国主は自分だけでは決められないとして子神たちの意向を確認し、最終的に葦原中国を譲ることを受け入れた。経津主神とタケミカヅチは大国主から「平国の広矛」を受け、国を平定して高天原へ復命したとされる。
経津主神とタケミカヅチは、後世にも香取神宮と鹿島神宮の武神として並び称され、二神をともに祀る神社も多い。ただし『日本書紀』では二柱の別神として描かれる一方、古代の剣神信仰との関係などから両神の関係にはさまざまな説がある。一つに決めるのではなく、国土平定をともに担う二神として定着した信仰も重要である。
出典・参考:『日本書紀』、香取神宮
『日本書紀』の一書には、経津主神とタケミカヅチが葦原中国の平定にあたり、最後まで従わない神として天津甕星・香香背男《かかせお》の存在を挙げる伝承がある。
天津甕星は星の神とされ、二神はこの神を服従させなければ葦原中国を平定できないと考えた。そこで倭文神《しとりがみ》である建葉槌命が遣わされ、天津甕星を服従させたと伝えられている。
この伝承では、経津主神は単に大国主へ国譲りを迫る使者ではない。高天原に従わない神々を鎮め、葦原中国の秩序を整える役割を担っている。一方、地域の伝承では天津甕星を土地を守った神として語る例もあり、国土平定の物語は立場によって異なる姿を見せる。経津主神が「平定する側」の神として描かれたことを示すエピソードである。
出典・参考:『日本書紀』
経津主神の「フツ」は、刀剣の霊威と深く関わる言葉と考えられてきた。「物を断ち切る音」に由来するとする説がよく知られる一方、語源についてはほかの説もあり、断定はできない。
経津主神と特に関係が深いのが、石上神宮に祀られる霊剣布都御魂である。両者は同じ「フツ」の名を持ち、経津主神を剣そのものの神格化とみる説、布都御魂のような剣の霊威が人格神として展開して経津主神になったとみる説など、さまざまな考え方がある。
さらにタケミカヅチも『古事記』では建布都神・豊布都神という別名を持ち、布都御魂とも関係する。このため経津主神・タケミカヅチ・布都御魂の関係については、同一視する説や別々の神格が重なったとみる説などが存在する。
神社信仰ではそれぞれ独自の祭神・神体として祀られてきた一方、「フツ」という名を介して剣の霊威を共有している。経津主神を剣神として理解するうえで、この重なりは重要である。
出典・参考:『古事記』、『日本書紀』、國學院大學 古典文化学事業、石上神宮
経津主神を主祭神として祀る信仰の中心が、下総国(千葉県)の香取神宮である。同社では経津主大神を主祭神とし、伊波比主命《いわいぬしのみこと》を別名としている。
香取神宮では、出雲で国譲りを成し遂げた経津主神がさらに国土を平定したと伝え、その功績から国家鎮護、武道、勝運などの神として信仰している。香取神宮の式年神幸祭も、経津主大神の東国平定に由来する祭りと伝えられている。
一方、香取はかつて広大な内海であった香取海に面していた。香取市は、『日本書紀』に経津主神が東国の「楫取《かとり》の地」に鎮まると記されることから、船を操る「楫取」と香取の名を結びつける説を紹介している。地域の海夫たちは香取神宮へ魚介を奉納し、航海の神としても信仰したという。
経津主神は武神としてだけでなく、香取という土地では水上交通や航海を守る神としても信仰されてきた。実際の土地と祭祀が、神格をさらに広げた例である。
出典・参考:香取神宮、香取市
奈良時代になると、香取の経津主神は奈良の春日へ迎えられた。春日大社では神護景雲2年(768)、現在地に社殿が造営された際、鹿島からタケミカヅチ、香取から経津主神、枚岡から天児屋命と比売神の四柱を祀ったと伝えている。
現在も春日大社の本殿では、第一殿にタケミカヅチ、第二殿に経津主神、第三殿に天児屋命、第四殿に比売神が祀られている。香取の神であった経津主神が、春日の四柱の一神として藤原氏の氏神信仰の中へ組み込まれたのである。
この信仰は春日大社から各地の春日社へも広がった。そのため経津主神は香取神社だけに祀られる神ではなく、実際の神社分布ではタケミカヅチや天児屋命などとともに春日系の神社にも祀られている。
香取信仰と春日信仰という異なる系統の双方で重要な祭神となったことは、経津主神の信仰が全国へ広がる大きな契機となった。
出典・参考:春日大社
経津主神は香取神宮の祭神として「香取大神」「香取大明神」「香取さま」などとも呼ばれ、香取神宮から各地へ勧請されてきた。
神社ファンの祭神・系統データでも、経津主神を中心とする香取系の神社は千葉県を中心に関東・東北へ広く分布している。特に利根川流域に多く、水運に携わった人々の信仰や東国の歴史との関係が考えられる。また、タケミカヅチを祀る鹿島系の神社と経津主神を祀る香取系の神社が、ともに見られる地域も多い。
香取神宮と鹿島神宮は古くから並び称され、後には息栖神社を加えた東国三社の信仰も成立した。経津主神とタケミカヅチが国土平定をともに担った『日本書紀』の神話は、実際の神社信仰でも香取と鹿島を結びつける大きな軸となっている。
経津主神は一つの神話だけで理解するより、香取の土地、水上交通、武神信仰、春日信仰、そして鹿島との関係を重ねて見ることで、その信仰の広がりが見えてくる。
出典・参考:香取神宮、香取市、春日大社
出典文献
日本書紀
先代旧事本紀
延喜式
続日本後紀
出雲国風土記
肥前国風土記
神格
ご神徳
別称・異称
ふつぬしのかみ
日本書紀/先代旧事本紀/古語拾遺
斎主神いわいぬしのかみ
日本書紀
斎之大人いわいのうし
日本書紀
香取大神かとりのおおかみ
先代旧事本紀
伊波比主命いわいぬしのみこと
延喜式/続日本後紀
布都怒志命ふつぬしのみこと
延喜式/出雲国風土記
物部経津主之神もののべのふつぬしのかみ
肥前国風土記
普都大神ふつのおおかみ
常陸国風土記 布都主命ふつぬしのみこと
その他
祀られている主な神社
春日大社
(奈良県奈良市春日野町160)
香取神宮
(千葉県香取市香取1697番地)
一之宮貫前神社
(群馬県富岡市一ノ宮1535番地)
吉田神社
(京都府左京区吉田神楽岡町30)
枚岡神社
(大阪府東大阪市出雲井町7-16)
