一之宮貫前神社 - 神社ファン

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一之宮貫前神社

いちのみやぬきさきじんじゃ

群馬県富岡市一ノ宮1535番地

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群馬県富岡市一ノ宮1535番地

拝殿・本殿

Saigen Jiro(wikipedia CC0)

一之宮貫前神社は、石段を下って参拝する全国でも珍しい下り参道「下り宮」が印象的な上毛一之宮です。朱と金に彩られた楼門や本殿・拝殿は国宝に指定され、徳川家光公ゆかりの壮麗な建築美が訪れる人を魅了します。勝運のご利益で知られるほか、機織りの神を祀ることから糸を紡ぐことで縁を結ぶことから、縁結びのご利益でも親しまれています。歴史と格式を肌で感じられる神社です。

一之宮貫前神社以外にも 抜鉾神社 とも呼ばれます。


かんたんご利益

  • 恋愛
  • 仕事
  • 勝負
一之宮貫前神社には

「恋愛系(有名)」「仕事系」「勝負系」

のご利益があります。
※かんたんご利益はご利益をジャンル毎に分けわかりやすく表示したものです。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。

ご利益

公

建国の祖神 刀剣の神 武道の神 養蚕と機織りの神 生産の守護神

御祭神

経津主神 ふつぬしのかみ
姫大神 ひめおおかみ

神社系統

主な系統
※系統は御祭神や由緒による神社の分類です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。

由緒・歴史 | 特徴

一之宮貫前神社は群馬県富岡市にある神社。祭神は経津主神と姫大神。
社格は式内社(名神大社)で上野国一宮。別表神社、旧国幣中社。
明治以前には「抜鉾神社」とも呼ばれた関東屈指の古社である。祭神の経津主神は武神として知られる一方、もう一柱の姫大神は具体的な神名が明らかではない。「姫大神」は女神を表す名称で、古くからこの地域で信仰されてきた神と考えられ、養蚕や機織りに関係する神とする説もある。
社伝によると、創建は安閑天皇元年(531)にさかのぼる。物部姓の礒部氏が「鷺宮」と呼ばれた現在の安中市付近に氏神として経津主神をまつり、その後、南方にあたる現在地に社を定めたことに始まると伝えられている。天武天皇2年(673)には朝廷から最初の奉幣が行われたとされ、東国にありながら古くから朝廷の崇敬を受けた。
史料上では、『続日本後紀』の承和6年(839)の条に「抜鉾神」へ従五位下を授けた記録がみられる。その後も神階を進め、『日本三代実録』には「貫前神」の神階昇叙が記録されている。延長5年(927)に成立した『延喜式神名帳』では名神大社に列せられ、のちに上野国一宮として位置づけられた。
古代には「抜鉾神」と「貫前神」という異なる神名が史料に現れることから、もともとは別々の神として信仰されていたものが、後世に現在の貫前神社へと結びついたとする説もある。祭神や社名の変遷には不明な点も残されており、長い歴史のなかで複数の信仰が重なり合って現在の姿になったと考えられている。
平安時代後期には国司からも篤く崇敬された。康和2年(1100)には、上野国司が貫前神社に降雨を祈願した際の奉献文が作られており、上野国の重要な神として雨乞いや国家・地域の安泰を祈る祭祀が行われていたことがわかる。
中世になると武家からの崇敬も高まり、源頼義・義家父子をはじめとする武将から信仰を集めた。戦国時代には上杉氏、北条氏、武田氏などが上野国をめぐって争ったが、支配者が変わるなかでも貫前神社はそれぞれの武家から庇護を受けた。
江戸時代には徳川幕府から篤い崇敬を受け、寛永12年(1635)、3代将軍徳川家光によって現在につながる本殿、拝殿、楼門などの社殿が造営された。さらに元禄11年(1698)には5代将軍徳川綱吉によって大規模な修理が行われ、極彩色の漆塗りや彫刻などが施されて現在の華麗な姿へと整えられた。
一之宮貫前神社の大きな特徴が、参道を上った後、総門から石段を下った場所に社殿が鎮座する独特の配置である。一般的な神社とは反対に、入口から低い場所へ向かって参拝することから「下り宮」「下り参りの宮」と呼ばれている。
本殿は外観が単層2階建てのように見える独特の構造を持ち、「貫前造」と呼ばれる。拝殿は正面3間・側面3間の入母屋造、楼門は上階を3間に造る2階建ての門で、いずれも江戸時代初期の華麗な神社建築を伝えている。本殿、拝殿、楼門は国の重要文化財に指定されている。
年間を通して数多くの祭儀が受け継がれ、御戸開祭や鹿占神事など、古い祭祀の姿を伝える神事が行われている。なかでも鹿占神事は、鹿の肩甲骨を焼いた錐で貫き、そこに生じたひび割れの形によって吉凶を占う古い占いの神事で、群馬県の重要無形民俗文化財に指定されている。
また、12年に一度、申年から酉年にかけて式年遷宮が行われる。神霊を本殿から仮殿へ遷し、祭儀を経て再び本殿へ戻すもので、長い歴史を持つ貫前神社の重要な祭祀として現在まで受け継がれている。
境内の宝物館には、長い歴史のなかで奉納された神宝や祭儀に用いられてきた神具などが収蔵されている。なかでも「白銅月宮鑑」「桧垣梅雀文鏡」「竹虎文鏡」の古鏡3面は国の重要文化財に指定され、古代から中世にかけての貫前神社への崇敬を伝える貴重な社宝となっている。
古代から朝廷の崇敬を受け、上野国一宮として発展した一之宮貫前神社は、武家や徳川幕府からも篤く信仰された。石段を下って社殿へ向かう「下り宮」の境内、独特の貫前造の本殿、鹿占神事や式年遷宮など、長い歴史のなかで形成された建築と祭祀を現在に伝えている。
  • 別表神社
  • 一宮(上野国)
  • 国幣中社
  • 名神大社
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神社詳細

公式URL

格式

別表神社 一宮(上野国) 国幣中社 名神大社

摂末社・境内社

摂社 抜鉾若御子神社
本社祭神の御子神
末社 月読神社
月夜見命ほか17柱
末社 日枝神社
大山祇神ほか17柱
末社 伊勢内宮・外宮
天照大神[内宮]
豊受大神[外宮]
末社 二十二社
境外摂社 荒船神社
経津主命
境外摂社 稲含神社
祭神不明
境外末社 小船神社
経津主命
前宮 咲前神社
健経津主命
大己貴命
保食命

例祭

式年遷宮 申年12月12日・翌酉年3月13日(12年ごと)
歳旦祭 1月1日
元始祭 1月3日
水的神事 1月3日
生弓矢生太刀神事(鬼退治) 1月7日
筒粥神事 1月15日
農耕始祭 2月17日
春季御戸開祭 3月14日
例大祭 3月15日
大祓式 6月30日
新穀感謝祭 11月23日
御神酒醸り神事 12月1日
川瀬神事 12月8日
鹿占神事 12月8日
御機織神事 12月11日
冬季御戸開祭 12月12日
大祓式 12月31日
除夜祭 12月31日

文化財

貫前神社 本殿(附 棟札-2枚)、拝殿(附 棟札-1枚)、楼門
国 重要文化財
建造物 昭和45年2月8日指定・昭和51年5月29日追加指定(拝殿・楼門)
白銅月宮鑑
国 重要文化財
工芸品 明治45年2月8日指定
銅鏡(梅雀文様・竹虎文様
国 重要文化財
工芸品 大正6年4月5日指定
貫前神社の鹿占習俗
群馬県 重要無形民俗文化財
風俗習慣 昭和56年5月6日指定
貫前神社のスダジイ
富岡市 天然記念物
文化財種別不明 昭和60年6月25日指定
貫前神社奉納鏡
富岡市 重要文化財
文化財種別不明 平成9年4月23日指定
貫前神社唐銅製燈籠
富岡市 重要文化財
文化財種別不明 平成9年4月23日指定

建築

本殿 貫前造

神紋

情報募集

出典
公式サイト
http://www.nukisaki.or.jp/
Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%80%E4%B9%8B%E5%AE%AE%E8%B2%AB%E5%89%8D%E7%A5%9E%E7%A4%BE
国指定文化財等データベース
https://kunishitei.bunka.go.jp
群馬県
https://www.pref.gunma.jp/page/5190.html
富岡市
https://www.city.tomioka.lg.jp/www/contents/1000000000980/index.html
群馬県神社庁
https://www.gunma-jinjacho.jp/
[書籍]ご利益めぐり全国神社誌
巖谷小波・神社神徳研究会、展望社、1997年