高龗神
たかおかみ
- 神話・伝説
- 龍

玉蘭斎貞秀(神佛図會)
祭神ランキング46位
有名別称
高龗神とは?
高龗神は日本書紀などに登場する水と雨を司る龍神である。日本書紀の神産みを伝える一書では、イザナギが火の神カグツチを十握剣で斬り、その身体を三つに分けた際、雷神、大山祇神とともに高龗神が生まれたとされる。一方、古事記には高龗神の名は登場せず、イザナギがカグツチの首を斬った際、剣の柄に集まった血が指の間から漏れ出て、闇淤加美神と闇御津羽神が生まれたと記されている。
「龗(おかみ)」は水や雨を司る龍神を表す古い言葉とされる。「高」を山上、「闇(くら)」を谷間や暗い場所と解釈し、高龗神を山上に降る雨や水源を司る龍神、闇龗神を谷間を流れる水を司る龍神とみる説がある。高龗神と闇龗神は別々の神として祀られる一方、同じ水の力を表す神として同一視されることもある。貴船神社では高龗神を祭神とし、社伝では高龗神と闇龗神について、呼び名は異なるものの同じ神であると伝えている。
高龗神は雨を降らせ、あるいは長雨を止める水神として信仰され、農耕と深く結びついてきた。水は稲作や人々の生活に欠かせないことから、水源を守り、適切な雨をもたらす神として崇敬されている。特に丹生川上神社は古代から朝廷による祈雨・止雨の祈願と深い関係を持ち、雨を願う際には黒馬、雨が止むことを願う際には白馬または赤馬を奉る信仰が伝えられた。
また、高龗神は各地の龍神信仰とも結びつき、福井県を流れる九頭竜川流域では黒龍大神や九頭竜にまつわる信仰が伝えられている。こうした黒龍・九頭竜信仰は記紀に記された高龗神の神話そのものではなく、後世に形成された地域の水神・龍神信仰であるが、高龗神と結びつけて語られる伝承も見られる。
高龗神には祈雨、止雨、五穀豊穣、水源守護、水害除けなどのご利益があるとされる。代表的な神社には貴船神社(京都府京都市)や丹生川上神社上社(奈良県吉野郡川上村)があり、全国各地で水と雨を司る龍神として祀られている。
エピソード
高龗神《たかおかみのかみ》は、『日本書紀』の神産みを伝える一書に登場する水の神である。伊弉冉尊《いざなみのみこと》は火の神である軻遇突智《かぐつち》を生んだ際に火傷を負い、亡くなった。伊弉諾尊《いざなぎのみこと》は軻遇突智を十握剣《とつかのつるぎ》で斬り、その身体を三つに分けた。このとき雷神、大山祇神《おおやまつみのかみ》とともに生まれたとされるのが高龗神である。
一方、『古事記』には高龗神という神名は登場しない。伊邪那岐命が火之迦具土神の首を斬った際、剣の柄に集まった血が手の指の間からこぼれ、闇淤加美神《くらおかみのかみ》と闇御津羽神《くらみつはのかみ》が生まれたと記されている。『日本書紀』の別の一書にも、剣から滴る血によって闇龗《くらおかみ》などの水神が生まれる伝承がある。
火の神を斬ったことによって水の神が生まれるという構図は、火と水を対置した神話として伝えられている。ただし、高龗神が登場するのは『日本書紀』の一書であり、『古事記』に登場する闇淤加美神と初めから同じ神として記されているわけではない。記紀の異なる伝承を分けて紹介する必要がある。
出典・参考:『古事記』、『日本書紀』、國學院大學「古事記神名データベース・闇淤加美神」
高龗神と闇龗神《くらおかみのかみ》は、いずれも雨や水をつかさどる龍神として信仰されている。「龗《おかみ》」は水や雨を支配する龍神を表す古い言葉であり、高龗神の「高」は山の峰や高い場所、闇龗神の「闇《くら》」は谷や谷間を示すと解釈されている。
この解釈では、高龗神は山の峰にあって雨をもたらす神、闇龗神は谷間の水や川をつかさどる神となる。奈良県吉野郡川上村の丹生川上神社上社では高龗大神を主祭神に祀り、公式の由緒でも高龗神を山の峰の龍神、丹生川上神社下社に祀られる闇龗神を谷底に鎮まる龍神と説明している。
両神は神格が近いため、同じ水神の異なる姿として同一視されることがある。また、高龗神、闇龗神、淤加美神などを広く「おかみの神」とまとめて呼ぶ場合もある。しかし、『日本書紀』では高龗神と闇龗神が異なる一書に登場し、『古事記』に記されるのは闇淤加美神である。原典の上では、すべてが同一の神として整理されているわけではない。
高龗神と闇龗神は、山に降る雨と谷を流れる水という、水の循環をそれぞれ象徴する神として理解できる。別々の神として祀られる一方、同じ水の力を表す龍神として一体的に信仰されてきたのである。
出典・参考:『古事記』、『日本書紀』、國學院大學「古事記神名データベース・闇淤加美神」、丹生川上神社上社公式サイト「御神徳」
奈良県吉野郡川上村の丹生川上神社上社は、高龗大神を主祭神とする水と雨の神社である。社伝では天武天皇の白鳳四年(675)、人の声が聞こえない深山の丹生川上に宮を建てて祀れば、天下のために雨を降らせ、長雨を止めるという神宣によって創建されたと伝える。
丹生川上神社は朝廷から祈雨《きう》と止雨《しう》の神として崇敬された。淳仁天皇の天平宝字七年(763)には旱魃《かんばつ》に際して祈雨の奉幣が行われ、光仁天皇の宝亀六年(775)には長雨を止めるための奉幣が行われた。その後も朝廷による祈願が重ねられ、『延喜式』では霊験の著しい名神大社に列せられた。
雨を願うときには黒毛の馬、長雨が続いて晴天を願うときには白毛の馬を奉るのが慣例であった。黒い雲を思わせる黒馬に雨を託し、晴れた空を思わせる白馬に止雨を託したのである。後には生きた馬の代わりに、馬を描いた板が奉納されるようになったと伝えられ、絵馬の起源を説明する伝承の一つとなっている。
南北朝時代には、吉野に行宮《あんぐう》を置いた後醍醐天皇が「この里は 丹生の川上ほど近し 祈らば晴れよ 五月雨の空」と詠んだと伝えられる。この御製《ぎょせい》にも、丹生川上の神に長雨が止むことを願った朝廷の信仰が表れている。高龗神は、農耕や人々の生活を左右する雨を降らせ、また止める神として長く崇敬されてきたのである。
出典・参考:『日本書紀』、『続日本紀』、『延喜式』、丹生川上神社上社公式サイト「御由緒」
京都府京都市の貴船神社は、高龗神を主祭神とする水神信仰の中心的な神社である。京都盆地を流れる鴨川の水源にあたる貴船川沿いに鎮座し、水は生命の源であるとして、古くから朝廷や農業、漁業、醸造に携わる人々の崇敬を集めてきた。
雨は農作物を育て、人々の生活を支える一方、降りすぎれば洪水を招き、降らなければ旱魃となる。そのため、雨を降らせる祈雨だけでなく、長雨を止める止雨も水神に願われた。貴船神社でも、雨を願うときには黒馬、晴天を願うときには白馬または赤馬を朝廷から奉納したと伝えられている。やがて生きた馬に代わって木の板に描いた馬が奉納されるようになったことから、貴船神社は絵馬発祥の社としても知られる。
貴船神社では本宮と奥宮に高龗神を祀っている。奥宮の祭神については闇龗神とする伝承もあり、貴船の信仰において両神は同じ水の力を表す神として深く結びついてきた。一方、結社《ゆいのやしろ》では磐長姫命《いわながひめのみこと》を祀っており、高龗神の神話とは別の縁結び信仰が受け継がれている。
高龗神には記紀神話のなかで具体的に雨を降らせる場面はない。しかし、貴船神社をはじめとする神社での祭祀を通して、水源を守り、雨量を調整し、人々の暮らしを支える龍神としての信仰が形作られてきたのである。
出典・参考:『日本書紀』、貴船神社公式サイト「貴船神社について」、京都市公式京都観光Navi「貴船神社」
高龗神《たかおかみのかみ》は水や雨をつかさどる神であると同時に、龍神として信仰されている。その根拠となるのが、神名に用いられる「龗《おかみ》」という言葉である。「龗」の字には龍という意味があり、古くから雨や雪をもたらし、泉や川などの水を支配する龍蛇の神を表してきた。
『豊後国風土記』の逸文では「蛇龗」と書いてオカミと読ませ、泉に棲む龍蛇の神として伝えている。また、『万葉集』には「我が岡の龗に言ひて降らしめし雪」と詠まれた歌がある。自分の住む岡のオカミに頼んで雪を降らせたという内容であり、オカミが雨だけでなく、雪を含む天からの水をつかさどる神として意識されていたことが分かる。
高龗神の「高」は、山の峰や高い場所を表すと解釈されている。山に雲を集めて雨や雪を降らせ、その水を谷や川へ送り出す力が、山に鎮まる龍の姿と結びついたのである。一方、闇龗神《くらおかみのかみ》の「闇《くら》」は谷を意味し、谷底や川を流れる水をつかさどる龍神とされる。
丹生川上神社上社では、高龗大神を山の峰の龍神として主祭神に祀っている。高龗神が神話のなかで龍の姿を現す場面はないが、神名の意味と水を支配する神格から、山に鎮まり、雲や雨を動かす龍神として信仰されてきたのである。
出典・参考:『日本書紀』、『豊後国風土記』逸文、『万葉集』、國學院大學「古事記神名データベース・闇淤加美神」、丹生川上神社上社公式サイト「御神徳」
出典文献
日本書紀
先代旧事本紀
神格
ご神徳
別称・異称
たかおかみ
日本書紀/先代旧事本紀
多加意加美神たかおかみのかみ
その他
高咩神たかおかみ
その他
高寵神たかおかみ
その他
高於加美神たかおかみのかみ
その他
高淤加美神たかおかみのかみ
その他
関連する神様
祀られている主な神社
貴船神社
(京都府左京区鞍馬貴船町180)
丹生川上神社上社
(奈良県川上村迫869-1)
法量神社
(青森県十和田市法量山ノ下25)
龗神社
(青森県八戸市内丸2-1-51)
和渕神社
(宮城県石巻市和渕字和渕町1 )
