かまど神
かまどがみ
- 神話・伝説
- 不明

表記なし
祭神ランキング313位
かまど神とは?
かまど神は日本の民間信仰において、竈や炉の火を守り、家の暮らしを守護する神々の総称。竈神、釜神などとも呼ばれ、炊事に使う火を司ることから、家内安全、火災除け、食物の恵みなどに関係する神として信仰されてきた。
『古事記』には、大年神の子として奥津日子神と奥津比売命が登場し、奥津比売命には人々が拝む竈神であるという注記が見られる。この注記が奥津比売命のみを指すか、奥津日子神と奥津比売命の二柱を指すかについては解釈が分かれている。後世には奥津日子神、奥津比売命に火の神である迦具土神を加え、竈三神として祀る信仰も形成された。ただし、竈神として祀られる神々の組み合わせは地域や神社によって異なる。
かまど神の呼称や祀り方は各地で多様である。東北地方ではカマ神、カマ男、信越地方では釜神などと呼ばれ、沖縄ではヒヌカンと呼ばれる火の神への信仰が広く見られる。一般には台所や竈の近くに神棚を設け、神札や幣束を祀るが、竈そのものを神聖な場所としたり、神の姿を表した面を飾ったりする地域もある。かまどの火は日々の食事を作るだけでなく、家族の生命や暮らしを支えるものであり、その火を守る神は家の繁栄を見守る存在として大切にされてきた。
仏教との習合によって、かまど神は荒神や三宝荒神とも結びついた。三宝荒神は仏・法・僧の三宝を守護する尊格で、火や竈を守る神としても信仰されている。如来荒神、麁乱荒神、忿怒荒神などの名で語られることもあり、清浄を尊び不浄を嫌う神として、台所を清潔に保つ習俗とも結びついた。こうした信仰は神道の竈神と仏教の荒神信仰が重なり合う中で広がったものである。
宮城県から岩手県南部にかけては、厳めしい顔をした木製や土製の面を台所や竈の近くに飾るカマ神信仰が伝えられている。この地方には、かまど神の面とひょっとこの由来を結びつける昔話も残る。ある翁が山で神に柴を捧げたところ、礼として醜い顔の童子を授かった。童子はへそから黄金を出す不思議な力を持ち、翁の家は豊かになったが、欲深い媼がへそを火箸で突いたため、童子は死んでしまった。悲しむ翁の夢に童子が現れ、自分に似た面を作って竈の前に掛ければ家が栄えると告げたという。この面がひょっとこの起源になったとする伝承であり、かまど神が家に富や繁栄をもたらす存在として信仰されてきたことを伝えている。
かまど神は火を安全に扱い、家族の暮らしを守る神として、家内安全、火難除け、無病息災、家業繁栄などを願う信仰を集めてきた。農村では家畜や農耕を守護する神として祀られる例もある。京都市の平野神社では久度大神が竈の神として祀られ、各地の竈神社では奥津日子神や奥津比売命などが祭神となっている。地域によって神名や信仰の形は異なるものの、家庭の火と暮らしを守る神として現在まで広く信仰されている。
エピソード
『古事記』の大年神の系譜では、大年神と天知迦流美豆比売との子として、オキツヒコ(奥津日子神)とオキツヒメ(奥津比売命)が生まれたと記される。その直後には、諸人が拝む竈神であるという注記が置かれている。
この注記は一般に奥津比売命を指すと解されるが、奥津日子神と奥津比売命の二柱を指す可能性もある。したがって、古典における竈神を奥津比売命だけ、あるいは二柱だけと断定することはできない。また、この箇所にカグツチは登場せず、奥津日子神・奥津比売命・カグツチを一組の竈三神とする説明を『古事記』の記述そのものとみなすこともできない。古典の系譜記事と、後世に各地で組み合わされた竈神の祭神構成は分けて読む必要がある。
出典・参考:『古事記』上巻「大年神の系譜」、國學院大學古典文化学事業「竈神」
竈神への祭祀は、家庭の民間信仰だけに限られない。國學院大學の解説によれば、『続日本紀』などの史書や『延喜式』から、宮中の内膳司・大炊寮、貴族の邸宅でも竈神が祀られていたことが確認できる。『延喜式』には竈神祭の規定があり、祭祀に用いる品々も記されている。
竈は日々の食事を調える場所であり、宮中では祭事に供える食事にも関わった。火を扱う竈の祭祀は、調理の安全だけでなく、食を通じて家や宮廷の暮らしを守る信仰とも結び付いていたと考えられる。ただし、古代の宮中祭祀と後世の各家庭の竈神信仰が、同じ形で続いたと確認できるわけではない。史料に見える公的な祭祀と、地域ごとに伝わった家庭の習俗は分けて捉える必要がある。
出典・参考:『続日本紀』、國學院大學古典文化学事業「竈神」、國學院大學デジタルミュージアム「陰陽式_22_竈神祭」
かまど神は、仏教や修験道の荒神信仰と結び付き、三宝荒神として台所に祀られるようになった。三宝荒神は仏・法・僧の三宝を守る荒神であり、火の清浄さで不浄を祓うという信仰から、近世以降に竈の神として祀られた例がある。三宝荒神の姿や性格には複数の伝承があり、如来荒神・麁乱荒神・忿怒荒神という呼び分けも伝わる。
ただし、三宝荒神と竈神がどこでも同一視されたわけではない。荒神が火伏せを担い、竈神が食や農耕を守るものとして併せ祀られる地域もある。荒神には屋敷や地域を守る神としての信仰もあり、台所の神に限られない。かまど神と荒神の習合は、地域ごとの祭祀や仏教・修験道の影響を通して形づくられた信仰の一つである。
出典・参考:コトバンク「三宝荒神」、盛岡市遺跡の学び館「学芸レポート vol.06」
宮城県から岩手県南部にかけては、カマ神・カマ男などと呼ばれる土製や木製の面を、台所の柱や竈の上に飾る習俗が伝わる。宮城県の解説によれば、面は外や出入口をにらむように置かれ、火難よけ、魔よけ、家内繁盛を願って祀られた。家を新築したり竈を新しくしたりする際、建築に使った材料で面を作る例もあったという。
この習俗には、ひょっとこの始まりを語る竈神の由来譚も伝わる。佐々木喜善が記録した昔話では、老人が出会った童子にまつわる出来事の後、その面を竈のそばに掛けるようになったと語られる。東北各地には童子の呼び名や物語の異なる型があり、どれか一つを全国共通の起源譚とすることはできない。面の習俗と由来譚は、竈神信仰が地域の暮らしの中で受け継がれた姿を示している。
出典・参考:宮城県「指定文化財〈県指定有形民俗文化財〉カマ神」、佐々木喜善『東奥異聞』、国立国会図書館レファレンス協同データベース「岩手県や宮城県に伝わる竈神の起源について」
出典文献
民間信仰
神格
ご神徳
別称・異称
かまどがみ
その他
久度神くどがみ
その他
関連する神様
祀られている主な神社
平野神社
(京都府北区平野宮本町1)
平野神社
(栃木県宇都宮市瓦谷町1)
平野神社
(岐阜県坂祝町取組字宮西673番地)
平野神社
(岡山県東区瀬戸町塩納1414)
武甕槌神社
(広島県尾道市高須町字大将軍3667番地)
