有名度
大関愛宕神社
あたごじんじゃ
京都府京都市右京区嵯峨愛宕町1
表参道
更新日:2025年7月8日
愛宕山山頂に鎮座する愛宕神社
京都市の北西に位置する愛宕山は、東の比叡山と共に古くから信仰を集めてきました。標高924メートル、京都市の中で2番目に大きい山であり、その山頂に愛宕神社は鎮座しています。参詣手段は、徒歩のみです。自動車などで神社に直接行くことはできませんのでご注意ください。
昭和期には愛宕山鉄道によるケーブルカーが運行していましたが、今は廃線となっています。神社へと続く参道は複数ありますが、どれも登山道と言って差し支えない道です。また、山頂と山麓では気温差が約10度もあり、天候によっては霧に覆われることもあります。そのため、防寒具や雨具を持っていくことをおすすめします。特に冬場は日没が早く、参道には照明設備がないことから、遭難事故も発生しています。年間約20件の救助事案が報告されており、十分な事前準備と注意が必要です。

表参道入り口
愛宕神社へ向かう登山道はいくつかありますが、そのなかでも一般的なルートは清滝から登る表参道ルートでしょう。登り口が分かりやすく、また登山道も広いため、比較的登りやすい道です。約4キロ、歩いて2時間から3時間ほどの道のりです。登山口までは、自家用車または公共交通機関を利用する必要があります。自家用車の場合は、清滝にある有料駐車場をご利用ください。バスを利用する場合は、運行本数が少ないため、事前に時刻表を確認しておくことをおすすめします。


火燧権現跡
十七丁目には、火燧権現跡と呼ばれる場所があります。かつてここには朱塗りの小さな社が建っており、「清滝社火燧権現」または「下権現社」と呼ばれていました。1665年刊行の『扶桑京華志』によると、京都で火事が起これば社が鳴動することから、この名が付いたとされています。山頂の愛宕神と同じく火の神「火産霊命」を祀っていたと伝わります。
TR15336300101(Wikipedia CC 表示-継承 4.0)1879年(明治12年)には神門横へ「燧神社」として移され、現在の跡地には石碑のみが残されています。

茶屋跡
火燧権現跡からしばらく進むと、開けた場所に出ます。ここは参道のちょうど中間地点、二十五丁目にあたります。かつてこの場所には「なかや」と呼ばれる茶屋がありました。「なかや」をはじめ、参道沿いには多くの茶屋が一丁目ごとに建ち並んでいたと伝わります。明治時代の初めには19軒、昭和初期には清滝川沿いの集落も含めて31軒もの茶屋があったと言われています。
TR15336300101(Wikipedia CC 表示-継承 4.0)大杉大神
ふたつ目の休息所を過ぎた先、標高約540メートル付近には、かつて大杉大神(おおすぎおおかみ)と呼ばれた御神木がありました。この杉の巨木の根元には祠が祀られていましたが、2017年の台風21号により根元から倒壊し、祠も押しつぶされてしまいました。現在は跡形もない状態です。ハナ売場
大杉大神を通り過ぎた先、7合目付近には「ハナ売場」と呼ばれる一軒の建物が建っています。1852年刊行の『洛西嵯峨名所案内記』によると、この場所で水尾村の女性たちが神花である樒(しきみ)を売っていたと書かれています。女性たちは毎日樒を背負い愛宕神社へと向かい、神前に供えたあと、このハナ売場で参拝者に樒を販売していました。

御本殿へと続く石段
ハナ売場の先、黒門を通り過ぎると社務所前にたどり着きます。自動販売機やトイレ、休息所が用意されていますので、休憩するのにおすすめの場所です。京都市内を見渡すことのできる絶景ポイントもあります。

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