国之常立神
くにのとこたちのかみ
- 神話・伝説
- 独神

玉蘭斎貞秀(神佛図會)

音川安親(万物雛形画譜)

楊洲周延
祭神ランキング40位
国之常立神とは?
国之常立神は記紀神話に登場する独神である。古事記では国之常立神、日本書紀では国常立尊と記され、国底立尊などの異名も見られる。古事記では別天津神に続いて現れる神世七代の最初の神とされ、独神として生まれた後に身を隠したと記されている。
日本書紀では国常立尊の位置づけがさらに高く、本文では天地が分かれ始めた時、国土がまだ固まらず水に浮かぶ脂のような状態だった中に、葦の芽のように萌え出るものから最初に現れた神とされる。日本書紀には天地開闢について複数の異伝が収められているため神々の出現順には違いがあるが、国常立尊はいずれも天地開闢に関係する原初的な神として登場する。
神名の「国」は国土を表し、「常立」は国土が恒久的に成立することを意味すると解釈されている。このため国之常立神は、形成された国土そのものの永続性を象徴する根源的な神と考えられてきた。また、天に関係する原初神である天之常立神とは神名が対応しているが、古事記に両神を夫婦や一対の神とする記述はない。天之常立神が別天津神に属するのに対し、国之常立神は神世七代の最初に位置づけられている。
古事記では国之常立神について具体的な活動を語る神話はなく、独神として現れた後に身を隠したことだけが記されている。このため、後に登場する人格的な神々とは異なり、国土の成立や永続という観念そのものを神格化した、抽象性の高い神として解釈されることもある。
記紀では具体的な事績をほとんど持たない一方、後世になると神道思想や山岳信仰の中で根源的な神として重視されるようになった。特に木曽御嶽山を中心とする御嶽信仰では、大己貴命、少彦名命とともに国常立尊が御嶽大神として祀られている。
また近代に成立した大本では、国常立尊は艮の金神と結びつけられ、世界を根本から立て直す国祖の神として非常に重要な位置を占めるようになった。ただし、これは古事記や日本書紀に記された国之常立神の神話そのものではなく、大本独自の神観・教義の中で形成された信仰である。
国之常立神は国土の根源と永続に関わる神として、国土安穏、国家安泰、開運などのご利益があるとされる。代表的な神社には、国常立尊を主祭神として祀る玉置神社(奈良県吉野郡十津川村)がある。玉置山は熊野から吉野へ続く大峯奥駈道の重要な霊場で、玉置神社は山岳信仰や修験道とも深く結びついてきた。また御嶽神社(長野県木曽郡)をはじめとする御嶽信仰の神社、国常立尊を祀る各地の神社でも信仰されている。
エピソード
国之常立神は、天地開闢《てんちかいびゃく》の際に現れた根源的な神である。ただし、『古事記』と『日本書紀』では登場する順序と位置づけが異なる。『古事記』では国之常立神、『日本書紀』では国常立尊《くにのとこたちのみこと》と記されている。
『古事記』では、天地が初めて分かれたとき、高天原に天之御中主神、タカミムスビ、カミムスビが現れた。続いて、まだ形の定まらない国土からウマシアシカビヒコヂと天之常立神が生まれ、この五柱が別天津神《ことあまつかみ》とされる。その後に現れた国之常立神は、神世七代《かみよななよ》の最初の神に位置づけられている。
国之常立神は次に現れたトヨクモノとともに、男女の対を持たずに単独で生まれた独神《ひとりがみ》であり、現れた後に姿を隠したと記される。続く五代は男女一対の神々として現れ、最後のイザナギとイザナミによる国生みへとつながっていく。この構成では、国之常立神は国土に関わる神々の始まりとなる存在である。
一方、『日本書紀』本文では、天地が分かれ始めたとき、その間に葦の芽のようなものが生じ、最初に国常立尊へと変化したとされる。続いて国狭槌尊、豊斟渟尊《とよくむぬのみこと》が現れた。国常立尊は『日本書紀』本文では天地開闢後の最初の神であるが、『古事記』では別天津神に続く神世七代の最初の神である。この違いから、国之常立神は記紀で共通して国土の成立に関わりながら、特に『日本書紀』では世界の始まりを象徴する神として強く位置づけられている。
出典・参考:『古事記』上巻、『日本書紀』巻第一 神代上
奈良県吉野郡十津川村の玉置神社では、国之常立神を国常立尊の名で主祭神として祀っている。玉置神社は玉置山の山頂近くに鎮座し、古くから熊野三山の奥宮として信仰され、熊野と吉野を結ぶ大峯奥駈道《おおみねおくがけみち》の霊場として修験者たちの崇敬を集めてきた。
本社の内陣には三基の宮殿が安置され、中央殿に国常立尊が祀られている。相殿にはイザナギとイザナミ、左右の宮殿には天照大神と神武天皇に当たる神日本磐余彦命《かむやまといわれびこのみこと》が祀られている。天地開闢の神から国生みの夫婦神、皇祖神、初代天皇へと続く神々の中心に、国常立尊を置いた祭祀構成である。
玉置神社は中世以降、神仏習合によって玉置三所権現とも称され、修験道の大霊場として栄えた。境内には神仏習合時代の面影を伝える建物や文化財が残り、熊野信仰と大峯修験の歴史を現在に伝えている。国常立尊も、記紀に登場する天地開闢の神としてだけでなく、霊山全体を支える根源の神として信仰されてきた。
国之常立神は『古事記』『日本書紀』では現れた後の具体的な行動を語られない神である。しかし、玉置神社では本社中央に祀られ、国土の成立と永続を守る主祭神として明確な姿を持つ。天地の始まりに現れた神という神格が、熊野と大峯の山岳信仰の中で重んじられた例である。
出典・参考:玉置神社「境内のご案内」「御祭神」、奈良県「玉置神社(大峯奥駈道)」、『日本書紀』巻第一 神代上
国之常立神は、近代に成立した神道系宗教の大本で、国祖国常立尊《こくそこくじょうりゅうのみこと》として重要な位置を占めている。大本では、天地開闢の際に現れた国常立尊を、国土を治める根源の神と位置づけている。
大本の開祖である出口なおは、明治25年(1892)に艮の金神《うしとらのこんじん》と名乗る神の神示を受けたとされる。大本では、この艮の金神を国常立尊とし、乱れた世を立て替え、立て直して、神の理想とする世界を築くことを告げた神としている。この出来事が大本開教の始まりとなった。
艮は北東の方角を意味する。民間信仰や陰陽道では北東は鬼門とされ、金神も方角をめぐって畏れられた神であった。大本では、その艮の金神を単なる災いの神とはせず、世の中を根本から改める国祖として捉え直した。記紀で国土の始まりに現れる国常立尊の神格が、近代の宗教思想の中で世界再建を担う神へと展開したのである。
ただし、国之常立神が艮の金神であるという同一視や、世の立替え立直しを行うという物語は、『古事記』『日本書紀』に記された神話ではなく、大本の教義として成立したものである。国之常立神は古典では具体的な事績の少ない神であるが、その根源的な性格から、後世には神道思想や新宗教において最高神、国祖、世界を立て直す神として重視されるようになった。
出典・参考:大本「開教」、『大本神諭』、『古事記』上巻、『日本書紀』巻第一 神代上
出典文献
古事記
日本書紀
神格
ご神徳
別称・異称
くにのとこたちのかみ
古事記
国常立尊くにのとこたちのみこと
日本書紀
国底立尊くにのそこたちのみこと
日本書紀
関連する神様
神様グループ
祀られている主な神社
桜神宮
(東京都世田谷区新町3丁目21-3)
御岩神社
(茨城県日立市入四間町1215番地1)
加波山神社 八郷拝殿(中宮)
(茨城県石岡市大塚3398番地)
加波山神社 真壁拝殿
(茨城県桜川市真壁町長岡891)
加波山神社 山頂本殿・拝殿
(茨城県石岡市大塚字加波山1)
