有名度
前頭上位加波山神社 真壁拝殿
かばさんじんじゃ まかべはいでん
茨城県桜川市真壁町長岡891
茨城県桜川市真壁町長岡891

加波山神社 真壁拝殿以外にも 加波山権現 とも呼ばれます。
かんたんご利益
- 仕事
- 子供
- 安全
- 家庭
加波山神社 真壁拝殿には
「仕事系」「子供系」「安全系」「家庭系」
のご利益があります。※かんたんご利益はご利益をジャンル毎に分けわかりやすく表示したものです。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。
ご利益
村内安全 家内安全 嵐等の諸災除け 農漁業等の殖産興業 子授け 安産
御祭神
国常立尊 くにのとこたちのみこと
伊邪那岐尊 いざなぎのみこと
伊邪那美尊 いざなみのみこと
ほか山中に737神 不明
神社系統
この神社の主な系統は
「不明(3柱)」
です。※系統は御祭神や由緒による神社の分類です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。
由緒・歴史 | 特徴
加波山神社 真壁拝殿は茨城県桜川市に鎮座する神社。御祭神は国常立尊、伊邪那岐尊、伊邪那美尊、ほか山中に737神をまつる。
社格は国史見在社であり、旧郷社。
加波山神社の社伝では、景行天皇の時代、日本武尊が東国へ向かう途中に加波山へ登り、天御中主神、日の神、月の神をまつって社殿を建てたことを創祀とする。
延暦20年(801)、坂上田村麻呂が東北遠征に際して戦勝を祈願し、大同元年(806)には社殿を寄進したと伝えられる。また、弘法大師空海が加波山を訪れ、加波山大権現の号を定めたとの伝承も残る。創建を仁寿2年(852)または仁寿3年(853)とする説もある。
貞観17年(875)、朝廷は常陸国の三枝祇神に従五位下の神階を授けた。加波山神社には「三枝神社」と記された棟札が伝わり、加波山3宮のうち中宮を三枝祇神に比定する説がある。
中世には神仏習合が進み、文殊院が中宮の別当を務めた。加波山は真言系修験の霊場となり、修験者や山伏が修行を行った。文殊院は山伏を山先達として組織し、加持祈祷や登拝を担った。加波山神社は江戸幕府から5石の朱印地を与えられた。
寛政年間(1789~1801)頃までには、山中の岩場や祠など700か所余りが禅定場として整えられた。信者は禅定講を組織し、山先達の案内で各禅定場を巡拝した。文化年間(1804~1818)頃には本社再建のための講も結成された。
明治元年(1868)の神仏判然令により加波山大権現は加波山神社へ改められ、翌明治2年(1869)には神社と文殊院が分離された。明治6年(1873)に郷社へ列せられ、明治11年(1878)には東麓の大塚村に八郷拝殿が建立された。平成16年(2004)には西麓の桜川市真壁町長岡に現在の真壁拝殿が建立された。
真壁拝殿は加波山西麓の里宮で、拝殿と社務所を備える。山頂には一間社流造の中宮本殿と拝殿が建ち、近くには国安普明をまつる加波山普明神社の拝殿も鎮座する。
例祭は毎年4月8日に行われる。7月から8月の禅定祭では、8月1日の山開祭から8月31日の山閉祭まで、白衣姿の行者が金剛杖を手に山中の禅定場を巡拝する。
9月第1日曜日には摂社たばこ神社のきせる祭が行われる。真壁拝殿で長さ約3.6メートル、重さ約60キログラムの大煙管に火を移し、参列者がほら貝や鉦、太鼓とともに山頂付近のたばこ神社へ奉納する。
社格は国史見在社であり、旧郷社。
加波山神社の社伝では、景行天皇の時代、日本武尊が東国へ向かう途中に加波山へ登り、天御中主神、日の神、月の神をまつって社殿を建てたことを創祀とする。
延暦20年(801)、坂上田村麻呂が東北遠征に際して戦勝を祈願し、大同元年(806)には社殿を寄進したと伝えられる。また、弘法大師空海が加波山を訪れ、加波山大権現の号を定めたとの伝承も残る。創建を仁寿2年(852)または仁寿3年(853)とする説もある。
貞観17年(875)、朝廷は常陸国の三枝祇神に従五位下の神階を授けた。加波山神社には「三枝神社」と記された棟札が伝わり、加波山3宮のうち中宮を三枝祇神に比定する説がある。
中世には神仏習合が進み、文殊院が中宮の別当を務めた。加波山は真言系修験の霊場となり、修験者や山伏が修行を行った。文殊院は山伏を山先達として組織し、加持祈祷や登拝を担った。加波山神社は江戸幕府から5石の朱印地を与えられた。
寛政年間(1789~1801)頃までには、山中の岩場や祠など700か所余りが禅定場として整えられた。信者は禅定講を組織し、山先達の案内で各禅定場を巡拝した。文化年間(1804~1818)頃には本社再建のための講も結成された。
明治元年(1868)の神仏判然令により加波山大権現は加波山神社へ改められ、翌明治2年(1869)には神社と文殊院が分離された。明治6年(1873)に郷社へ列せられ、明治11年(1878)には東麓の大塚村に八郷拝殿が建立された。平成16年(2004)には西麓の桜川市真壁町長岡に現在の真壁拝殿が建立された。
真壁拝殿は加波山西麓の里宮で、拝殿と社務所を備える。山頂には一間社流造の中宮本殿と拝殿が建ち、近くには国安普明をまつる加波山普明神社の拝殿も鎮座する。
例祭は毎年4月8日に行われる。7月から8月の禅定祭では、8月1日の山開祭から8月31日の山閉祭まで、白衣姿の行者が金剛杖を手に山中の禅定場を巡拝する。
9月第1日曜日には摂社たばこ神社のきせる祭が行われる。真壁拝殿で長さ約3.6メートル、重さ約60キログラムの大煙管に火を移し、参列者がほら貝や鉦、太鼓とともに山頂付近のたばこ神社へ奉納する。
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神社詳細
正式名称
加波山神社
摂末社・境内社
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神紋
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