有名度
関脇宇佐神宮
うさじんぐう
大分県宇佐市大字南宇佐2859
大分県宇佐市大字南宇佐2859



宇佐神宮は、全国に広がる八幡宮の総本社として崇敬を集める、大分県宇佐市の由緒ある神社です。御祭神は応神天皇を中心に三柱の神々をお祀りし、厄除開運、武運長久、財運、交通安全、教育などのご利益の守護神として信仰されています。朱塗りの本殿は国宝に指定され、静かな杜に映える姿は荘厳そのものです。神仏習合発祥の地としても名高く、古代から続く祈りと歴史の重みを感じられる神社です。
宇佐神宮以外にも 宇佐八幡 とも呼ばれます。
神社ワードクラウド
宇佐神宮の特徴を視覚的にわかりやすく表現しています。詳しくは見どころをご確認ください。
かんたんご利益
- 恋愛
- 仕事
- 学業
- 金運
- 子供
- 安全
- 厄除
- 家庭
- 勝負
宇佐神宮には
「恋愛系」「仕事系」「学業・技芸系」「金運系(有名)」「子供系(有名)」「安全系」「厄除・開運系(有名)」「家庭系」「勝負系(有名)」
のご利益があります。※かんたんご利益はご利益をジャンル毎に分けわかりやすく表示したものです。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。
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ご利益
公
武運 厄除開運 学問 芸術上達 財運 交通安全(航海の安全) 安産 教育
御祭神
一之御殿
八幡大神(応神天皇) はちまんおおかみ(おうじんてんのう)
二之御殿
比売大神(多岐津姫命・市杵島姫命・多紀理姫命) ひめおおかみ
三之御殿
神功皇后 じんぐうこうごう
神社系統
この神社の主な系統は
「八幡系」
です。※系統は御祭神や由緒による神社の分類です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。
由緒・歴史 | 特徴
宇佐神宮は大分県宇佐市にある神社。八幡大神(応神天皇)、比売大神、神功皇后の3柱をまつる。
社格は式内社(名神大社)、豊前国一宮で勅祭社。別表神社、旧官幣大社。
全国の八幡宮の総本宮で、「宇佐八幡」の通称でも知られる。京都の石清水八幡宮とともに八幡信仰の中心として古くから朝廷の篤い崇敬を受け、「二所宗廟」と称された。筥崎宮などとともに「日本三大八幡宮」のひとつにも数えられる。
宇佐神宮の創建以前から、宇佐地方では八幡大神への信仰が存在していたと伝えられる。社伝によると欽明天皇32年(571)、宇佐の地に八幡大神が初めて顕現したという。その後、神亀2年(725)に現在の小椋山に一之殿が造営され、八幡大神がまつられた。これが現在の宇佐神宮につながる社殿の始まりとされる。
天平5年(733)には二之殿が造営され、比売大神がまつられた。比売大神については宗像三女神とする信仰が伝えられている。さらに弘仁14年(823)には三之殿が造営され、八幡大神の母にあたる神功皇后がまつられた。こうして現在の一之御殿、二之御殿、三之御殿からなる祭祀の形が整えられた。
宇佐では早くから神祇信仰と仏教が結びつき、境内には神宮寺として弥勒寺が建立された。八幡大神は仏教と深く結びつき、「八幡大菩薩」とも称されるようになる。宇佐で形成された八幡信仰は神仏習合の発展に大きな影響を与え、その後全国へ広がっていった。
その象徴的な出来事のひとつが、奈良の東大寺大仏造立である。八幡大神は大仏建立を助けるとの託宣を下したとされ、天平勝宝元年(749)には八幡大神が奈良へ向かり、東大寺の大仏を拝した。この際、八幡大神の神霊を乗せて移動した輿が、神社祭礼で用いられる神輿の起源のひとつとも伝えられている。
また、養老4年(720)に九州南部で起きた隼人の反乱も宇佐八幡信仰に大きな影響を与えた。反乱鎮圧後、八幡神が多くの命を奪ったことを悔い、殺生の罪を償うため放生会を行ったと伝えられる。生き物を放って生命を慈しむこの祭礼は神仏習合を象徴する行事として広まり、宇佐神宮では現在の仲秋祭へと受け継がれている。
奈良時代後期には、皇位継承をめぐる「宇佐八幡宮神託事件」が起きた。神護景雲3年(769)、称徳天皇の寵愛を受けていた僧・弓削道鏡を皇位につければ天下太平になるとの宇佐八幡の神託が朝廷へ伝えられたため、その真偽を確かめるため和気清麻呂が宇佐へ派遣された。
宇佐を訪れた和気清麻呂は、皇位には皇統に属する者を立てるべきであるという新たな神託を持ち帰った。これによって道鏡の即位は実現せず、宇佐八幡の神託が国家の皇位継承に大きな影響を与えることになった。この事件は、当時すでに宇佐神宮が朝廷から極めて重要な神社として位置づけられていたことを示している。
平安時代になると宇佐神宮の勢力はさらに拡大した。宇佐氏が大宮司を務め、九州各地に広大な荘園を有するようになり、宗教的な権威だけでなく大きな経済力を持つ存在となった。一方、京都には宇佐八幡を勧請した石清水八幡宮が創建され、宇佐と石清水を中心に八幡信仰は朝廷や武家社会へ広がっていった。
八幡大神は武家からも軍神として篤く信仰された。特に源氏は八幡神を氏神として崇敬し、源頼義や源義家、源頼朝らを通じて武家社会に八幡信仰が広まった。各地に八幡宮が勧請されるようになり、その信仰の源流である宇佐神宮は八幡宮の総本宮として重視された。
源平争乱では宇佐神宮も戦乱に巻き込まれ、社殿が焼かれるなど大きな被害を受けた。その後も中世を通じて再建と造替を重ねながら、豊前国一宮として信仰を受け継いだ。
現在の上宮本殿は一之御殿、二之御殿、三之御殿の3棟からなり、いずれも国宝に指定されている。現在の社殿は江戸時代末期の安政2年(1855)から文久元年(1861)にかけて造営されたもので、八幡造と呼ばれる独特の建築形式を現在に伝えている。
八幡造は前後に並ぶ2棟の切妻造・平入の建物を「相の間」で連結する形式で、前方を外院、後方を内院として構成する。宇佐神宮の本殿は八幡造を代表する建築として高い歴史的価値を持ち、全国へ広がった八幡宮建築の源流を伝えている。
宇佐神宮には小椋山の上宮と、その麓に位置する下宮がある。古くから「下宮参らにゃ片参り」ともいわれ、上宮だけでなく下宮にも参拝する信仰が受け継がれている。上宮、下宮とも一之御殿から三之御殿まで順に参拝する。
参拝作法にも大きな特徴がある。一般的な神社では「二拝二拍手一拝」が基本とされるが、宇佐神宮では古くから「二拝四拍手一拝」で参拝する。上宮だけでなく下宮でも同じ作法で参拝するのが宇佐神宮の伝統となっている。
宇佐神宮には長い歴史を物語る数多くの文化財も伝わっている。宝物館には神社に伝来した美術工芸品や歴史資料が収蔵され、なかでも鎌倉時代に制作された仏教法具「孔雀文磬」は国宝に指定されている。神仏習合の中心地として発展した宇佐神宮の歴史を象徴する文化財のひとつである。
宇佐神宮を代表する祭典のひとつが「臨時奉幣祭」である。古代に朝廷から宇佐へ勅使が派遣された宇佐使の制度を源流とし、途絶えた後、延享元年(1744)に復興された。復興後は長い間隔を置いて行われていたが、大正14年(1925)以降は10年に一度、天皇の勅使が参向する勅祭として営まれている。
八幡大神の顕現伝承から始まり、東大寺大仏造立への協力、宇佐八幡宮神託事件、神仏習合の発展、武家社会への八幡信仰の広がりと、宇佐神宮は日本の宗教史や政治史に大きな足跡を残してきた。国宝の八幡造本殿や独特の四拍手の参拝作法とともに、全国へ広がった八幡信仰の総本宮として現在まで篤い崇敬を集めている。
社格は式内社(名神大社)、豊前国一宮で勅祭社。別表神社、旧官幣大社。
全国の八幡宮の総本宮で、「宇佐八幡」の通称でも知られる。京都の石清水八幡宮とともに八幡信仰の中心として古くから朝廷の篤い崇敬を受け、「二所宗廟」と称された。筥崎宮などとともに「日本三大八幡宮」のひとつにも数えられる。
宇佐神宮の創建以前から、宇佐地方では八幡大神への信仰が存在していたと伝えられる。社伝によると欽明天皇32年(571)、宇佐の地に八幡大神が初めて顕現したという。その後、神亀2年(725)に現在の小椋山に一之殿が造営され、八幡大神がまつられた。これが現在の宇佐神宮につながる社殿の始まりとされる。
天平5年(733)には二之殿が造営され、比売大神がまつられた。比売大神については宗像三女神とする信仰が伝えられている。さらに弘仁14年(823)には三之殿が造営され、八幡大神の母にあたる神功皇后がまつられた。こうして現在の一之御殿、二之御殿、三之御殿からなる祭祀の形が整えられた。
宇佐では早くから神祇信仰と仏教が結びつき、境内には神宮寺として弥勒寺が建立された。八幡大神は仏教と深く結びつき、「八幡大菩薩」とも称されるようになる。宇佐で形成された八幡信仰は神仏習合の発展に大きな影響を与え、その後全国へ広がっていった。
その象徴的な出来事のひとつが、奈良の東大寺大仏造立である。八幡大神は大仏建立を助けるとの託宣を下したとされ、天平勝宝元年(749)には八幡大神が奈良へ向かり、東大寺の大仏を拝した。この際、八幡大神の神霊を乗せて移動した輿が、神社祭礼で用いられる神輿の起源のひとつとも伝えられている。
また、養老4年(720)に九州南部で起きた隼人の反乱も宇佐八幡信仰に大きな影響を与えた。反乱鎮圧後、八幡神が多くの命を奪ったことを悔い、殺生の罪を償うため放生会を行ったと伝えられる。生き物を放って生命を慈しむこの祭礼は神仏習合を象徴する行事として広まり、宇佐神宮では現在の仲秋祭へと受け継がれている。
奈良時代後期には、皇位継承をめぐる「宇佐八幡宮神託事件」が起きた。神護景雲3年(769)、称徳天皇の寵愛を受けていた僧・弓削道鏡を皇位につければ天下太平になるとの宇佐八幡の神託が朝廷へ伝えられたため、その真偽を確かめるため和気清麻呂が宇佐へ派遣された。
宇佐を訪れた和気清麻呂は、皇位には皇統に属する者を立てるべきであるという新たな神託を持ち帰った。これによって道鏡の即位は実現せず、宇佐八幡の神託が国家の皇位継承に大きな影響を与えることになった。この事件は、当時すでに宇佐神宮が朝廷から極めて重要な神社として位置づけられていたことを示している。
平安時代になると宇佐神宮の勢力はさらに拡大した。宇佐氏が大宮司を務め、九州各地に広大な荘園を有するようになり、宗教的な権威だけでなく大きな経済力を持つ存在となった。一方、京都には宇佐八幡を勧請した石清水八幡宮が創建され、宇佐と石清水を中心に八幡信仰は朝廷や武家社会へ広がっていった。
八幡大神は武家からも軍神として篤く信仰された。特に源氏は八幡神を氏神として崇敬し、源頼義や源義家、源頼朝らを通じて武家社会に八幡信仰が広まった。各地に八幡宮が勧請されるようになり、その信仰の源流である宇佐神宮は八幡宮の総本宮として重視された。
源平争乱では宇佐神宮も戦乱に巻き込まれ、社殿が焼かれるなど大きな被害を受けた。その後も中世を通じて再建と造替を重ねながら、豊前国一宮として信仰を受け継いだ。
現在の上宮本殿は一之御殿、二之御殿、三之御殿の3棟からなり、いずれも国宝に指定されている。現在の社殿は江戸時代末期の安政2年(1855)から文久元年(1861)にかけて造営されたもので、八幡造と呼ばれる独特の建築形式を現在に伝えている。
八幡造は前後に並ぶ2棟の切妻造・平入の建物を「相の間」で連結する形式で、前方を外院、後方を内院として構成する。宇佐神宮の本殿は八幡造を代表する建築として高い歴史的価値を持ち、全国へ広がった八幡宮建築の源流を伝えている。
宇佐神宮には小椋山の上宮と、その麓に位置する下宮がある。古くから「下宮参らにゃ片参り」ともいわれ、上宮だけでなく下宮にも参拝する信仰が受け継がれている。上宮、下宮とも一之御殿から三之御殿まで順に参拝する。
参拝作法にも大きな特徴がある。一般的な神社では「二拝二拍手一拝」が基本とされるが、宇佐神宮では古くから「二拝四拍手一拝」で参拝する。上宮だけでなく下宮でも同じ作法で参拝するのが宇佐神宮の伝統となっている。
宇佐神宮には長い歴史を物語る数多くの文化財も伝わっている。宝物館には神社に伝来した美術工芸品や歴史資料が収蔵され、なかでも鎌倉時代に制作された仏教法具「孔雀文磬」は国宝に指定されている。神仏習合の中心地として発展した宇佐神宮の歴史を象徴する文化財のひとつである。
宇佐神宮を代表する祭典のひとつが「臨時奉幣祭」である。古代に朝廷から宇佐へ勅使が派遣された宇佐使の制度を源流とし、途絶えた後、延享元年(1744)に復興された。復興後は長い間隔を置いて行われていたが、大正14年(1925)以降は10年に一度、天皇の勅使が参向する勅祭として営まれている。
八幡大神の顕現伝承から始まり、東大寺大仏造立への協力、宇佐八幡宮神託事件、神仏習合の発展、武家社会への八幡信仰の広がりと、宇佐神宮は日本の宗教史や政治史に大きな足跡を残してきた。国宝の八幡造本殿や独特の四拍手の参拝作法とともに、全国へ広がった八幡信仰の総本宮として現在まで篤い崇敬を集めている。
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見どころ
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上宮(本殿)・南中楼門・御祭神・ご利益この記事を2人が評価
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願掛けひょうたん絵馬この記事を2人が評価
神社詳細
公式URL
摂末社・境内社
摂社 若宮神社
若宮五神摂社 住吉神社
住吉三神摂社 黒男神社
武内宿禰摂社 春宮神社
菟道稚郎子命摂社 宇佐祖神社
菟沙津彦菟沙津姫
摂社 大神祖神社
初代大宮司大神比義
境外摂社 大尾神社
八幡大神境外摂社 大元神社
比売大神境外摂社 大根川神社(矢立宮)
応神天皇境外摂社 乙咩神社
応神天皇仲哀天皇
神功皇后
比咩大神
仁徳天皇
日本武尊
天児屋根命
別雷命
境外摂社 泉神社
仲哀天皇神功皇后
応神天皇
仁徳天皇ほか
境外摂社 郡瀬神社
仲哀天皇神功皇后
応神天皇
境外摂社 鷹居神社
仲哀天皇神功皇后
応神天皇
境外摂社 田笛神社
八幡大神境外摂社 妻垣神社
玉依媛命応神天皇
神功皇后
境外摂社 小山田神社
応神天皇神功皇
仲哀天皇
末社 春日神社
天児屋根命末社 八子神社
八幡大神の八王子末社 亀山神社
大山積尊末社 八坂神社
須佐之男命末社 木匠祖神社
手置帆負命比古狭知命
末社 水分神社
高龗神天水分神
国水分神
汲匏持神
国汲匏持
末社 天満神社
菅原道真末社 護皇神社
和気清麻呂末社 北辰神社
造化三神末社 平野神社
祭神不明末社 善神王神社
高良大明神阿蘇大明神
末社 稲荷神社
稲荷大明神末社 女禰宜神社
祭神不明末社 琴平神社
祭神不明末社 愈加神社
祭神不明末社 淡島神社
祭神不明末社 貴布根神社
祭神不明境外末社 阿良礼神社
祭神不明境外末社 鉾立神社
八幡大神境外末社 椎宮神社
椎根津彦命境外末社 百体神社
隼人の霊境外末社 八坂神社
素戔嗚尊すさのを の みこと
境外摂社 薦神社
応神天皇比売大神
息長帯比売命
境外摂社 奈多宮
応神天皇神功皇后
比売大神
例祭
歳旦祭 1月1日
新年祭 1月2日
元始祭 1月3日
御誕辰祭 1月6日
御木屋始祭 1月11日
節分祭 2月3日
紀元祭 2月11日
鎮疫祭宵祭 2月12日
鎮疫祭 2月13日
祈年祭 2月17日
春致祭 2月酉の日より旧暦2月初卯の日に至る7日間
例祭 3月18日
御正忌祭 4月1日
八幡講社大祭 4月1日
桜花祭 4月10日
昭和祭 4月29日
御田植祭 6月第4日曜日
夏越の大祓 6月30日
御神幸祭 7月31日・8月1日・2日
虫振祭 風除祭 8月7日
仲秋祭 10月第2月曜を含む土日月の3日間
神嘗奉祝祭 10月17日
風除報賽祭 10月20日
御神能 10月21日
明治祭 11月3日
新嘗祭 11月23日
冬致祭 11月酉の日より旧暦11月初卯の日に至る7日間
神符守札遷霊祭 12月冬至の日
天長祭 12月23日
年越の大祓 12月31日
除夜祭 12月31日
新年祭 1月2日
元始祭 1月3日
御誕辰祭 1月6日
御木屋始祭 1月11日
節分祭 2月3日
紀元祭 2月11日
鎮疫祭宵祭 2月12日
鎮疫祭 2月13日
祈年祭 2月17日
春致祭 2月酉の日より旧暦2月初卯の日に至る7日間
例祭 3月18日
御正忌祭 4月1日
八幡講社大祭 4月1日
桜花祭 4月10日
昭和祭 4月29日
御田植祭 6月第4日曜日
夏越の大祓 6月30日
御神幸祭 7月31日・8月1日・2日
虫振祭 風除祭 8月7日
仲秋祭 10月第2月曜を含む土日月の3日間
神嘗奉祝祭 10月17日
風除報賽祭 10月20日
御神能 10月21日
明治祭 11月3日
新嘗祭 11月23日
冬致祭 11月酉の日より旧暦11月初卯の日に至る7日間
神符守札遷霊祭 12月冬至の日
天長祭 12月23日
年越の大祓 12月31日
除夜祭 12月31日
文化財
宇佐神宮本殿
国 国宝
建造物 昭和27年11月22日指定
建造物 昭和27年11月22日指定
孔雀文磬
国 国宝
工芸品 昭和28年3月31日指定
工芸品 昭和28年3月31日指定
木造神像
国 重要文化財
文化財種別不明 昭和25年8月29日指定
文化財種別不明 昭和25年8月29日指定
大鷦鷯命坐像、大葉枝皇子坐像
国 重要文化財
文化財種別不明 昭和25年8月29日指定
文化財種別不明 昭和25年8月29日指定
小葉枝皇子坐像、雌鳥皇女坐像
国 重要文化財
文化財種別不明 昭和25年8月29日指定
文化財種別不明 昭和25年8月29日指定
隼総別皇子坐像
国 重要文化財
文化財種別不明 昭和25年8月29日指定
文化財種別不明 昭和25年8月29日指定
銅鐘
国 重要文化財
工芸品 昭和25年8月29日指定
工芸品 昭和25年8月29日指定
白鞘入剣
国 重要文化財
工芸品 大正2年4月14日指定
工芸品 大正2年4月14日指定
豊前国宇佐宮絵図
国 重要文化財
古文書 平成25年6月19日指定
古文書 平成25年6月19日指定
宇佐神宮造営図 3幅
国 重要文化財
歴史資料 平成2年6月29日指定
歴史資料 平成2年6月29日指定
宇佐宮神領大鏡
国 重要文化財
古文書 昭和45年5月25日指定
古文書 昭和45年5月25日指定
宇佐神宮境内
国 史跡
文化財種別不明 昭和61年2月25日指定
文化財種別不明 昭和61年2月25日指定
宇佐神宮社叢
国 天然記念物
文化財種別不明 昭和52年4月12日指定
文化財種別不明 昭和52年4月12日指定
北辰神社
大分県 有形文化財
文化財種別不明 昭和43年3月29日指定
文化財種別不明 昭和43年3月29日指定
高倉
大分県 有形文化財
文化財種別不明 昭和43年3月29日指定
文化財種別不明 昭和43年3月29日指定
西大門
大分県 有形文化財
文化財種別不明 昭和43年3月29日指定
文化財種別不明 昭和43年3月29日指定
南中楼門
大分県 有形文化財
文化財種別不明 昭和43年3月29日指定
文化財種別不明 昭和43年3月29日指定
呉橋
大分県 有形文化財
文化財種別不明 昭和43年3月29日指定
文化財種別不明 昭和43年3月29日指定
神輿 附 襖絵二枚
大分県 有形文化財
文化財種別不明 昭和43年3月29日指定
文化財種別不明 昭和43年3月29日指定
八幡鳥居
大分県 有形文化財
文化財種別不明 昭和44年3月22日指定
文化財種別不明 昭和44年3月22日指定
弥勒寺古瓦
大分県 有形文化財
文化財種別不明 昭和46年3月23日指定
文化財種別不明 昭和46年3月23日指定
宇佐神宮太刀(弘包作)
大分県 有形文化財
文化財種別不明 昭和59年3月30日指定
文化財種別不明 昭和59年3月30日指定
宇佐神宮太刀(九州筑前住源信国作右衛門尉吉貞 寛文拾二年八月吉日)
大分県 有形文化財
文化財種別不明 昭和59年3月30日指定
文化財種別不明 昭和59年3月30日指定
宇佐神宮宮刀(国宗作)
大分県 有形文化財
文化財種別不明 昭和59年3月30日指定
文化財種別不明 昭和59年3月30日指定
宇佐神宮宮刀(種子銘)
大分県 有形文化財
文化財種別不明 昭和59年3月30日指定
文化財種別不明 昭和59年3月30日指定
宇佐神宮宮刀(正房作)
大分県 有形文化財
文化財種別不明 昭和59年3月30日指定
文化財種別不明 昭和59年3月30日指定
宇佐神宮宮刀(無銘)
大分県 有形文化財
文化財種別不明 昭和59年3月30日指定
文化財種別不明 昭和59年3月30日指定
宇佐神宮宮剣(長剣 細川家家臣 河喜多五郎左衛門正重奉納 大和守藤原宜貞 元和六年十二月)
大分県 有形文化財
文化財種別不明 昭和59年3月30日指定
文化財種別不明 昭和59年3月30日指定
宇佐神宮短剣(短剣 細川忠興奉納 大和守藤原宜貞 寛永三年三月)
大分県 有形文化財
文化財種別不明 昭和59年3月30日指定
文化財種別不明 昭和59年3月30日指定
宇佐神宮脇差(延寿国秀・国俊作)
大分県 有形文化財
文化財種別不明 昭和59年3月30日指定
文化財種別不明 昭和59年3月30日指定
宇佐神宮短刀(吉光作)
大分県 有形文化財
文化財種別不明 昭和59年3月30日指定
文化財種別不明 昭和59年3月30日指定
御許山町石
大分県 有形文化財
文化財種別不明 昭和63年3月15日指定
文化財種別不明 昭和63年3月15日指定
木造舞楽面
大分県 有形文化財
文化財種別不明 平成6年3月25日指定
文化財種別不明 平成6年3月25日指定
八幡宇佐宮御託宣集
大分県 有形文化財
文化財種別不明 昭和35年3月22日指定
文化財種別不明 昭和35年3月22日指定
宇佐神宮所蔵絵図等12点
大分県 有形文化財
文化財種別不明 平成25年3月15日指定
文化財種別不明 平成25年3月15日指定
宇佐神宮神能明覧
大分県 有形文化財
文化財種別不明 平成30年2月6日指定
文化財種別不明 平成30年2月6日指定
宇佐神宮御神能
大分県 無形文化財
文化財種別不明 昭和50年3月28日指定
文化財種別不明 昭和50年3月28日指定
宇佐神宮能衣装類
大分県 有形民俗文化財
文化財種別不明 昭和50年3月28日指定
文化財種別不明 昭和50年3月28日指定
宇佐神宮の御田植祭
大分県 選択無形民俗文化財
文化財種別不明 昭和46年3月23日選択
文化財種別不明 昭和46年3月23日選択
宇佐神宮の放生会
大分県 選択無形民俗文化財
文化財種別不明 昭和48年3月20日選択
文化財種別不明 昭和48年3月20日選択
宇佐神宮鎮疫祭
大分県 選択無形民俗文化財
文化財種別不明 昭和50年3月28日選択
文化財種別不明 昭和50年3月28日選択
凶首塚古墳
大分県 史跡
文化財種別不明 昭和46年3月23日指定
文化財種別不明 昭和46年3月23日指定
神能明覧(4) 神能奉仕功労物故者芳名(3)
宇佐市 有形文化財
文化財種別不明 昭和50年3月31日指定
文化財種別不明 昭和50年3月31日指定
宇佐神宮短刀・脇差(2)
宇佐市 有形文化財
文化財種別不明 昭和58年3月31日指定
文化財種別不明 昭和58年3月31日指定
幣板(8)
宇佐市 有形文化財
文化財種別不明 昭和58年3月31日指定
文化財種別不明 昭和58年3月31日指定
金銅鈴(2)
宇佐市 有形文化財
文化財種別不明 昭和58年3月31日指定
文化財種別不明 昭和58年3月31日指定
鰐口
宇佐市 有形文化財
文化財種別不明 昭和58年3月31日指定
文化財種別不明 昭和58年3月31日指定
御装束(3)
宇佐市 有形文化財
文化財種別不明 昭和58年3月31日指定
文化財種別不明 昭和58年3月31日指定
銅鏡(2)
宇佐市 有形文化財
文化財種別不明 昭和58年3月31日指定
文化財種別不明 昭和58年3月31日指定
宇佐神宮所蔵文書(4)
宇佐市 有形文化財
文化財種別不明 昭和58年3月31日指定
文化財種別不明 昭和58年3月31日指定
八幡縁起絵巻(2)
宇佐市 有形文化財
文化財種別不明 昭和58年3月31日指定
文化財種別不明 昭和58年3月31日指定
木造金剛力士像(2)
宇佐市 有形文化財
文化財種別不明 昭和58年3月31日指定
文化財種別不明 昭和58年3月31日指定
欄間(3)
宇佐市 有形文化財
文化財種別不明 昭和58年3月31日指定
文化財種別不明 昭和58年3月31日指定
銅戈(4)
宇佐市 有形文化財
文化財種別不明 昭和58年3月31日指定
文化財種別不明 昭和58年3月31日指定
銅鉾
宇佐市 有形文化財
文化財種別不明 昭和58年3月31日指定
文化財種別不明 昭和58年3月31日指定
棟札一括(17)
宇佐市 有形文化財
文化財種別不明 昭和58年3月31日指定
文化財種別不明 昭和58年3月31日指定
御許山茅刈入許可証(2)
宇佐市 重要有形民俗文化財
文化財種別不明 昭和58年3月31日指定
文化財種別不明 昭和58年3月31日指定
火鑽臼杵
宇佐市 重要有形民俗文化財
文化財種別不明 昭和58年3月31日指定
文化財種別不明 昭和58年3月31日指定
化粧井戸
宇佐市 史跡
文化財種別不明 昭和50年3月31日指定
文化財種別不明 昭和50年3月31日指定
宇佐神宮のヒメハルゼミ
宇佐市 天然記念物
文化財種別不明 平成10年3月31日指定
文化財種別不明 平成10年3月31日指定
建築
本殿 八幡造
神紋
情報募集
出典
公式サイト
http://www.usajinguu.com/
Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%AE%87%E4%BD%90%E7%A5%9E%E5%AE%AE
国指定文化財等データベース
https://kunishitei.bunka.go.jp
大分県
https://oita-digitalzukan.jp/
宇佐市
https://www.city.usa.oita.jp/sougo/soshiki/18/shakaikyoiku/3/bunkazai/2149.html
[書籍]ご利益めぐり全国神社誌
巖谷小波・神社神徳研究会、展望社、1997年
http://www.usajinguu.com/
Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%AE%87%E4%BD%90%E7%A5%9E%E5%AE%AE
国指定文化財等データベース
https://kunishitei.bunka.go.jp
大分県
https://oita-digitalzukan.jp/
宇佐市
https://www.city.usa.oita.jp/sougo/soshiki/18/shakaikyoiku/3/bunkazai/2149.html
[書籍]ご利益めぐり全国神社誌
巖谷小波・神社神徳研究会、展望社、1997年
