高良玉垂命 神社の神様 - 神社ファン

高良玉垂命

こうらたまたれのみこと

  • 神話・伝説
  • 男神・男性
高良玉垂命

玉蘭斎貞秀(神佛図會)

祭神ランキング156位

高良玉垂命とは?

高良玉垂命は筑後国、現在の福岡県南部を中心に古くから信仰されてきた男神である。玉垂命、高良大神、高良大明神、高良玉垂大菩薩などとも呼ばれ、筑紫の国魂神、筑後の守護神として崇敬されてきた。『古事記』『日本書紀』には登場せず、その出自や本来の神格については明らかではない。平安時代には朝廷から神階を授けられ、『延喜式』神名帳では高良玉垂命神社が名神大社に列しており、古くから国家的な崇敬を受けた神であったことがわかる。
後世に成立した『高良玉垂宮縁起』などでは、神功皇后が異国との戦いを前に祈願した際、高良玉垂命が住吉神とともに現れたと伝えられている。さらに藤大臣と名乗って神功皇后を助け、その後も応神天皇に仕え、のちに筑後国の高良山へ鎮まったという伝承が形成された。こうした物語は記紀に記されたものではなく、中世以降に発展した高良信仰の縁起として伝えられたものである。
高良玉垂命の正体については古くからさまざまな説があり、武内宿禰をはじめ、物部氏や水沼君に関係する祖神、彦火火出見尊、海神、月神、渡来系の神などと結びつける説が伝えられてきた。江戸時代には久留米藩によって高良社の祭神を武内宿禰とする解釈が採用され、武内宿禰との同一視が広まったが、高良玉垂命の本来の神格が武内宿禰であったと確定しているわけではない。
また、高良玉垂命は早くから仏教と習合して高良玉垂大菩薩、高良大菩薩などと称され、八幡信仰とも深く結びついた。八幡神の伴神として各地の八幡宮に祀られる例もあり、高良信仰は九州だけでなく八幡信仰の広がりとともに各地へ伝えられた。武運長久をはじめ、厄除開運、延命長寿、交通安全などの神徳で信仰されている。
福岡県久留米市の高良大社では高良玉垂命を主祭神とし、八幡大神、住吉大神とともに祀っている。また、本殿の御客座には高良玉垂命と深い関係を持つ豊比咩大神が祀られ、境内の高良御子神社には高良玉垂命に連なる御子神が祀られている。代表的な神社に筑後国一宮の高良大社、福岡県久留米市の大善寺玉垂宮などがある。

エピソード

記紀に登場しない筑後国一宮の大神
高良玉垂命は『古事記』『日本書紀』には登場せず、記紀に記された神々との系譜も示されていない。しかし、平安時代初期にはすでに朝廷から重視される有力な神となっていた。文化庁が紹介する高良大社文書によれば、高良大社は高良玉垂命を主神とする式内社であり、延暦14年、795年に従五位下の神階を授けられた。『延喜式』神名帳には筑後国三井郡の高良玉垂命神社として記載され、特に霊験の著しい神を祀る名神大社に列している。
高良大社が鎮座する高良山は、筑後平野と筑後川流域を見渡す位置にある。山麓には筑後国府が置かれ、高良玉垂命は地域の人々を守る神であると同時に、筑後国全体を守護する神として崇敬された。中世以降、高良大社は筑後国一宮として武士や領主からも信仰を集めた。
高良玉垂命について不明な点が多いのは、信仰の歴史が浅いからではない。むしろ、記紀とは異なる九州の地域的な祭祀から生まれ、早くから国家祭祀に組み込まれた神であったことを示している。後世にはさまざまな神や人物との同一神説が生まれたが、高良玉垂命という独自の神名は古代の公的記録にも明確に残されている。正体不明という言葉だけでは捉えきれない、筑後を代表する古い大神なのである。

出典・参考:『日本後紀』、『延喜式』神名帳、文化庁「国指定文化財等データベース 高良大社文書」、福岡県文化財データベース「高良大社文書」



神功皇后の祈りに応じた藤大臣
後世の『高良玉垂宮縁起』では、異国の兵が筑紫へ攻め寄せた際、神功皇后が筑前国四王子嶺《しおうじみね》に登り、神仏の助けを祈ったと伝える。その祈りに応じて高良玉垂命が住吉三神とともに出現し、皇后を助けたという。高良玉垂命は藤大臣《とうのおとど》と名乗り、戦いの後も皇后や応神天皇に仕えたとされる。
この物語は『古事記』『日本書紀』の神功皇后伝承には記されておらず、高良大社に伝わった後世の縁起に属する。記紀では神功皇后の遠征を住吉三神が守護するが、そこに高良玉垂命が加わることで、筑後地方独自の神が神功皇后信仰や住吉信仰と結びつけられたのである。高良大社や大善寺玉垂宮で高良玉垂命、八幡大神、住吉大神がともに祀られている祭神構成にも、この信仰の重なりが表れている。
伝承では、高良玉垂命は役目を終えると都を離れ、筑後国三井郡の高良山に鎮まったとされる。高良玉垂命が筑後の地域神でありながら、国家的な戦いを助ける武神、皇室を守護する神として語られるようになった背景には、この縁起が大きな役割を果たした。ただし、藤大臣を実在した人物として扱うことはできず、高良玉垂命の神格を物語化した名称と見る必要がある。

出典・参考:『高良玉垂宮縁起』、福岡県教育会館「ふるさと百景 高良大社」、文化庁「国指定文化財等データベース 高良大社」



武内宿禰と同一神なのか
高良玉垂命の正体について最もよく知られるのが、武内宿禰と同一の神であるとする説である。武内宿禰は『古事記』『日本書紀』に登場し、景行天皇から仁徳天皇まで複数の天皇に仕えたとされる伝説的な忠臣である。とりわけ神功皇后と応神天皇を支えた人物として描かれるため、皇后を助けた藤大臣という高良玉垂命の伝承と重なりやすかった。
近世には『高良玉垂宮略縁起』など、高良玉垂命を武内宿禰として説明する文献が作られた。久留米藩でも武内宿禰説が採用され、この理解が広く知られるようになった。しかし、高良玉垂命という神名は武内宿禰説が定着する以前の平安時代の史料に確認できる。高良大社も現在の主祭神を高良玉垂命としており、祭神名を武内宿禰へ置き換えてはいない。
このほか、物部氏の祖神、水沼君の祖神、彦火火出見尊、月神、海人族に関わる神、渡来神などの説も唱えられてきた。高良大社で祭祀を担った大祝家が物部氏の系統とされたことや、筑後川流域に勢力を持った水沼君との関係が、それぞれの説の背景にある。高良玉垂命は、特定の記紀神や歴史上の人物に確定できる神ではない。同一神説は高良信仰の歴史を知る重要な要素であるが、各説を伝承や解釈として併記し、独自の神格を持つ祭神として扱うのが適切である。

出典・参考:『高良玉垂宮略縁起』、文化庁「国指定文化財等データベース 高良大社文書」、福岡大学図書館「高良玉垂宮略縁起」、国立国会図書館サーチ「筑紫の神と高良玉垂命=武内宿禰説」



高良玉垂大菩薩となった神
高良玉垂命は神仏習合のもとで高良玉垂大菩薩、高良大菩薩とも称された。高良大社では、神職を司る大宮司家、祭祀を担う物部氏系の大祝家に加え、仏教部門を担う天台宗の座主家が重要な役割を果たした。これらは高良三家と呼ばれ、神社の祭祀と仏教の修法が一体となった高良山の信仰を支えた。
高良大社に伝わる『高良玉垂宮神秘書』は、安土桃山時代に成立したとみられる全長30メートル近い文書である。そこには大祝家に伝承された祭礼や修法、神々の配置などが詳しく記されている。『古事記』『日本書紀』の神話をそのまま記した書物ではなく、中世の高良山で形成された独自の神仏習合的世界を伝える祭祀文書である。
高良玉垂命を祀る大善寺玉垂宮も、かつては高良御廟院大善寺と呼ばれ、寺院と神社が一体となった大規模な霊場であった。神宮寺の高法寺は弘仁5年、814年に大善寺と改称されたと伝えられ、明治初年の神仏分離によって寺院は廃されたが、鐘楼、阿弥陀堂、旧庫裏などが残る。現在の神社だけを見れば高良玉垂命は神道の神であるが、その信仰を形作った歴史には仏教が深く関わっている。高良玉垂大菩薩という神号は、その長い神仏習合の歴史を象徴している。

出典・参考:『高良玉垂宮神秘書』、文化庁「国指定文化財等データベース 高良大社文書」、福岡県文化財データベース「高良大社文書」、大善寺玉垂宮「玉垂宮について」



筑後から各地へ広がった高良信仰
高良玉垂命の信仰は、高良山と筑後川流域を中心として筑後国各地へ広がった。総本宮にあたる高良大社では、高良玉垂命を主祭神とし、八幡大神と住吉三神を左右に祀る。高良大社は筑後国一宮として朝廷、武士、領主から崇敬され、現在も延命長寿、厄除開運、交通安全など生活全般を守る神として信仰されている。
久留米市南部の大善寺玉垂宮でも、玉垂命、八幡大神、住吉大神を祀る。毎年1月7日に行われる鬼夜《おによ》は、大晦日から続く鬼会の最後を飾る火祭りである。巨大な6本の松明を裸の若者たちが支え、本殿の周囲を回る行事を中心とし、国の重要無形民俗文化財に指定されている。鉾面神事は祭神が妖族を退治した様子を表すと伝えられ、高良玉垂命の災厄を退ける神格を現在に伝えている。
高良神社、玉垂神社、高良玉垂神社は福岡県だけでなく、九州各地や中国、四国、東北などにも見られる。また、八幡宮の境内社や相殿神として祀られる例もあり、高良玉垂命は八幡信仰や神功皇后信仰と結びつきながら各地へ勧請された。ただし、その祭神を武内宿禰と説明する神社、高良玉垂命の名で祀る神社、地域独自の伝承を持つ神社があり、信仰の内容は一様ではない。筑後の国魂神として始まった高良玉垂命は、各地の歴史に応じて多様な姿で祀られてきたのである。

出典・参考:文化庁「国指定文化財等データベース 高良大社」、大善寺玉垂宮「玉垂宮について」「鬼夜について」、鹿児島県神社庁「高良神社」



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出典文献

延喜式

日本後紀

続日本後紀

ご神徳

ご神徳は不明です。

別称・異称

高良玉垂命

こうらたまたらしのみこと

延喜式/日本後紀

高良玉垂神

こうらたまたらしのかみ

続日本後紀

同一とされる神様

武内宿禰  

祀られている主な神社

高良大社
(福岡県久留米市御井町1番)
左手宮八幡神社
(徳島県神山町阿野字宮分728)
二渡神社
(宮城県村田町大字沼田字中森山9 )
駒形神社
(埼玉県秩父市堀切368)
駒形神社
(埼玉県日高市高萩750)