稲荷神
いなりのかみ
- 神話・伝説
- 精霊

土佐秀信(仏像図彙)
祭神ランキング68位
有名別称
稲荷神とは?
稲荷神は稲や穀物の実りを司る穀霊神・農耕神である。稲荷大神、稲荷大明神、お稲荷様、お稲荷さんなどとも呼ばれる。特定の一柱だけを指す神名ではなく、ウカノミタマを稲荷神とする場合のほか、保食神やオオゲツヒメなどの食物神を稲荷神として祀る例があり、複数の神を総称して稲荷大神とする信仰もある。
稲荷信仰の中心となる伏見稲荷大社では、ウカノミタマ、佐田彦大神、オオミヤノメ、田中大神、四大神の五柱を稲荷大神として祀っている。なかでもウカノミタマは古事記に登場する食物神であり、稲荷信仰を代表する神として広く知られている。一方、各地の稲荷神社では祭神の構成が異なり、稲荷神は一柱の神に限定されない広がりを持つ。
稲荷信仰の成立は、古代の渡来系氏族である秦氏と深い関係を持つ。伏見稲荷大社では、和銅4年(711)に秦伊呂具が稲荷山へ神を祀ったことを創建としている。山城国風土記逸文には、秦氏の祖である伊呂具秦公が豊かさに驕って餅を的にして弓を射たところ、その餅が白鳥となって飛び去り、山の峰に降りた場所に稲が生じたという伝承が記されている。その後、子孫がその過ちを悔いて神を祀ったとされ、稲の発生と神の鎮座を結びつける稲荷信仰の重要な起源伝承となっている。
「稲荷」という名称の由来には諸説がある。稲が実ることを表す「稲成り」に由来するとする説や、稲を荷うことと結びつける説などがあり、古くは伊奈利、稲生などさまざまな表記も用いられた。いずれにしても稲や穀物との結びつきが強く、もともとは農耕や豊作を願う信仰を中心として発展したと考えられている。
稲荷神と特に深い関係を持つ動物が狐である。ただし狐そのものが稲荷神なのではなく、一般には稲荷大神の神意を伝える神使・眷属とされる。狐と稲荷神が結びついた理由については、ウカノミタマなど食物神を表す御饌津神《みけつかみ》の「ケツ」と狐の古称「けつ」を結びつけたとする説や、穀物を荒らす鼠を捕食する狐が農耕と関係づけられたとする説などがある。こうした信仰から稲荷社では狐像が置かれるようになり、稲穂や宝珠、鍵などをくわえた姿も見られるようになった。
中世以降に神仏習合が進むと、稲荷神は仏教の荼枳尼天とも結びついた。荼枳尼天は日本では白狐に乗る姿で表されるようになり、狐を介して稲荷信仰との結びつきがさらに強まった。これによって稲荷信仰は神社だけでなく寺院にも広がり、神道系の稲荷信仰と仏教系の稲荷信仰が重なりながら発展していった。
稲荷神は農耕や五穀豊穣の神として始まり、社会や産業の変化とともに商業や工業をはじめとする幅広い産業を守護する神へと信仰を広げた。稲荷神には五穀豊穣、農業守護、商売繁盛、産業興隆、家内安全、開運招福、芸能上達などのご利益があるとされる。
稲荷神は全国各地の稲荷社で祀られており、伏見稲荷大社(京都府京都市)は全国の稲荷神社の総本宮である。このほか笠間稲荷神社(茨城県笠間市)、祐徳稲荷神社(佐賀県鹿島市)などが代表的な神社として知られている。
エピソード
稲荷神はウカノミタマの別名として扱われることが多いが、すべての稲荷神社が同じ一柱だけを祀っているわけではない。稲荷神は穀物や食物、生活の繁栄を司る神々を包み込んだ信仰上の名称でもあり、神社や地域によって祭神の構成が異なる。
稲荷信仰の総本宮である伏見稲荷大社の本殿には、中央座の宇迦之御魂大神、北座の佐田彦大神、南座の大宮能売大神、最北座の田中大神、最南座の四大神が祀られている。同社では、この五柱の神名を稲荷大神の広大な神徳がそれぞれ神名として表れたものと説明している。
一方、各地の稲荷神社では、ウカノミタマのほかに保食神やオオゲツヒメなどの食物神を稲荷神として祀る例がある。三柱を稲荷三神とする神社や、地域独自の神を加える神社もあり、稲荷神の祭神構成は一様ではない。
稲荷神を一人の男性神または女神として固定できないのも、このためである。ウカノミタマには男女を明記しない古典伝承があり、稲荷大神という名称も一柱または複数の神々を指す。稲荷信仰は、特定の姿や系譜だけでなく、稲の実りから生まれる生命力と繁栄そのものを神として祀る信仰なのである。
出典・参考:伏見稲荷大社公式サイト「ご祭神」、『古事記』、『日本書紀』
伏見稲荷大社の起源を伝える『山城国風土記』逸文には、秦氏の祖先である秦伊呂具《はたのいろぐ》と餅、白鳥にまつわる伝承が記されている。
秦伊呂具は豊かな財産を持っていたが、餅を的にして弓を射た。すると、矢を受けた餅が白い鳥へと姿を変え、飛び去った。白鳥が山の峰へ降りると、そこに稲が生じたため、その奇瑞《きずい》にちなみ、神を祀るようになったと伝えられている。食物である餅を粗末にしたことへの戒めと、失われた穀物が神聖な稲の実りとなって戻る物語である。
伏見稲荷大社の社伝では、和銅4年(711)の初午《はつうま》の日、秦伊呂具が勅命を受けて稲荷山の三つの峰に三柱の神を祀ったことを創建としている。その年には五穀が豊かに実り、養蚕も盛んになって、人々が大きな恵みを受けたという。
『山城国風土記』逸文ではイナリを伊奈利と表記する。伏見稲荷大社では、イナリはイネナリまたはイネニナルが縮まった古語で、稲によって天地の霊徳を象徴した名称と説明している。餅が白鳥となり、その降りた場所に稲が生じたという伝承は、稲荷神が稲の生命力と再生を司る神であることを物語っている。
出典・参考:『山城国風土記』逸文、伏見稲荷大社公式サイト「ご祭神」
稲荷神社には狐の像が多いため、狐そのものが稲荷神であると思われることがある。しかし、狐は稲荷大神そのものではなく、神の意思を人間へ伝える神使《しんし》または眷属《けんぞく》とされる存在である。
稲荷大神の使いは普通の野狐とは区別され、白狐《びゃっこ》として表されることが多い。稲荷神社の社頭に置かれた狐像は、口に稲穂、鍵、玉、巻物などをくわえている。稲穂は五穀豊穣、鍵は穀物を納める蔵、玉は稲荷大神の霊徳、巻物は神の知恵や教えを象徴すると説明されている。
狐が稲荷神の使いとなった理由には複数の説がある。狐が田畑の近くに姿を現し、穀物を荒らすネズミを捕らえることから農耕神と結びついたとする説や、春に山から里へ降り、秋に山へ帰る田の神の信仰と狐の行動が重ねられたとする説がある。また、食物神を表す御饌津神《みけつかみ》の名を三狐神《みけつかみ》と表記する信仰も生まれた。
いずれも狐と稲荷信仰の結びつきを説明する説だが、どれか一つだけが確定した起源ではない。確かなのは、狐が稲荷神そのものではなく、五穀の実りと人々の暮らしを守る稲荷大神に仕える存在として信仰されてきたことである。
出典・参考:伏見稲荷大社公式サイト、京都市観光協会「伏見稲荷大社」
稲荷神は、もともと稲や五穀の実りを守る農耕神として信仰された。稲の収穫は人々の食料となるだけでなく、年貢や取引の基盤でもあったため、五穀豊穣をもたらす力は、やがて家の繁栄や財産を守る力とも考えられるようになった。
平安時代には稲荷山への参詣が広がり、『蜻蛉日記』や『枕草子』にも稲荷詣での様子が記された。中世から近世にかけて稲荷信仰は武家、商人、職人などにも広がり、江戸では屋敷神や町内神、商家の守護神として多くの稲荷社が祀られた。田畑の収穫を増やす神徳が、商品の売上や家業の発展をもたらす商売繁盛の神徳へ拡大したのである。
伏見稲荷大社は稲荷大神を衣食住の大祖、すべての人々に幸福と豊かさをもたらす神と伝えている。現在では農業に限らず、商売繁盛、産業興隆、家内安全、交通安全、芸能上達など、暮らしと仕事に関わる幅広い願いが寄せられている。
稲荷社が田畑のそばだけでなく、住宅の敷地、商店、工場、企業の屋上などにも祀られているのは、時代や職業に応じて人々の生業を守る神へと信仰を広げてきたためである。稲を実らせる力は、あらゆる仕事と暮らしを豊かにする力として受け継がれている。
出典・参考:伏見稲荷大社公式サイト「ご祭神」、港区デジタル版『港区のあゆみ』「江戸の稲荷」、笠間稲荷神社公式サイト
稲荷信仰は神社だけでなく、仏教寺院にも広がっている。その背景にあるのが、稲荷神と仏教の荼枳尼天との神仏習合である。
荼枳尼はインドに起源を持ち、密教とともに日本へ伝わった仏教の尊格である。日本では白狐に乗り、稲束や宝珠を持つ姿で表されるようになり、狐を神使とする稲荷神や穀物信仰と結びついた。中世以降、神道の稲荷神と仏教の荼枳尼天は重なり合い、稲荷大明神や稲荷権現として神社と寺院の双方で信仰された。
愛知県豊川市の豊川稲荷は、名称に稲荷とあるが神社ではない。正式には妙厳寺という曹洞宗の寺院であり、鎮守として豊川吒枳尼眞天《とよかわだきにしんてん》を祀っている。同寺では、豊川吒枳尼眞天が稲穂を担ぎ、白狐にまたがる姿であることから、豊川稲荷という通称が広まったとしている。
したがって、伏見稲荷大社の稲荷大神と豊川稲荷の豊川吒枳尼眞天は、起源も祀られる施設の宗教的な位置づけも同じではない。ただし、長い神仏習合の歴史の中で、ともに五穀豊穣、商売繁盛、家内安全、福徳をもたらす存在として信仰されてきた。現在の稲荷信仰には、神道と仏教が重なりながら発展した歴史が残されている。
出典・参考:ジャパンサーチ「稲荷信仰」、豊川稲荷公式サイト「当山の歴史」
神格
ご神徳
別称・異称
おいなりさん
その他
稲荷大明神いなりだいみょうじん
その他
祀られている主な神社
千代保稲荷神社
(岐阜県海津市平田町三郷1980)
桜神宮
(東京都世田谷区新町3丁目21-3)
品川神社
(東京都品川区北品川3-7-15)
稲荷神社
(青森県青森市小柳一丁目18-16)
大間稲荷神社
(青森県大間町大間字寺道91)
