有名度
関脇宇佐神宮
うさじんぐう
大分県宇佐市大字南宇佐2859
上宮(本殿)・南中楼門・御祭神・ご利益
更新日:2026年7月31日
三棟の御殿が横一列に並ぶ宇佐神宮の中心聖域
宇佐神宮の上宮は、全国約4万4千社ある八幡宮の総本宮の中心となる神域です。桧皮葺(ひわだぶき)の屋根と白壁、朱漆塗りの柱が美しい三棟の御殿が横一列に並び、その優美で荘厳な姿は宇佐神宮を象徴する景観となっています。現在の本殿は、江戸時代の安政2年から文久元年(1855~1861)にかけて造営されたもので、三棟すべてが国宝に指定されています。上宮の御殿は、左から一之御殿、二之御殿、三之御殿と並び、それぞれ八幡大神、比売大神、神功皇后をお祀りしています。創建は、一之御殿が神亀2年(725)、二之御殿が天平5年(733)、三之御殿が弘仁14年(823)と伝えられ、約1300年にわたり八幡信仰の中心として篤い崇敬を集めてきました。
本殿は、前殿と後殿の二棟を前後に連結した全国でも珍しい「八幡造」の建築様式で知られています。昼は前殿、夜は後殿に神様がお遷りになるという伝承が残されており、この独特な構造は宇佐神宮をはじめ一部の八幡宮でしか見ることができません。現在も国宝に指定されている三棟の御殿はいずれも八幡造で建てられ、全国の八幡宮へ受け継がれた建築様式の原点として高く評価されています。
Imperial Japanese Commission to the Panama(wikipedia パブリック・ドメイン)本殿の前に建つ南中楼門
本殿正面に建つ南中楼門は、1742年(寛保2年)に建立された入母屋造・檜皮葺の楼門です。宇佐神宮には一般的な神社のような拝殿がなく、この南中楼門が拝殿の役割を担っています。また、皇室から遣わされる勅使が通る「勅使門」でもあり、通常は門が開かれることはありません。現在の南中楼門は大分県指定有形文化財に指定されており、本殿とともに宇佐神宮を代表する建築物となっています。
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三柱の御祭神とご利益
三棟の御殿には、それぞれ異なる御祭神が祀られ、古くからさまざまなご神徳を授ける神様として信仰されてきました。御祭神ごとの由緒やご利益にも注目しながら参拝すると、宇佐神宮への理解がさらに深まります。一之御殿 八幡大神を祀る宇佐神宮の中心
一之御殿には、宇佐神宮の主祭神である八幡大神(応神天皇)が祀られています。全国約4万4千社ある八幡宮の総本宮として最も重要な御殿ですが、三棟の中央ではなく左側に鎮座しているのが特徴です。主祭神が中央ではなく端に祀られている理由は現在も明らかになっておらず、宇佐神宮の大きな謎の一つとされています。八幡大神は古くから武運長久や厄除開運の神として武士の崇敬を集め、現在では勝負運や仕事運、開運を願う多くの参拝者が訪れています。

中央の二之御殿には比売大神が祀られています。比売大神は市杵島姫命・湍津姫命・田心姫命の宗像三女神とされる神々で、古くから航海安全や交通安全をはじめ、財運や芸能上達などのご神徳で信仰されてきました。三棟の中央という最も目立つ位置に鎮座していることからも、その重要性がうかがえます。また、南中楼門の左右には御門の神として高良大明神と阿蘇大明神が祀られ、本殿を守護しています。

三之御殿には神功皇后が祀られています。神功皇后は八幡大神の母神であり、応神天皇を身ごもったまま三韓へ出陣し、帰国後に無事出産したという伝承で広く知られています。このことから、安産や子育て、家内安全の神として篤い信仰を集め、現在も安産祈願や子どもの健やかな成長を願う多くの参拝者が参拝しています。

宇佐神宮ならではの参拝方法
宇佐神宮では一般的な「二礼二拍手一礼」ではなく、「二礼四拍手一礼」で参拝します。また、南中楼門から御本殿へ向かって参拝するなど、宇佐神宮ならではの作法があります。詳しい参拝の手順や作法については、「宇佐神宮の参拝方法(二礼四拍手一礼)」で詳しく紹介しています。より多くの人が参拝できるようなサービスが充実
全国におよそ44,000社もある八幡宮の総本社であり、第二の宗廟でもある宇佐神宮には、全国から多くの参拝客が訪れます。ただ、境内が広く石段も多いだけに、高齢の方や体の不自由な方、ベビーカー利用の方などにとっては参拝しづらい面もありました。
不便さを解消するために、本殿へと続く石段に2013年にモノレールを作ったり、予約制で車イスの貸し出しを行っていたりと、より多くの人が参拝できるようなサービスや設備があるのも嬉しい点です。
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