賀茂別雷命 神社の神様 - 神社ファン

賀茂別雷命

かもわけいかづちのみこと

  • 神話・伝説
  • 男神・男性

祭神ランキング49位

賀茂別雷命とは?

賀茂別雷命は、『山城国風土記』逸文などに登場する男神である。母は山城国《現在の京都府》の賀茂氏に連なる賀茂玉依比売命であり、祖父は賀茂建角身命である。神名に雷を負うことから雷神とされ、雷除け、厄除け、祈雨・祈晴、河川守護、農業守護などの神徳で信仰されている。
賀茂玉依比売命が石川の瀬見の小川で川遊びをしていたところ、上流から丹塗矢が流れてきた。玉依比売命がその矢を持ち帰り、床の近くに置くと身ごもり、生まれた御子が賀茂別雷命である。成長した御子は祝宴の席で、自らの父が天津神であることを示し、盃を天へ投げて屋根を突き抜け、天へ昇ったと伝えられる。
丹塗矢の正体は、『山城国風土記』逸文では乙訓郡に鎮座する火雷神とされる。一方、『秦氏本系帳』に見えるよく似た丹塗矢伝承との結びつきから、大山咋神を父とする説もあるが、もともとは登場する神や女性が異なる伝承である。また、賀茂別雷命を阿遅鋤高日子根神と同一視する説もあるが、確定したものではない。天へ昇った賀茂別雷命は、母神の夢に現れて神を迎える祭りを教え、その神託に従って祭りが行われると、神山へ降臨したという。
賀茂別雷命は、賀茂別雷神社(上賀茂神社・京都府京都市)のほか、各地の賀茂神社や別雷神社などで祀られている。

エピソード

丹塗矢から生まれた賀茂の御子神
『釈日本紀』に引用された『山城国風土記』逸文によれば、賀茂別雷命《かもわけいかづちのみこと》の母は、山城国《やましろのくに・現在の京都府》の賀茂氏に連なる賀茂玉依比売命である。
賀茂玉依比売命が石川の瀬見の小川で川遊びをしていたところ、上流から丹塗矢《にぬりや》が流れてきた。丹とは赤い色を意味する。玉依比売命はその矢を拾って持ち帰り、床の近くに置いたところ、やがて身ごもって男児を産んだ。この御子が、のちの賀茂別雷命である。
上賀茂神社の伝承では、瀬見の小川を現在の賀茂川上流にあたる場所としている。川から現れた丹塗矢を神霊の依代《よりしろ》とし、その力を受けた巫女的な女性が御子を産む物語である。賀茂別雷命の出生譚は、賀茂川の水と賀茂氏の祭祀、雷神の力が結びついた伝承として受け継がれている。

出典・参考:『釈日本紀』所引『山城国風土記』逸文、賀茂別雷神社公式サイト「御神話」、賀茂御祖神社公式サイト「御祭神・歴史・神話」



父へ捧げる盃を手に天へ昇る
賀茂玉依比売命が産んだ男児は、初め御子神《みこがみ》と呼ばれていた。御子が成長すると、祖父であり賀茂一族の長である賀茂建角身命は八尋殿《やひろどの》を造り、多くの神々を招いて七日七夜の祝宴を開いた。
祝宴の席で、賀茂建角身命は御子神に、父と思う神へ盃を捧げるように告げた。すると御子神は、自分の父は天津神《あまつかみ》であることを示し、盃を天へ向けて投げた。盃は家の屋根を突き抜け、御子神もその後を追って天へ昇ったという。この出来事によって、御子神は賀茂別雷命と呼ばれるようになったと伝えられている。
上賀茂神社の伝承では、御子神が雷鳴とともに昇天したとされる。人の父を持たず、天から流れてきた丹塗矢の力によって生まれた御子が、自ら天津神の子であることを明らかにする場面である。賀茂別雷命が天上に属する雷の神として崇められる由来を伝えている。

出典・参考:『釈日本紀』所引『山城国風土記』逸文、賀茂別雷神社公式サイト「御神話」



神山への降臨と上賀茂神社の始まり
賀茂別雷命が天へ昇った後、母の賀茂玉依比売命と祖父の賀茂建角身命は、もう一度御子に会いたいと願った。ある夜、賀茂別雷命は玉依比売命の夢に現れ、自分を迎えるための祭りについて告げた。
その神託では、天羽衣《あまのはごろも》と天羽裳《あまのはも》を作り、火をたき、鉾を立て、走る馬を飾ることなどが求められた。さらに奥山から榊を採り、葵《あおい》と桂《かつら》の蔓を飾って神の降臨を待つように告げられた。人々がその言葉に従って祭りを行うと、賀茂別雷命は成人した神の姿となり、神山《こうやま》へ降臨したという。
神山は現在の上賀茂神社の本殿から北北西に位置する秀峰であり、賀茂別雷命が降臨した神聖な山とされる。この神迎えの祭りが、賀茂別雷命を祀る上賀茂神社の始まりとして伝えられている。葵や桂、榊、火、鉾、馬を用いて神を迎える神託は、後世の賀茂信仰や祭礼にも受け継がれた。

出典・参考:『釈日本紀』所引『山城国風土記』逸文、賀茂別雷神社公式サイト「御神話」「御由緒と御神紋」




火雷神と大山咋神、異なる父神伝承
『山城国風土記』逸文では、賀茂玉依比売命が拾った丹塗矢の正体を、乙訓郡《おとくにぐん》に鎮座する火雷神としている。したがって、この伝承における賀茂別雷命の父神は火雷神である。
一方、秦氏《はたうじ》に伝わった『秦氏本系帳』には、阿礼乎止女《あれおとめ》が川から流れてきた丹塗矢を持ち帰り、大山咋神の子を産んだというよく似た物語がある。丹塗矢による懐妊という構成が共通するため、後世には二つの伝承が結びつけられ、賀茂別雷命の父を大山咋神とする説明も広まった。
しかし、『山城国風土記』逸文の賀茂玉依比売命と火雷神の物語と、『秦氏本系帳』の阿礼乎止女と大山咋神の物語は、もともと登場する神や女性が異なる。賀茂別雷命の父神を紹介する際は、風土記逸文では火雷神とされ、大山咋神を父とする説は別系統の丹塗矢伝承との結びつきから生まれたものとして区別する必要がある。

出典・参考:『釈日本紀』所引『山城国風土記』逸文、『秦氏本系帳』、賀茂別雷神社公式サイト「御神話」




雷除けから皇城鎮護へ広がった信仰
賀茂別雷命は、神名に雷を負い、雷除けや災難除けの神として信仰されてきた。雷は大雨や落雷をもたらす一方、稲作に必要な雨とも深く結びつく。このため、祈雨・祈晴、河川守護、農業守護の神としても崇敬されている。現在の上賀茂神社では、厄除け、方除け、八方除け、雷除け、必勝、電気産業守護などの神徳が掲げられている。
上賀茂神社は平安京遷都後、皇城鎮護の神として朝廷から篤く崇敬された。賀茂別雷命を祀る上賀茂神社と、その母神と祖父神を祀る下鴨神社は、合わせて賀茂社と呼ばれる。両社の祭礼である賀茂祭は国家的な祭祀として重んじられ、現在は行列や社殿を二葉葵《ふたばあおい》で飾ることから葵祭の名で知られている。
賀茂別雷命は、山城の賀茂氏が祀った雷神から、都と国家を守る神へと信仰を広げた。現在も上賀茂神社を中心に、各地の賀茂神社や別雷神社で祀られている。

出典・参考:賀茂別雷神社公式サイト「上賀茂神社について」「御由緒と御神紋」「賀茂祭(葵祭)」、京都市観光協会「賀茂別雷神社(上賀茂神社)」



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出典文献

山城国風土記

延喜式

日本後紀

神格

雷の神 治水の神

ご神徳

厄除け 開運招福 祈雨・祈晴 河川守護 農業守護 産業守護

別称・異称

賀茂別雷神

かもわけいかずちのかみ

延喜式

賀茂別雷命

かもわきいかづちのみこと

山城国風土記 逸文

鴨別雷神

かもわけいかずちのかみ

日本書紀

別分雷之命

わけいかずちのみこと

その他

別雷之神

わけいかずちのかみ

その他

加茂別雷命

かもわけいかずちのみこと

その他

神別雷命

かんわけいかずちのみこと

その他

鴨若雷命

かもわけいかずちのみこと

その他

関連する神様

賀茂大神 

祀られている主な神社

上賀茂神社(賀茂別雷神社)
(京都府北区上賀茂本山339)
鴻神社
(埼玉県鴻巣市本宮町1-9)
金村別雷神社
(茨城県つくば市上郷4528)
賀茂神社
(宮城県泉区古内字糺1 )
中田神社
(宮城県太白区西中田1-20-12 )