有名度
前頭榎原神社
よわらじんじゃ
宮崎県日南市南郷町榎原甲1134?4
宮崎県日南市南郷町榎原甲1134?4

かんたんご利益
- 仕事
榎原神社には
「仕事系」
のご利益があります。※かんたんご利益はご利益をジャンル毎に分けわかりやすく表示したものです。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。
ご利益
想
国家隆昌 生命力向上 五穀豊穣
御祭神
天照大神 あまてらすおおかみ
天忍穂耳命 あめのおしほみみのみこと
彦火瓊瓊杵命 ひこににぎのみこと
彦火火出見命 ひこほほでみのみこと
鵜鷀草葺不合命 うがやふきあえずのみこと
神日本磐余彦命 かむやまといはれひこのみこと
天御中主尊 あめのみなかぬしのみこと
国常立命 くにのとこたちのみこと
国狭槌命 くにのさづちのみこと
大己貴命 おおなむちのみこと
下照毘売命 したてるひめのみこと
伊弉諾命 いざなぎのみこと
伊弉冉命 いざなみのみこと
奥津彦命 おきつひこのみこと
奥津毘売命 おきつひめのみこと
経津主命 ふつぬしのみこと
菊理毘売命 くくりひめのみこと
健御名方命 たけみなかたのみこと
神社系統
この神社の主な系統は
「伊勢・神明系」 「不明(5柱)」
です。※系統は御祭神や由緒による神社の分類です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。
由緒・歴史 | 特徴
榎原神社は宮崎県日南市に鎮座する神社。御祭神は、天照大神、天忍穂耳命、彦火瓊瓊杵命、彦火火出見命、鵜鷀草葺不合命、神日本磐余彦命、天御中主尊、国常立命、国狭槌命、大己貴命、下照毘売命、伊弉諾命、伊弉冉命、奥津彦命、奥津毘売命、経津主命、菊理毘売命、健御名方命の18柱をまつる。
社格は旧県社。
榎原神社は、万治元年(1658)12月23日の創立とされる。旧称は榎原大権現で、飫肥3代藩主伊東祐久が鵜戸神宮の分霊を勧請し、地福寺境内を社地として創建したと伝わる。
一方で、『県史蹟調査第6輯』には、社縁起として明暦2年(1656)11月27日に大和守祐久が伊東勘解由を伴い、榎原別当真誉とともに参詣した記事が記される。このため、創建年月日は不詳で、万治元年(1658)の事績を再興とみる説もある。『日向地誌』も再興説をとっている。
榎原神社は、鵜戸神宮とともに飫肥の御両社として崇敬を受けた。社領ははじめ100石で、文化5年(1808)に11代藩主伊東祐民が150石へ加増した。近郷では鵜戸参りと並んで榎原参りが行われた。
明治元年(1868)、榎原大権現は榎原神社へ改称した。明治6年(1873)には郷社に列し、昭和5年(1930)8月1日に県社へ昇格した。
現在の本殿は宝永4年(1707)に建てられた。はじめ八幡造であった社殿は、寛政10年(1798)に権現造へ改造されたとされる。拝殿は入母屋屋根で、正面に千鳥破風を置き、その前面の向拝に唐破風を設ける。拝殿、相の間、神殿をつなぐ平面は八幡造のままで、正面の姿は権現造である。屋根の複雑な姿から、八ツ棟造と呼ばれてきた。本殿は石の間拝殿を含め、昭和58年(1983)1月21日に宮崎県指定有形文化財となった。
楼門は文化13年(1816)に建立された。境内と門前町を結ぶ位置に建ち、三間一戸八脚門の形式をとる。中央を参詣用通路とし、両脇に仁王像、その上部に随神像を安置する。平成14年(2002)3月28日に宮崎県指定有形文化財となった。
鐘楼は天保13年(1842)に建立された。嘉永4年(1851)には大修理の記録がある。鐘楼は昭和54年(1979)5月11日に宮崎県指定有形文化財となった。大晦日には参拝者による鐘突が行われる。
例祭日は11月8日・9日である。旧3月15日・16日には縁日大祭が行われる。作祈祷神楽は神社建立以来の歴史を持ち、毎年3月下旬に五穀豊穣や家内安全を祈って斎行される。一時途絶えていたが、榎原神社神楽保存会により昭和58年(1983)に復活した。
社格は旧県社。
榎原神社は、万治元年(1658)12月23日の創立とされる。旧称は榎原大権現で、飫肥3代藩主伊東祐久が鵜戸神宮の分霊を勧請し、地福寺境内を社地として創建したと伝わる。
一方で、『県史蹟調査第6輯』には、社縁起として明暦2年(1656)11月27日に大和守祐久が伊東勘解由を伴い、榎原別当真誉とともに参詣した記事が記される。このため、創建年月日は不詳で、万治元年(1658)の事績を再興とみる説もある。『日向地誌』も再興説をとっている。
榎原神社は、鵜戸神宮とともに飫肥の御両社として崇敬を受けた。社領ははじめ100石で、文化5年(1808)に11代藩主伊東祐民が150石へ加増した。近郷では鵜戸参りと並んで榎原参りが行われた。
明治元年(1868)、榎原大権現は榎原神社へ改称した。明治6年(1873)には郷社に列し、昭和5年(1930)8月1日に県社へ昇格した。
現在の本殿は宝永4年(1707)に建てられた。はじめ八幡造であった社殿は、寛政10年(1798)に権現造へ改造されたとされる。拝殿は入母屋屋根で、正面に千鳥破風を置き、その前面の向拝に唐破風を設ける。拝殿、相の間、神殿をつなぐ平面は八幡造のままで、正面の姿は権現造である。屋根の複雑な姿から、八ツ棟造と呼ばれてきた。本殿は石の間拝殿を含め、昭和58年(1983)1月21日に宮崎県指定有形文化財となった。
楼門は文化13年(1816)に建立された。境内と門前町を結ぶ位置に建ち、三間一戸八脚門の形式をとる。中央を参詣用通路とし、両脇に仁王像、その上部に随神像を安置する。平成14年(2002)3月28日に宮崎県指定有形文化財となった。
鐘楼は天保13年(1842)に建立された。嘉永4年(1851)には大修理の記録がある。鐘楼は昭和54年(1979)5月11日に宮崎県指定有形文化財となった。大晦日には参拝者による鐘突が行われる。
例祭日は11月8日・9日である。旧3月15日・16日には縁日大祭が行われる。作祈祷神楽は神社建立以来の歴史を持ち、毎年3月下旬に五穀豊穣や家内安全を祈って斎行される。一時途絶えていたが、榎原神社神楽保存会により昭和58年(1983)に復活した。
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