アメノオシホミミ
あめのおしほみみ
- 神話・伝説
- 男神・男性

音川安親(万物雛形画譜)

玉蘭斎貞秀(神佛図會)
祭神ランキング39位
アメノオシホミミとは?
アメノオシホミミは記紀神話などに登場する男神である。天照大神とスサノオが高天原で誓約《うけい》を行った際に生まれた神で、後世に八王子と呼ばれた八柱の一柱である。『古事記』では正勝吾勝勝速日天之忍穂耳命《まさかつあかつかちはやひあめのおしほみみのみこと》という長い名前で記されている。この神名には正しく勝った、私は勝った、勝利の速い日という意味が重ねられていると解釈され、勝運の神としての信仰にもつながっている。
アメノオシホミは天照大神から、地上へ降って大国主神が治める葦原中国《あしはらのなかつくに》を譲り受け、統治するよう命じられた。しかし、天浮橋《あめのうきはし》から地上を見て、葦原中国が騒がしく乱れていると告げ、いったん高天原へ戻った。その後、タケミカヅチらによって国譲りが成立すると再び降臨を命じられたが、降臨の準備中に生まれた息子のニニギを代わりに遣わすよう申し出た。これが天孫降臨であり、ニニギから四代後の子孫が初代天皇とされる神武天皇である。
アメノオシホミミを祭神とする神社は全国各地に存在する。なかでも福岡県添田町の英彦山神宮では主神として祀られ、滋賀県東近江市の太郎坊阿賀神社や静岡県熱海市の伊豆山神社などでも祀られている。また、八王子の一柱として各地の八王子神社に祀られることもある。神名の穂の文字は稲穂を表すとされ、農業の神として崇敬されている。そのほか、産業の発展、子孫繁栄、勝運、開運などのご利益があるとされる。
エピソード
アメノオシホミミは、天照大神とスサノオが高天原で行った誓約《うけい》によって生まれた神である。『古事記』では正勝吾勝勝速日天之忍穂耳命《まさかつあかつかちはやひあめのおしほみみのみこと》という長い神名で記される。
高天原へ昇ってきたスサノオに国を奪う意図があるのではないかと疑った天照大神は、その心が正しいかを確かめるために誓約を行った。スサノオは天照大神が身につけていた八尺瓊勾玉《やさかにのまがたま》を受け取り、これを噛み砕いて吹き出した。その息の霧から最初に現れた神がアメノオシホミミであり、続いてアメノホヒ、アマツヒコネ、イクツヒコネ、クマノクスビが生まれた。
一方、天照大神がスサノオの十拳剣《とつかのつるぎ》を噛み砕いて吹き出すと、タキリビメ、イチキシマヒメ、タギツヒメの三女神が生まれた。『古事記』では、五柱の男神は天照大神の持ち物から生まれたため天照大神の子、三柱の女神はスサノオの持ち物から生まれたためスサノオの子と定められた。
アメノオシホミミは、この五柱の男神のうち最初に生まれた神であり、天照大神の後継となる系譜の中心に置かれた。五男神と三女神は合わせて五男三女神と呼ばれ、後世には八王子として祀られることもある。アメノオシホミミが天照大神の御子とされるのは、通常の婚姻や出産ではなく、誓約によって天照大神の勾玉から生まれたという神話に基づいている。
出典・参考:『古事記』上巻、『日本書紀』巻第一 神代上
天照大神は、御子であるアメノオシホミミに、葦原中国《あしはらのなかつくに》を治めるよう命じた。『古事記』によれば、アメノオシホミミは天浮橋《あめのうきはし》に立って地上の様子を見たが、葦原中国は騒がしく乱れていると告げ、高天原へ戻った。
そこで天照大神とタカミムスビは、地上を平定するために使者を派遣した。最初に遣わされたアメノホヒは大国主神に従って戻らず、続くアメノワカヒコも使命を果たさなかった。その後、タケミカヅチらが派遣され、大国主神から国譲りの承諾を得たことで、葦原中国の平定が実現した。
天照大神が改めてアメノオシホミミに降臨を命じると、アメノオシホミミは、降臨の準備をしている間に生まれた御子のニニギを地上へ遣わすよう申し上げた。『古事記』では、アメノオシホミミはタカミムスビの娘である万幡豊秋津師比売命《よろずはたとよあきつしひめのみこと》との間に、アメノホアカリとニニギをもうけたとされる。
こうしてアメノオシホミミに代わり、ニニギが高天原から高千穂へ降った。この出来事が天孫降臨である。アメノオシホミミ自身は地上へ降臨しなかったが、天照大神から受け継いだ皇祖神の系譜をニニギへつないだ。ニニギからホオリ、ウガヤフキアエズ、神武天皇へと続く系譜の起点に位置し、皇室の祖神として重要な神である。
出典・参考:『古事記』上巻、『日本書紀』巻第二 神代下
福岡県添田町の英彦山神宮では、アメノオシホミミを正勝吾勝勝速日天之忍穂耳命の名で主神として祀っている。英彦山は古くから神の鎮まる霊山として信仰され、天照大神の御子であるアメノオシホミミを祀ることから、日の御子の山という意味を持つ日子山《ひこさん》と呼ばれたと伝えられている。
弘仁10年(819)に日子の表記が彦へ改められ、享保14年(1729)には霊元法皇から英の一字を賜り、英彦山と称されるようになった。中世以降は神道と仏教が結びつき、英彦山権現として信仰を集め、修験道の霊場として栄えた。明治時代の神仏分離後は英彦山神社となり、現在は英彦山神宮と称している。
英彦山神宮では、アメノオシホミミは鷹の姿で東方から現れた神と伝えられている。また、その神名に稲穂を表す穂の字を持つことから、稲穂や農業を守る神として崇敬されてきた。農業だけでなく、鉱山や工場の安全、産業の発展、勝運を守る神ともされている。
記紀神話のアメノオシホミミは、天照大神の御子であり、ニニギの父として皇統をつなぐ神である。一方、英彦山では山岳信仰や修験道と結びつき、霊山に鎮まる農業と産業の守護神として独自の信仰を形成した。古典上の皇祖神としての姿と、英彦山に根づいた霊山の神としての姿を併せ持つ神である。
出典・参考:英彦山神宮「御祭神と由緒」、『古事記』上巻、『日本書紀』巻第一 神代上
出典文献
古事記
日本書紀
神格
ご神徳
別称・異称
まさかつあかつかちはやひあめのおしほみみのみこと
古事記
天之忍穂耳神あめのおしほみみのかみ
古事記
正哉吾勝勝速日天忍穂耳尊まさかあかつかちはやひあめのおしほみみのみこと
日本書紀
勝速日天忍穂耳尊かちはやひあめのおしほみみのみこと
日本書紀
天大耳尊あめのおおみみのみこと
日本書紀
天忍穂根尊あめのおしほねのみこと
日本書紀
天忍骨命あめのおしほねのみこと
日本書紀
正哉吾勝勝速日天忍穂根尊まさかあかつかちはやひあめのおしほねのみこと
日本書紀
正哉吾勝勝速日天忍骨尊まさかあかつかちはやひあめのおしほねのみこと
日本書紀
正哉吾勝勝速日天押穂耳尊まさかあかつかちはやひあめのおしほみみのみこと
先代旧事本紀
正勝吾勝勝速日天忍穂別尊まさかつああかつかちはやひあめのおしほわけのみこと
先代旧事本紀
正哉吾勝勝速天押穂耳尊まさかあかつかちはやあめのおしほみみのみこと
先代旧事本紀
天忍穂別神あめのおしほわけのかみ
延喜式
忍骨命おしほねのみこと
延喜式
吾勝尊あかつのみこと
古語拾遺
天押穂根命あめのおしほねのみこと
新撰姓氏録
天忍穂命あめのおしほのみこと
その他
天押穂耳尊あめのおしほみみのみこと
その他
忍穂耳命おしほみみのみこと
その他
神様グループ
祀られている主な神社
戸隠神社 火之御子社
(長野県長野市戸隠2412)
伊豆山神社
(静岡県熱海市伊豆山708-1)
英彦山神宮
(福岡県添田町大字英彦山1)
鷲尾愛宕神社
(福岡県西区愛宕2丁目7−1)
駒形神社
(岩手県金ケ崎町西根雛子沢8-2)
