彌都加伎神社 - 神社ファン

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彌都加伎神社

みずがきじんじゃ

三重県鈴鹿市東玉垣町1412

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三重県鈴鹿市東玉垣町1412

かんたんご利益

  • 仕事
彌都加伎神社には

「仕事系」

のご利益があります。
※かんたんご利益はご利益をジャンル毎に分けわかりやすく表示したものです。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。

ご利益

公

土に携わる職業の方々の安全繁栄

御祭神

公

相殿

合祀

合祀

合祀

合祀

吉田命

神社系統

この神社の主な系統は

「不明(1柱)」

です。
他に 「不明(3柱)」 「稲荷系」 「金毘羅系」 「天満・天神系」 「祇園・須佐系」 「八王子系」 「熊野系」 「八幡系」 「伊勢・神明系」 「三島・大山祇系」 も考えられます。
※系統は御祭神や由緒による神社の分類です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。

由緒・歴史 | 特徴

彌都加伎神社は三重県鈴鹿市に鎮座する神社。御祭神は大土御祖神、土之御祖神、埴安比賣神、宇賀御魂神、事比羅神、菅原道眞公、素盞鳴命、天忍穂耳命、天之菩卑命、天津日子根命、活津日子根命、熊野久須毘命、多紀理比賣命、田寸津比賣命、市寸鳴比賣命、奥津鳴比賣命、狭依比賣命、多氣津比賣命、速玉之男命、品陀和氣命、大日靈命、大山祇命、吉田命の23柱をまつる。
社格は式内社であり、旧村社。
この地では古くから、土に関わって生活する人々や土地の有力者によって、土を司る神が祀られてきたと伝えられる。そうした土の信仰を背景として、大土御祖神を醍醐天皇の延喜5年(905年)頃に山田原の御霊から海部村へ勧請し、のちに村の中心で清浄な現在地へ遷して瑞籬村と称して奉斎したことが、彌都加伎神社の起源とされる。また、光仁天皇の宝亀元年(770年)には、井上親王の霊夢を契機として、御厨から御供糀を豊受宮へ奉献することとなり、その際に大土御祖神に土之御祖神および埴安比賣神を合わせて祀るようになったという。玉垣村は和名抄に記される郷名「資母郷」に比定されるともされ、古代の郷の記憶と神社の歩みが重なって語り継がれている。
近代に入ってからの変遷も明らかである。明治2年(1869年)3月には、明治天皇の御東幸に際して勅使を迎え、奉幣代拝を受けたと伝えられる。明治39年(1906年)には神饌幣帛料供進指定神社となり、明治41年(1908年)には村内の無格社を合祀した。さらに昭和4年(1929年)には、須賀・宇気比・胸形・熊野・八幡・深田・吉田の各神社について、合祀以前の祭神を改めて祀る形で整えられ、氏子区域は旧玉垣村の広い範囲に及ぶとされる。現在も、10月第2日曜日に秋の例大祭が行われ、地域の年中行事として受け継がれている。
  • 式内社(不明)
  • 村社
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神社詳細

公式URL

摂末社・境内社

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出典
公式サイト
http://www.mecha.ne.jp/~mizugaki/
三重県神社庁
https://www.mie-jinjachou.page/