イクツヒコネ 神社の神様 - 神社ファン

イクツヒコネ

いくつひこね

  • 神話・伝説
  • 男神・男性
イクツヒコネ

玉蘭斎貞秀(神佛図會)

祭神ランキング63位

イクツヒコネとは?

イクツヒコネは記紀神話などに登場する男神である。古事記では活津日子根命、日本書紀では活津彦根命などと記される。アマテラスとスサノオが天の安河を舞台に行った誓約によって生まれた五男三女神の一柱であり、後世には八柱を合わせて八王子とも称する。
古事記では、スサノオがアマテラスの左手に巻かれた勾玉を噛み砕き、吹き出した息の霧からイクツヒコネが生まれた。誓約によって生まれた五柱の男神の第四にあたり、アメノオシホミミ、アメノホヒ、アマツヒコネに続いて生まれ、その後にクマノクスビが生まれている。アメノオシホミミはニニギの父となるため、イクツヒコネは天孫につながる神の弟神にあたる。なお古事記では、誓約に使われた勾玉がアマテラスの持ち物であったことから、五柱の男神はアマテラスの御子とされている。
イクツヒコネについては誓約による誕生以後、記紀に具体的な事績はほとんど記されていない。神名の「活津」は生命力や活力を表す美称、「日子」は男性を表す彦や太陽と関係する語、「根」は神名に用いられる尊称などとする説がある。こうした神名の解釈から、生命力や植物の成長に関わる神、農業神、穀物神として信仰されることもある。ただし、記紀そのものにはイクツヒコネが農耕や穀物を司ったとする神話は記されていない。
古事記にはイクツヒコネを祖とする氏族の記載は見られないが、後世の系譜や伝承では茨城国造や額田部連などの遠祖と結びつける説もある。同じ五男三女神のアメノホヒやアマツヒコネが多くの氏族の祖として記されるのに対し、イクツヒコネは記紀において系譜や事績がほとんど語られない神であり、その神格については神名や後世の信仰から考えられている部分が大きい。
イクツヒコネは活津彦根神社(滋賀県近江八幡市)で豊浦荘の産土神として祀られている。また彦根の地名について、イクツヒコネが活津彦根明神として彦根山に祀られたことに由来するとする伝承があり、彦根神社(滋賀県彦根市)でも祭神として祀られている。このほか五男三女神の一柱として八王子信仰などでも祀られている。生命力、五穀豊穣、農業守護、地域守護などのご利益があるとされる。

エピソード

左手の勾玉から生まれた第四の男神
イクツヒコネは、『古事記』で活津日子根命《いくつひこねのみこと》と記される男神である。『日本書紀』では活津彦根命のほか、活目津彦根命《いくめつひこねのみこと》とも表記されている。 スサノオが高天原へ上ったとき、アマテラスは国を奪いに来たのではないかと疑い、武装して迎えた。スサノオは邪心がないことを示すため、アマテラスと誓約《うけい》を行った。誓約とは、あらかじめ結果を定めて神を生み、その結果によって真意を明らかにする占いである。
『古事記』では、アマテラスがスサノオの十拳剣《とつかのつるぎ》を噛み砕くと三柱の女神が生まれた。続いてスサノオがアマテラスの勾玉を噛み砕くと、五柱の男神が生まれた。イクツヒコネは、アマテラスが左手に巻いていた玉の緒から生まれたとされる。
五柱の男神は、アメノオシホミミ、アメノホヒ、アマツヒコネ、イクツヒコネ、クマノクスビの順に誕生し、イクツヒコネは第四の男神にあたる。男神たちはスサノオによって生み出されたが、誕生のもととなった勾玉がアマテラスの持ち物であったため、アマテラスの御子とされた。

出典・参考:『古事記』、『日本書紀』、國學院大學 古典文化学事業「活津日子根命」「うけひ」



五男三女神の一柱から八王子へ
アマテラスとスサノオの誓約では、イクツヒコネを含む五柱の男神と、宗像三女神となる三柱の女神が生まれた。この八柱は五男三女神《ごなんさんじょしん》と総称され、後世には八王子《はちおうじ》とも呼ばれるようになった。
五柱の男神は、アメノオシホミミ、アメノホヒ、アマツヒコネ、イクツヒコネ、クマノクスビである。三柱の女神は、タキリビメ、イチキシマヒメ、タギツヒメであり、海上交通を守る宗像三女神として信仰されている。
八王子は、神仏習合の中で八柱の御子神や眷属神を表す名称として用いられた。八王子神社や八柱神社では祭神の構成が異なることもあるが、アマテラスとスサノオの誓約で生まれた五男三女神を八王子として祀る神社も全国各地に存在する。
イクツヒコネには記紀における単独の活躍がほとんどないが、八王子信仰では八柱の御子神の一柱として祀られてきた。現在も五男三女神を祀る八王子神社などを通じて、誓約によって生まれた神々の信仰が受け継がれている。

出典・参考:『古事記』、『日本書紀』、菱沼八王子神社公式サイト「由緒」、小学館『日本国語大辞典』「八王子」



氏族の祖を持たない謎の御子神
イクツヒコネという神名は、同じ誓約で一柱前に生まれたアマツヒコネと対応している。「活津」は活力や生命力に満ちたさまを表す美称とされ、「日子」は男性を表す「彦」とする説と、太陽の子を意味するとする説がある。「根」は親愛を表す美称、または尊称と考えられている。
この神名から、イクツヒコネを生命力や成長に関わる神とみる解釈が生まれ、農業神や穀物神として信仰されることもある。ただし、記紀にはイクツヒコネが農耕を行ったという神話は記されておらず、神名の解釈と後世の信仰に基づく神格である。
誓約で生まれた五柱の男神のうち、アメノオシホミミは皇室へ続く天孫の祖となり、アメノホヒやアマツヒコネは多くの氏族の祖とされている。これに対して、イクツヒコネは記紀に子孫となる氏族が記されておらず、誓約での誕生後に再び物語へ登場することもない。
茨城国造《いばらきのくにのみやつこ》や額田部連《ぬかたべのむらじ》などの遠祖とされるのは、イクツヒコネではなく、兄神のアマツヒコネである。似た神名を持つ二柱だが、記紀に記された系譜は明確に異なっている。

出典・参考:『古事記』、『日本書紀』、國學院大學 古典文化学事業「活津日子根命」「天津日子根命」



彦根の地名につながる伝承
滋賀県近江八幡市安土町の活津彦根神社では、イクツヒコネを活津彦根命の名で主祭神として祀っている。創建年代は明らかではないが、社伝では古くから豊浦荘《とようらのしょう》の産土神《うぶすながみ》として信仰され、正神大明神《しょうじんだいみょうじん》と称されたという。
現在の本殿は寛永3年(1626)に建立された三間社流造《さんげんしゃながれづくり》の建物で、近江八幡市の指定文化財となっている。活津彦根神社には、織田信長が安土城を築く際、国家安穏、五穀成就、武運長久、城の安全などを祈願したという伝承も残されている。
滋賀県彦根市の「彦根」という地名についても、イクツヒコネとの関係を語る伝承がある。一説では、彦根城主となった井伊直孝が活津彦根命の加護を受けたとして分霊を祀り、彦根神社を城の守護神としたことに由来するという。
また、彦根城が築かれた彦根山には活津彦根命が降臨したため、その名が付いたとする説も伝えられている。いずれも記紀神話ではなく後世の伝承だが、イクツヒコネが近江の土地を守る神として信仰され、地名の由来と結びつけられてきたことを示している。

出典・参考:滋賀県神社庁「活津彦根神社」、滋賀県文化財保護協会「『彦根』の語源?―近江八幡市・活津彦根神社」



スポンサーリンク

出典文献

古事記

日本書紀

先代旧事本紀

神格

農業神

ご神徳

五穀豊穣 開運招福 学業成就 交通安全

別称・異称

活津日子根命

いくつひこねのみこと

古事記

活津彦根命

いくつかのひこねのみこと

日本書紀/先代旧事本紀

活目津彦根命

いくめつひこねのみこと

日本書紀

活津比古根命

いくつひこねのみこと

その他

神様グループ

五柱男子  五男三女神 

祀られている主な神社

八王子神社
(埼玉県中央区中央区八王子1-7-11)
八王子神社
(神奈川県茅ヶ崎市本村4-13-40)
八王子神社
(岐阜県恵那市明智町明智1400番地の1)
老津神社
(愛知県豊橋市老津町字宮脇14番)
深川神社
(愛知県瀬戸市深川町11)