速玉男命
はやたまのおのみこと
- 神話・伝説
- 男神・男性

菊池容斎(前賢故実)
祭神ランキング26位
速玉男命とは?
速玉男命は日本書紀などに登場する男神。速玉之男神とも表記される。伊弉諾尊の子。黄泉国において伊奘冉尊と別離の言葉を交わした際、伊弉諾尊が吐いた唾から成った神とされる。日本書紀では一書(異文)にのみ登場し、本書には見られない。古来の風習として、唾を吐く行為は契約を強固にするために行われたといわれている。速玉が含まれる神名は、熊野三山の神・熊野速玉大神と同一神とされることも多く、速玉男命も熊野速玉大神と同一神としてまつられることがある。熊野速玉大神は熊野速玉大社の主祭神であり、熊野三所権現を構成する中心的な神の一柱である。絶縁・縁切りの神であり、縁切りのご利益がある。
速玉男命は熊野神社(富山県富山市他)や山狹神社(島根県安来市)、伊射奈美神社(徳島県美馬市)などで祭神としてまつられている。熊野信仰が全国へ広がる中で各地の熊野神社へ勧請されたことが、速玉男命が全国の神社で広くまつられている大きな理由である。一書において続けて化成したとされる掃いの神・泉津事解之男と共にまつられることも多い。
エピソード
速玉男命は、伊弉諾尊と伊弉冉尊が黄泉で別れる場面から生まれた神である。ただし、この神が登場するのは『日本書紀』本文ではなく、神代巻第五段の一書である。
一書によれば、亡くなった伊弉冉尊を追って黄泉へ赴いた伊弉諾尊は、変わり果てた妻の姿を見て地上へ帰ろうとした。その際、伊弉諾尊は伊弉冉尊に対して夫婦の縁を離れることを誓い、さらに相手に負けないという意味の言葉を述べた。そして唾を吐くと、その行為から速玉之男が生まれた。続いて、その跡を掃う行為から泉津事解之男が生まれたと伝えられる。
速玉之男と泉津事解之男は、黄泉から帰った伊弉諾尊の禊によって生まれた神々ではない。両神の誕生は禊より前であり、伊弉諾尊と伊弉冉尊が決別を明らかにする場面に置かれている。このため速玉之男は、黄泉の穢れを祓う神というより、両神の誓約と別離に伴って現れた神として理解するのが適切である。
『古事記』にも伊邪那岐命が黄泉比良坂《よもつひらさか》で伊邪那美命と別れる物語があるが、唾から速玉之男が生まれる記述はない。速玉之男の誕生は、『日本書紀』の一書にだけ伝えられた異伝である。
出典・参考:日本書紀
速玉男命は、後世の神社信仰では熊野速玉大神と同一視されることがある。しかし、『日本書紀』で速玉之男が誕生する場面には、熊野や熊野速玉大社との関係は記されていない。古典に登場する速玉之男と熊野の神との結びつきは、後世の信仰を含めて考える必要がある。
熊野速玉大社では、熊野速玉大神と熊野夫須美大神を主祭神として祀る。同社は熊野速玉大神を、伊弉諾命の映え輝く神霊を称えた神名として説明している。また、熊野本宮大社でも速玉宮の祭神を伊邪那岐大神、すなわち速玉大神としている。熊野信仰では、熊野速玉大神と伊弉諾命を重ねる祭神理解が現在まで受け継がれているのである。
一方、『日本書紀』の速玉之男は伊弉諾尊が吐いた唾から生まれた神であり、伊弉諾尊そのものとは書かれていない。そのため、古典上の速玉之男、熊野の中心神である熊野速玉大神、熊野信仰で速玉大神と重ねられる伊弉諾命は、原典では区別しながら、後世の信仰では重なり合った神々として扱うのが適切である。
速玉男命と熊野速玉大神の同一視は、『日本書紀』に直接記された関係ではない。しかし、熊野系の神社を中心に現実の祭神信仰として成立しており、速玉男命が後世にどのような神として受け入れられたかを理解するうえで重要な結びつきである。
出典・参考:日本書紀、熊野速玉大社、熊野本宮大社
出典文献
日本書紀
先代旧事本紀
神格
ご神徳
別称・異称
はやたまのお
日本書紀
速玉之男神はやたまのおのかみ
先代旧事本紀
早玉之男神はやたまのおのかみ
その他
早玉神はやたまのかみ
その他
速玉命はやたまのみこと
その他
速玉男命はやたまのおのみこと
その他
速玉雄命はやたまおのみこと
その他
速魂雄神はやたまのおのかみ
その他
同一とされる神様
関連する神様
祀られている主な神社
鴻神社
(埼玉県鴻巣市本宮町1-9)
杭全神社
(大阪府平野区平野宮町2-1-67)
速谷神社
(広島県廿日市市上平良308番地の1)
波上宮
(沖縄県那覇市若狭1丁目25−11)
加波山三枝祇神社 本宮
(茨城県桜川市真壁町長岡1251番地)
