アマツヒコネ
あまつひこね
- 神話・伝説
- 男神・男性

玉蘭斎貞秀(神佛図會)
祭神ランキング54位
アマツヒコネとは?
アマツヒコネは記紀神話に登場する男神である。古事記では天津日子根命、日本書紀では天津彦根命と記され、新撰姓氏録には天都比古祢命の表記も見られる。また波多都美命の名でも伝えられる。神名の「日子」は彦に通じて男性を表すとする説や、日の神の子を意味するとする説があり、「根」についても尊称・美称などとする説がある。
アマテラスとスサノオが高天原で行った誓約で生まれた神である。古事記では、スサノオがアマテラスの身につけていた勾玉を受け取り、噛み砕いて吹き出した息の霧から五柱の男神が生まれ、その第三神として天津日子根命が誕生した。スサノオによって生み出されたものの、もととなった勾玉がアマテラスの持ち物であったことから、アマテラスの御子とされている。
記紀には誕生後の具体的な活躍はほとんど記されていないが、多くの古代氏族の祖神として重要な位置を占める。古事記では凡川内国造、額田部湯坐連、木国造、倭田中直、山代国造、馬来田国造、道尻岐閇国造、周芳国造、倭淹知造、高市県主、蒲生稲寸、三枝部造などの祖とされ、その子孫とされる氏族は近畿地方を中心に各地へ広がっていた。また新撰姓氏録などの後世の系譜にも、アマツヒコネを祖とする氏族が伝えられている。
アマツヒコネは氏族の祖神としての性格に加え、後世の信仰では水や風、天候とも結びついた。特に多度大社を中心とする多度信仰では、多度山の神への古い信仰と重なりながら、雨乞いや天候、農業、水に関係する神として崇敬されてきた。このためアマツヒコネそのものを記紀に登場する水神・風神とすることはできないものの、後世にはこうした神格を持つ神として信仰されている。
アマツヒコネの系譜には天目一箇神や天久々斯比乃神などの神々が伝えられ、祖神としての信仰が各地へ広がった。桑名宗社(三重県桑名市)では、桑名地方を治めた桑名首の祖神として天津彦根命が祀られ、天久々斯比乃命も祀られている。多くの氏族の祖とされたことから子孫繁栄や事業繁栄などの信仰とも結びついている。
代表的な神社には多度大社(三重県桑名市)、桑名宗社(三重県桑名市)があり、このほか誓約で生まれた神々を祀る各地の八王子神社などでも祀られている。
エピソード
アマツヒコネは、アマテラスとスサノオが高天原で行った誓約《うけい》によって生まれた神である。スサノオが別れを告げるため高天原へ昇ってくると、アマテラスは国を奪いに来たのではないかと疑い、武装して待ち受けた。スサノオは邪心がないことを証明するため、互いの持ち物から神を生む誓約を提案した。
『古事記』では、まずアマテラスがスサノオの十拳剣《とつかのつるぎ》を噛み砕き、吹き出した霧から三柱の女神を生んだ。続いてスサノオがアマテラスの身につけていた勾玉を噛み砕き、その息から五柱の男神を生んだ。アマツヒコネは、アマテラスが鬘《かずら》に巻いていた勾玉から生まれた第三の神とされる。
勾玉の持ち主がアマテラスであったため、五柱の男神はアマテラスの御子と定められた。兄弟にはアメノオシホミミ、アメノホヒ、イクツヒコネ、クマノクスビがいる。『日本書紀』では使用する剣や勾玉、生まれる順序などが異なる複数の伝承が記されているが、アマツヒコネが誓約によって生まれた五柱の男神の一柱である点は共通している。
出典・参考:『古事記』、『日本書紀』、國學院大學 古典文化学事業「天津日子根命」
アマツヒコネは、誕生後に活躍する神話をほとんど持たない。しかし『古事記』では、十二もの氏族につながる祖神として重要な位置を与えられている。凡川内国造《おおしかわちのくにのみやつこ》、額田部湯坐連《ぬかたべのゆえのむらじ》、茨木国造、倭田中直、山代国造、馬来田国造、道尻岐閉国造、周芳国造、倭淹知造、高市県主、蒲生稲寸、三枝部造の祖と記されている。
『日本書紀』でも凡川内直、山代直、茨城国造、額田部連などの祖または遠祖とされる。さらに平安時代初期にまとめられた『新撰姓氏録』には、犬上県主、蒲生稲置、菅田首、磐城国造、周防国造など、アマツヒコネを祖とするさらに多くの氏族が記載されている。
これらの氏族は畿内を中心に、近江、山城、河内、周防、関東や東北など広い地域と関係している。一柱の神を共通の祖とする系譜には、各地の豪族が朝廷のもとへ組み込まれていった過程が反映されているとする説もある。アマツヒコネは華やかな神話で知られる神ではないが、多くの氏族を皇祖神アマテラスへ結びつける祖神として大きな役割を担ったのである。
出典・参考:『古事記』、『日本書紀』、『新撰姓氏録』、國學院大學 古典文化学事業「天津日子根命」
アマツヒコネは、『古事記』では天津日子根命《あまつひこねのみこと》、『日本書紀』では天津彦根命と記される。『新撰姓氏録』には天都比古祢命という表記も見られる。いずれも読みはアマツヒコネであり、同じ神を表している。
神名の天津は天上の神、または天に関わる神であることを示す美称と考えられている。日子は男性を表す彦の意味とする説のほか、日の神の子、すなわち太陽神アマテラスの御子であることを表すという説がある。最後の根は、神名や人名に添えられた親愛の美称、または尊称と解釈されている。
同じ誓約で生まれた弟神のイクツヒコネは、活津日子根命と記され、アマツヒコネとよく似た名を持つ。二柱の詳しい役割は記紀に語られていないが、対応する神名を持つことから、対をなす神として成立した可能性も考えられている。アマツヒコネという名には、高天原に属する男神であり、太陽神の血統につながる御子という性格が表されているのである。
出典・参考:『古事記』、『日本書紀』、『新撰姓氏録』、國學院大學 古典文化学事業「天津日子根命」
アマツヒコネの御子とされる神の一柱が、天目一箇神《あめのまひとつのかみ》である。多度大社では天目一箇命の名で別宮一目連神社に祀り、本宮の祭神である天津彦根命の御子神と伝えている。一つ目を思わせる神名を持ち、古くから鍛冶や金属加工に関わる神として信仰されてきた。
『古語拾遺』によれば、天目一箇神はアマテラスが天岩戸へ隠れた際、祭りに用いる刀や斧、鉄鐸《さなき》などを作った。『日本書紀』の一書では、タカミムスビから出雲の神々を祀るための作金者《かなだくみ》に任じられている。金属を熱し、その色や状態を片目で確かめる鍛冶職人の姿が、一つ目の神として表されたとも考えられている。
多度大社では、父神のアマツヒコネと御子神の天目一箇神を、ともに天候を司る神としている。古くから両社で雨乞いの祈祷が行われ、近世には伊勢湾の海難防止も祈願された。アマツヒコネに結びつく風、水、雨、産業守護の神格は、御子神とともに多度山で受け継がれてきた信仰によって形づくられたのである。
出典・参考:『古語拾遺』、『日本書紀』、多度大社公式サイト「本宮・別宮」
アマツヒコネを主祭神として祀る代表的な神社が、伊勢国《いせのくに・現在の三重県》桑名に鎮座する多度大社である。本宮の多度神社では天津彦根命の名で祀られ、アマテラスの御子神であることから、多度大社は北伊勢大神宮とも称される。『新撰姓氏録』では、アマツヒコネが桑名周辺を本拠とした桑名首《くわなのおびと》の祖神とされている。
桑名市街の桑名宗社でも、アマツヒコネは御子の天久々斯比乃命《あめのくぐしびのみこと》とともに桑名神社の祭神として祀られている。桑名宗社は桑名神社と中臣神社の二社からなり、春日さんの名で親しまれている。桑名神社は『延喜式神名帳』にも記載された古社で、桑名首の子孫が祖神の祭祀を受け継いだと伝えられている。
多くの氏族の祖とされたアマツヒコネは、桑名では地域を開いた祖先神、土地を守る地主神として信仰された。桑名宗社では子孫繁栄や事業繁栄、多度大社では雨乞いや天候、海上安全などの信仰と結びついている。神話での登場は誕生の場面に限られるが、北伊勢では地域と氏族の繁栄を支える神として大きな存在となったのである。
出典・参考:『古事記』、『新撰姓氏録』、『延喜式神名帳』、多度大社公式サイト「本宮・別宮」、桑名宗社公式サイト「神社について」
出典文献
古事記
日本書紀
神格
ご神徳
ご神徳は不明です。
別称・異称
あまつひこねのみこと
古事記
天津彦根命あまつひこねのみこと
日本書紀/先代旧事本紀/新撰姓氏録/続日本後紀
天都比古祢命あまつひこねのみこと
新撰姓氏録
天日子根命あまつひこねのみこと
その他
神様グループ
祀られている主な神社
多度大社
(三重県桑名市多度町多度1681)
八王子神社
(埼玉県中央区中央区八王子1-7-11)
八王子神社
(神奈川県茅ヶ崎市本村4-13-40)
八王子神社
(岐阜県恵那市明智町明智1400番地の1)
老津神社
(愛知県豊橋市老津町字宮脇14番)
