アメノホヒ 神社の神様 - 神社ファン

アメノホヒ

あめのほひ

  • 神話・伝説
  • 男神・男性
アメノホヒ

玉蘭斎貞秀(神佛図會)

祭神ランキング47位

アメノホヒとは?

アメノホヒは記紀神話などに登場する男神である。古事記では天之菩卑能命、日本書紀では天穂日命と記される。天照大御神と須佐之男命が高天原で行った誓約によって生まれた五柱の男神の一柱で、天照大御神の勾玉を物実として生まれたことから、天照大御神の御子とされている。
その後、葦原中国を平定するために最初に遣わされた使者となった。古事記では大国主神に媚び付き、3年経っても高天原へ復命しなかったとされ、日本書紀にも大己貴神に媚びて3年間報告しなかったとする伝承が記されている。このため記紀では国譲りの使者として役目を果たさなかった神として描かれている。
一方、出雲国造が朝廷に奏上した「出雲国造神賀詞」では大きく異なる伝承が語られている。アメノホヒは地上へ降って国土の様子を調べ、天上へ報告したうえで、御子の天夷鳥命を布都怒志命とともに地上へ遣わし、荒ぶる神々を平定して大国主神の国譲りへつなげた神として語られる。記紀では大国主神に従って復命しなかった神であるのに対し、出雲側の伝承では国譲りに貢献した神として位置づけられている点が大きな特徴である。
アメノホヒは出雲国造や出雲臣などの祖神とされ、御子の建比良鳥命から出雲国造をはじめとする諸氏族が出たことが古事記に記されている。日本書紀の一書では、国譲りを終えた大己貴神を祀る祭主として天穂日命が任じられたとする伝承もあり、アメノホヒとその子孫は出雲における大国主神の祭祀と深い関係を持つ。また、その系譜は土師氏へとつながり、さらに土師氏から分かれた菅原氏の祖神にも位置づけられたことから、菅原道真を祀る天満宮・天神社でともに祀られる例もある。
神名については「ホ」を稲穂の「穂」とみて穀物や稲作との関係を考える説や、「ホヒ」を「火日」などと解して太陽や火との関係を考える説などがある。ただし、記紀にはアメノホヒ自身が農耕や太陽を司ったとする具体的な神話は記されておらず、神名の意味については諸説がある。
アメノホヒは出雲国造をはじめとする古代氏族の祖神として崇敬され、後世には農業や産業などの守護神としても信仰されている。代表的な神社には能義神社(島根県安来市)や天穂日命神社(鳥取県鳥取市)があり、天穂日命神社は古代の因幡国造氏との関係が深い神社として知られる。また菅原天満宮(奈良県奈良市)や桐生天満宮(群馬県桐生市)など、菅原氏・天神信仰に関係する神社でも菅原道真とともに祀られている。

エピソード

天照大御神の勾玉から生まれた神
アメノホヒは、天照大御神《あまてらすおおみかみ》と須佐之男命《すさのおのみこと》が高天原で行った誓約《うけい》によって生まれた神である。『古事記』では天之菩卑能命《あめのほひのみこと》、『日本書紀』では天穂日命と表記される。
須佐之男命が高天原を訪れると、天照大御神は国を奪いに来たのではないかと疑った。須佐之男命は邪心がないことを示すため、互いが身につけている物を交換して神を生む誓約を提案した。
『古事記』では、須佐之男命が天照大御神の右のみずらに巻かれていた勾玉を受け取り、かみ砕いて吹き出した息の霧から天之菩卑能命が生まれた。天照大御神の勾玉を物実《ものざね》として生まれたため、天照大御神の御子とされている。
この誓約で生まれた男神は五柱で、アメノホヒは天之忍穂耳命《あめのおしほみみのみこと》に続く二番目の神である。ほかに天津日子根命《あまつひこねのみこと》、活津日子根命《いくつひこねのみこと》、熊野久須毘命《くまのくすびのみこと》が生まれた。
アメノホヒは天照大御神の御子であるとともに、皇統につながる天之忍穂耳命の弟神にあたる。この天上の神としての立場が、後に葦原中国《あしはらのなかつくに》へ最初の使者として派遣される理由につながっている。

出典・参考:『古事記』、『日本書紀』、國學院大學「古事記神名データベース・天之菩卑能命」



大国主神のもとへ送られ、三年間帰らなかった
天照大御神は、葦原中国は自らの御子が治める国であるとして、その平定を計画した。しかし、地上には荒ぶる神々が多く、天之忍穂耳命も騒がしい国であるとして途中から高天原へ引き返した。
そこで高天原の神々が協議し、地上の様子を確認する使者として選んだのがアメノホヒである。『古事記』では天之菩卑能命が葦原中国へ遣わされたが、大国主神《おおくにぬしのかみ》に媚び付いてしまい、三年たっても高天原へ報告しなかったと記されている。
『日本書紀』の本文でも、最初の使者として天穂日命が派遣される。ところが、天穂日命は大己貴神《おおなむちのかみ》に取り入ってしまい、三年間復命しなかった。そのため、次の使者として天稚彦《あめのわかひこ》が送られることになる。
記紀は、アメノホヒが大国主神に何を伝え、どのような交渉を行ったのかを記していない。大国主神に従い、高天原へ帰らなかったという結果だけが語られている。国譲りの最初の使者でありながら使命を果たさなかった神として、記紀では否定的に描かれているのである。
ただし、アメノホヒが単に大国主神へ寝返ったという説明だけでは、その後に大国主神の祭祀を担う神とされた理由を十分に説明できない。出雲側に伝えられた神話では、その行動にまったく異なる意味が与えられている。

出典・参考:『古事記』、『日本書紀』、國學院大學「古事記神名データベース・天之菩卑能命」




裏切った使者か、国譲りの功労者か
『古事記』と『日本書紀』の本文では、アメノホヒは大国主神に従い、三年間も高天原へ戻らなかった使者として描かれている。しかし、出雲国造《いずものくにのみやつこ》が朝廷で奏上した「出雲国造神賀詞《いずものくにのみやつこのかんよごと》」では、国譲りに貢献した神として語られている。
神賀詞によると、出雲臣の遠祖である天穂比命は、天上の神々の使者として地上へ降り、国の様子を詳しく調べた。そのうえで、地上は天照大御神の御子が治めるべき国であると報告し、子の天夷鳥命《あめのひなとりのみこと》と布都怒志命《ふつぬしのみこと》を遣わして荒ぶる神々を平定させた。そして国造りを行った大神を説得し、国土を譲らせたとされる。
記紀の「大国主神に媚び付いた」という表現が使命への背反を意味するのに対し、神賀詞では大国主神を「媚び鎮めた」と表現する。この場合の「媚びる」は、相手に迎合するという意味ではなく、祭祀や交渉によって神をなだめ、その意思を国譲りへ導く働きを示していると考えられている。
同じアメノホヒの行動が、高天原側の伝承では帰還しなかった失敗として、出雲国造側の伝承では大国主神を鎮めた功績として語り直されているのである。アメノホヒは単純な裏切り者ではなく、天上の神々と出雲の大国主神を結びつけ、その祭祀を担う神としても伝えられてきた。

出典・参考:『古事記』、『日本書紀』、『延喜式』「出雲国造神賀詞」、國學院大學「古事記神名データベース・天之菩卑能命」




出雲国造の祖となり、大国主神を祀る
アメノホヒは、古代の出雲を治めた出雲国造の祖神とされる。『古事記』では、アメノホヒの子である建比良鳥命《たけひらとりのみこと》を、出雲国造や无邪志国造《むざしのくにのみやつこ》など複数の氏族の祖と記している。一方、『日本書紀』では、天穂日命自身を出雲臣《いずものおみ》や土師連《はじのむらじ》などの祖としている。
『日本書紀』の一書には、国譲りの後、高皇産霊尊《たかみむすひのみこと》が大己貴神に現世の統治権を譲るよう命じるとともに、その祭祀を天穂日命に担当させたという伝承がある。国譲りの使者だったアメノホヒが、国を譲った大国主神を祀る祭主となったのである。
出雲国造は出雲国東部の意宇《おう》地方を本拠とした豪族で、後に大国主神を祀る杵築大社《きづきのおおやしろ》、現在の出雲大社の祭祀を担った。アメノホヒを出雲国造の祖とする系譜と、大国主神の祭主に任じられたという伝承は、出雲国造が大国主神を祀る由来を神話のなかで説明するものとなっている。
島根県安来市の能義神社では天穂日命を主祭神として祀っている。また、鳥取県鳥取市の天穂日命神社は、『延喜式神名帳』に記載された古社であり、因幡国造《いなばのくにのみやつこ》に関係する神社と伝えられる。アメノホヒは、出雲を中心として各地の国造や古代氏族の祖神として信仰されてきたのである。

出典・参考:『古事記』、『日本書紀』、『延喜式』、『新撰姓氏録』、國學院大學「古事記神名データベース・天之菩卑能命」、島根県公式観光情報サイト「能義神社」




菅原氏の祖神として天満宮に祀られる
アメノホヒは、菅原道真を出した菅原氏の祖神としても祀られている。『日本書紀』や『新撰姓氏録』では、天穂日命を土師氏《はじし》の祖としている。土師氏は古墳の造営や埴輪の製作、葬送儀礼などに関わった氏族であり、野見宿禰《のみのすくね》を祖先の一人とする。
奈良時代、土師氏の一族は居住地にちなみ、菅原氏などの姓を名乗るようになった。菅原道真もこの系譜につながるため、その遠祖である天穂日命が菅原氏の始祖として位置づけられたのである。この関係から、天穂日命は菅原道真を祀る天満宮や天神社で相殿神《あいどののかみ》として祀られることがある。
奈良県奈良市の菅原天満宮では、天穂日命、野見宿祢、菅原道真の菅家一系三神を祀っている。天穂日命は菅原氏の始祖として、天下泰平、国土安泰、五穀豊穣を守る神とされる。
群馬県桐生市の桐生天満宮でも天穂日命を主祭神、菅原道真を副祭神として祀っている。同社では天穂日命を産業開発の神とし、社業の安全や産業の発展を守る神として信仰している。アメノホヒの農業神や産業神としての性格は、神名の解釈だけでなく、祖神として祀った氏族や各神社の歴史を通して形成されてきたものである。

出典・参考:『日本書紀』、『新撰姓氏録』、菅原天満宮公式サイト「由緒」、桐生天満宮公式サイト「御祭神と御神徳」



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出典文献

古事記

日本書紀

先代旧事本紀

延喜式

新撰姓氏録

出雲国風土記

神格

農業神 稲穂の神 養蚕の神 木綿の神

ご神徳

国土開発 産業振興 商売繁盛 出世開運 織物業守護

別称・異称

天之菩卑能命

あめのほひのみこと

古事記

天菩比命

あめのほひのみこと

古事記

天穂日命

あめのほひのみこと

日本書紀/先代旧事本紀/延喜式/新撰姓氏録

天穂比命

あめのほひのみこと

延喜式

天乃夫比命

あめのふひのみこと

出雲国風土記

天之穂火命

あめのほひのみこと

その他

天之菩毘命

あめのほひのみこと

その他

天之菩日命

あめのほひのみこと

その他

天之菩毘命

あめのほひのみこと

その他

天保比命

あめのほひのみこと

その他

天菩卑命

あめのほひのみこと

その他

神様グループ

五柱男子  五男三女神 

祀られている主な神社

鷲宮神社
(埼玉県久喜市鷲宮1-6-1)
菅原天満宮
(奈良県奈良市菅原東518)
桐生天満宮
(群馬県桐生市天神町1丁目2番1号)
下徳富神社
(北海道新十津川町花月258)
八王子神社
(埼玉県中央区中央区八王子1-7-11)