イチキシマヒメ 神社の神様 - 神社ファン

イチキシマヒメ

いちきしまひめ

  • 神話・伝説
  • 女神・女性
イチキシマヒメ

玉蘭斎貞秀(神佛図會)

イチキシマヒメ

歌川芳虎

祭神ランキング14位

イチキシマヒメとは?

イチキシマヒメは記紀神話に登場する女神。古事記では市寸島比売命と記し、日本書紀では市杵嶋姫命と記す。狭依毘売命、瀛津嶋姫などの異名を持つ。
アマテラスとスサノオが天真名井で行った誓約《うけい》の際、アマテラスがスサノオの十拳剣を噛み砕き、吹き出した息から生まれた三女神の一柱である。タキリビメ、タギツヒメと合わせて宗像三女神と呼ばれる。古事記ではスサノオの剣から生まれたため三女神をスサノオの子とし、日本書紀では誓約の内容や三女神の生まれる順序・鎮座地などに異伝がある。
宗像三女神は古くから玄界灘の海上交通を守護する神として信仰されてきた。イチキシマヒメは宗像大社では辺津宮に祀られ、宗像三女神の一柱として航海安全や交通安全を司る神とされる。また、厳島神社をはじめ各地の宗像・厳島信仰でも広く祀られている。
後世には、同じく水と深く関わる女神である仏教の弁財天と習合した。市杵島姫命と弁財天はもともと別の存在だが、神仏習合によって同一視されるようになり、財福、芸能、音楽などの信仰も重なっていった。
血縁や婚姻については後世の系図や伝承を含めて諸説があり、大国主や事代主との関係を伝える説もあるが、記紀で一貫してその関係が記されているわけではない。
これらのことから、イチキシマヒメのご利益は海上安全、交通安全、金運、商売繁盛、芸能上達、縁結びなどとされる。
イチキシマヒメを祀る代表的な神社には、宗像大社(福岡県宗像市)、厳島神社(広島県廿日市市)などがあり、このほか全国各地の宗像神社、厳島神社などで広く祀られている。

エピソード

誓約から生まれた女神
イチキシマヒメは、天照大神スサノオの誓約《うけい》によって生まれた宗像三女神の一柱である。『古事記』では市寸島比売命と記され、別名を狭依毘売命という。
高天原へ来たスサノオの真意を疑った天照大神は、互いの持ち物から神を生む誓約を行った。天照大神がスサノオの十拳剣《とつかのつるぎ》を三つに折り、噛み砕いて吹き出した息の霧から、タキリビメ、イチキシマヒメ、タギツヒメの三女神が生まれた。
『古事記』では三女神はスサノオの持ち物から生まれたためスサノオの子とされる。一方、『日本書紀』にも同じ誓約の物語があるが、神々の生まれる順序や神名には複数の異伝がある。
イチキシマヒメは三女神の一柱として誕生した神であるが、その後の信仰では宗像だけでなく、厳島、松尾、江島など各地で独自の展開を遂げ、三女神の中でも特に広く単独で祀られる神となった。

出典・参考:『古事記』、『日本書紀』、國學院大學 古典文化学事業、宗像大社



記紀で異なる三女神の宮
宗像三女神は、タキリビメ、イチキシマヒメ、タギツヒメの三柱として知られるが、どの神をどの宮に祀るかは記紀の伝承で一致していない。
『古事記』では、タキリビメを胸形の奥津宮、イチキシマヒメを中津宮、タギツヒメを辺津宮に祀る。一方、『日本書紀』には複数の伝承があり、市杵島姫命を最初に生まれた神として遠瀛《おきつみや》に置く一書もあれば、本書の神名の順序は現在の宗像大社の祭祀と対応する形になっている。
現在の宗像大社では、沖津宮に田心姫神、 中津宮に湍津姫神、辺津宮に市杵島姫神を祀る。したがって、現在の「イチキシマヒメ=辺津宮」という祭祀をそのまま『古事記』の記述として説明することはできない。
三女神は一組の神々である一方、それぞれ別の神として記紀に名を持ち、伝承ごとに神名・順序・鎮座地が入れ替わる。この違いを残したまま理解することが、イチキシマヒメと二柱の姉妹神を混同しないためにも重要である。

出典・参考:『古事記』、『日本書紀』、宗像大社、國學院大學 古典文化学事業



宗像大社辺津宮の祭神
現在の宗像大社では、イチキシマヒメは市杵島姫神として辺津宮《へつぐう》に祀られている。宗像大社は沖ノ島の沖津宮、大島の中津宮、九州本土の辺津宮という三宮からなり、三宮を総称して宗像大社という。
辺津宮は福岡県宗像市田島に鎮座し、宗像大社の三宮の中で本土にある宮である。本殿には市杵島姫神を祀り、境内の高宮祭場は市杵島姫神の降臨地と伝えられている。
宗像三女神は古くから玄界灘を望む宗像地域で信仰され、沖ノ島では4世紀から9世紀にかけて大規模な祭祀が行われたことが多数の出土品から知られている。宗像大社では三女神を「道主貴《みちぬしのむち》」と称し、あらゆる道を司る神として崇敬している。
ただし、道主貴や宗像の海上守護は三女神全体に関わる神格である。イチキシマヒメだけの働きとして三女神の信仰を取り込むのではなく、宗像三女神の一柱として辺津宮を担う神と捉える必要がある。

出典・参考:宗像大社、國學院大學 古典文化学事業



天孫を助ける海の守護神
『日本書紀』の一書では、誓約によって生まれた宗像三女神を天照大神が筑紫へ降し、「道中」にあって天孫を助け、天孫から祀られるよう命じたとする伝承が記されている。
この神勅はイチキシマヒメ一柱だけに与えられたものではなく、タキリビメ、イチキシマヒメ、タギツヒメの宗像三女神に対するものである。宗像大社では、この「道中」を古代の重要な海上交通路と結びつけ、三女神を航海、交通、外交などを守る神として説明している。
宗像は九州北岸に位置し、朝鮮半島や大陸へ向かう海路の要地であった。沖ノ島からは4世紀から9世紀にかけての祭祀遺物が大量に出土し、古代国家が海上交通に関わる祭祀を重視していたことを伝えている。
イチキシマヒメが海上安全や交通安全の神として信仰される背景には、単独の神話だけでなく、宗像三女神の一柱として海の道を守る役割を担ってきた宗像信仰の歴史がある。

出典・参考:『日本書紀』、宗像大社、國學院大學 古典文化学事業



厳島で祀られる三女神
広島県廿日市市の嚴島神社では、イチキシマヒメを市杵島姫命として、田心姫命、湍津姫命とともに祀っている。三柱は宗像三女神にあたり、同社では皇室の安泰、国家鎮護、海上守護の神として古くから信仰されてきた。
社伝では、推古天皇元年(593)に佐伯鞍職《さえきのくらもと》が神勅を受け、三女神の鎮座地を探して島内を巡り、潮の満ち引きする現在地に社殿を建てたことを創建としている。その後、平清盛の崇敬を受け、現在につながる海上社殿が整えられた。
「イチキシマ」と「イツクシマ」の音が近いことから、両者の神名・島名の関係を指摘する説もある。しかし、市寸島比売命の「イチキ」は「斎く《いつく》」に関係するとする説などがあり、語源を一つに断定することはできない。
嚴島神社はイチキシマヒメ一柱だけを祀る神社ではない。三女神をともに祀る代表的な神社として、宗像から広がった海の女神たちの信仰を現在に伝えている。

出典・参考:嚴島神社、國學院大學 古典文化学事業



弁財天と結びついた女神
イチキシマヒメは、後世の神仏習合によって弁財天と同一視されるようになった。弁財天はインドの河川神サラスヴァティーを起源とする仏教の尊格で、日本では水との関係や音楽・弁舌などの功徳を持つ神として信仰された。
一方、イチキシマヒメは宗像三女神の一柱として海や水と深く関わり、嚴島や江島など島や水辺の霊地でも祀られてきた。こうした神格や信仰の場の重なりを背景として、両者は次第に結びついていった。
江島神社では、宗像三女神を祀る江島明神が仏教との習合によって弁財天女とされ、江島弁財天として信仰されたと伝えている。神社ファンではイチキシマヒメと弁財天を別の神として管理しているが、歴史上は両者が重ねられてきたため、イチキシマヒメにも芸能上達、財運、商売繁盛など弁財天信仰と重なる神徳が広がった。
イチキシマヒメが海上安全だけでなく芸能や財運の神としても知られるのは、記紀神話だけではなく、こうした神仏習合による信仰の展開が大きく関わっている。

出典・参考:江島神社、三重県神社庁、國學院大學 古典文化学事業



江島で芸能の神となる
江島神社では、奥津宮にタキリビメ、中津宮にイチキシマヒメ、辺津宮にタギツヒメを祀り、三女神を総称して江島大神としている。現在の宗像大社とは三女神の宮の配置が異なり、イチキシマヒメは中津宮の祭神である。
江島では古くから神仏習合が進み、江島大神は弁財天と重ねられて江島弁財天として信仰された。弁財天が音楽や芸能と深く関わることから、江島の信仰にも芸道上達や財宝招福などの性格が加わっていった。
現在の中津宮には江戸歌舞伎の市村座と中村座が奉献した石燈籠が残り、江島神社も市寸島比賣命を美や芸能と関わる神として紹介している。これは記紀のイチキシマヒメに直接「芸能の神」という物語があるからではなく、江島弁財天として発展した信仰の歴史と深く関係している。
海の女神として生まれたイチキシマヒメが、芸能や財運の神としても広く信仰されるようになった過程を具体的に見ることができるのが江島神社である。

出典・参考:江島神社



松尾大社に祀られた海神
京都の松尾大社では、大山咋神とともにイチキシマヒメを市杵島姫命として主祭神に祀っている。宗像三女神を三柱そろって祀るのではなく、イチキシマヒメ一柱が独立して重要な祭神となっている例である。
松尾大社は渡来系氏族の秦氏と深い関係を持つ神社である。同社では、市杵島姫命が宗像三女神の一柱として海上守護の神徳を持つことから、朝鮮半島との交易に関わった秦氏が航海の安全を願って古くから勧請したと伝えている。
この信仰は、イチキシマヒメが宗像の海神という枠を越えて各地へ広がったことを示している。宗像三女神として一括して祀られるだけでなく、航海を守る一柱として単独で勧請され、地域の有力氏族の信仰に組み込まれていったのである。
現在のイチキシマヒメが全国の神社で数多く祀られている背景には、厳島や江島のような三女神信仰だけでなく、松尾大社のように一柱が独自に勧請されてきた歴史もある。

出典・参考:松尾大社、國學院大學 古典文化学事業



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出典文献

古事記

日本書紀

先代旧事本紀

神格

海の神 水の神 航海の神 芸能の神

ご神徳

海上安全 交通安全 大漁祈願 商売繁盛 芸能上達 財運向上 子孫繁栄

別称・異称

市寸島比売命

いちきしまひめのみこと

古事記

狭依毘売命

さよりびめのみこと

古事記

市杵島姫

いちきしまひめ

日本書紀

瀛津島姫

おきつしまひめ

日本書紀

中津島姫命

なかつしまひめのみこと

先代旧事本紀

佐依姫命

さよりひめのみこと

先代旧事本紀

伊智伎志摩比売命

いちきしまひめのみこと

その他

伊知岐島比売

いちきしまひめのみこと

その他

伊都伎島神

いつきしまのかみ

その他

伊都岐島姫命

いつきしまひめのみこと

その他

奥津島姫命

おきつしまひめのみこと

その他

奥津島比売命

おきつしまひめのみこと

その他

市伎島姫命

いちきしまひめのみこと

その他

市寸島姫命

いちきしまひめのみこと

その他

市寸島毘売命

いちきしまひめのみこと

その他

市寸嶌比売命

いちきしまひめのみこと

その他

市寸杵島姫命

いちきしまひめのみこと

その他

市岐島姫命

いちきしまひめのみこひめのみこと

その他

市岐島比売神

いちきしまひめのかみ

その他

市木島比売命

いちきしまひめのみこと

その他

市杵島媛命

いちきしまひめのみこと

その他

市杵島比咩命

いちきしまひめのみこと

その他

市杵島比売命

いちきしまひめのみこと

その他

市杵島比女命

いちきしまひめのみこと

その他

市杵島毘売命

いちきしまひめのみこと

その他

市杵嶌姫命

いちきしまひめのみこと

その他

市杵比売神

いちきひめのかみ

その他

市竹島比売命

いちきしまひめのみこと

その他

狭依姫命

さよりひめのみこと

その他

狭依比売命

さよりひめのみこと

その他

同一とされる神様

弁財天  

関連する神様

タギツヒメ  タキリビメ 

神様グループ

宗像三女神  五男三女神 

祀られている主な神社

厳島神社
(広島県廿日市市宮島町1-1)
松尾大社
(京都府西京区嵐山宮町3)
天河大弁財天社
(奈良県天川村坪内107)
宗像大社 辺津宮
(福岡県宗像市田島2331)
銭洗弁財天宇賀福神社
(神奈川県鎌倉市佐助2-25-16)