須佐神社 田辺市 - 神社ファン

有名度

前頭

須佐神社

すさじんじゃ

和歌山県田辺市中万呂5番地

和歌山県田辺市中万呂5番地

社殿

kiriri(wikipedia CC 表示-継承 3.0)

須佐神社以外にも 牛頭天皇社 とも呼ばれます。


かんたんご利益

  • 健康
  • 仕事
  • 厄除
須佐神社には

「健康系」「仕事系」「厄除・開運系」

のご利益があります。
※かんたんご利益はご利益をジャンル毎に分けわかりやすく表示したものです。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。

ご利益

災難除け 疫病除け 五穀豊穣 厄除除け

御祭神

神社系統

この神社の主な系統は

祇園・須佐系」 「八王子系

です。
他に 「宗像・厳島系」 「不明(6柱)」 「伊勢・神明系」 「白髭・猿田彦系」 「稲荷系」 「愛宕・秋葉系」 「金山系」 も考えられます。
※系統は御祭神や由緒による神社の分類です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。

由緒・歴史 | 特徴

須佐神社は和歌山県田辺市に鎮座する神社。御祭神は須佐之男命、稲田比売神、五男三女之神(天之忍穂耳命・他7神)、市杵島姫命、太田命、大宮女命、手置直帆負命、彦狭知命、大汝命、天照大神、伊邪那美神、豊受大神、猿田彦命、天鈿女命、稚産霊神、宇迦之御魂神、大宜都比売命、迦具土之神、蘓民将来、金山彦神、金山姫命の15柱をまつる。
社格は旧村社。
勧請の時代は詳らかでないが、往古より上万呂・中万呂・下万呂の万呂三ヶ村の鎮守として祀られてきた神社であり、旧社名は牛頭天王社であった。社伝では、須佐之男命が曽志毛里から帰り着いた地とされ、岩舟山の地名が現在も残る。また、神武天皇即位の際に祭祀が行われたとの伝承も伝えられている。江戸時代後期に編纂された地誌『紀伊続風土記』には、万呂三ヶ村の産土神として牛頭天王社の名が記されている。
現在の社地は天王池の正面に位置し、背後にあたる岩船山の頂上には旧社地とみられる場所と磐座が存在するとされる。豊臣秀吉による紀州平定の際には、口碑として当社のみが焼き討ちを免れたとの伝承が残されている。
明治4年(1871年)に牛頭天王社は須佐神社へと改称された。明治10年(1877年)8月には、猿田彦神明神社、稲荷神社、厳島神社、玉置金比羅神社など村内の小社が境内社として合祀された。さらに同年、万呂王子も合祀されたと紹介されている。昭和21年(1946年)5月18日には頌徳神社が創立された。
社殿は天王池のそばに立つ鳥居から続く長い石段を上った先に鎮座している。参道の両側にはのぼりが並び、本殿へ向かう道は樹林に囲まれている。境内の神林は、コジイ、イヌマキ、アラカシなどの照葉樹を主体とし、モミやスギの大木も混在する樹叢として記録されている。
南方熊楠は『南方二書』の中で、万呂村の天王の社に大葉ヤドリギが多く見られ、秋の終わりに紫褐色の花を開くと記している。例祭は11月23日に行われ、この日に獅子舞が奉納される。
  • 村社
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神社詳細

摂末社・境内社

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例祭

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文化財

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建築

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神紋

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出典
Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%A0%88%E4%BD%90%E7%A5%9E%E7%A4%BE_(%E7%94%B0%E8%BE%BA%E5%B8%82)
和歌山県神社庁
https://wakayama-jinjacho.or.jp/