大田命 神社の神様 - 神社ファン

大田命

おおたのみこと

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祭神ランキング95位

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  • 大田命とは?

    大田命は伊勢神宮の鎮座伝承などに登場する神で、太田命とも表記される。サルタヒコの子孫とされ、伊勢の宇治を本拠とした宇治土公氏の祖神として伝えられている。古事記や日本書紀には大田命の名やサルタヒコとの系譜は記されておらず、その伝承は主に中世に成立した『倭姫命世記』などに見られる。
    『倭姫命世記』によれば、天照大神を祀る場所を求めて諸国を巡っていた倭姫命が伊勢の宇治へ至った際、大田命が出迎えた。大田命はサルタヒコの子孫で宇治土公の祖とされ、祖神のサルタヒコが開いた宇治の五十鈴川上の土地を倭姫命に献じたという。この土地に天照大神が祀られ、現在の皇大神宮内宮へとつながる聖地が定まったと伝えられている。ただし、日本書紀にも倭姫命による伊勢鎮座の伝承は記されているものの、大田命が土地を献じた話は登場しない。
    大田命はこの伝承から、伊勢の宇治に古くから関わる地主神としての性格を持つと考えられている。また大田命を祖とする宇治土公氏は、サルタヒコの子孫として伊勢の土地や祭祀と深く関わってきた氏族とされ、その系譜を伝える宇治土公家は猿田彦神社の神職を代々務めてきた。
    伊勢神道の文献では、大田命と伊勢神宮内宮の興玉神を結びつける説も見られる。興玉神は皇大神宮の御垣内に祀られる神で、神宮の祭祀を守護する神として重視されてきた。こうした伝承も、大田命が伊勢の土地と神宮の鎮座・祭祀に深く関係する神として捉えられてきたことを示している。
    大田命には土地守護、五穀豊穣、開運、道開きなどのご利益があるとされる。大田命は猿田彦神社(三重県伊勢市)をはじめ、太田神社(滋賀県高島市)、宇奈具志神社(新潟県長岡市)などで祀られている。猿田彦神社に代々奉仕する宇治土公家は大田命を祖とし、さらにその祖神をサルタヒコとする系譜を伝えている。

    エピソード

    サルタヒコの子孫として伊勢に現れた大田命
    大田命は、サルタヒコの子孫とされる伊勢地方の神である。『倭姫命世記』には「猿田彦大神の裔、宇治土公の祖、大田命」と記され、大田命がサルタヒコの血統を継ぎ、宇治土公氏の祖となったことが伝えられている。
    『古事記』では、サルタヒコはニニギの天孫降臨を先導した後、アメノウズメに送られて伊勢の阿邪訶《あざか》へ帰ったとされる。大田命が後に伊勢の宇治に現れる伝承は、道案内を終えて伊勢へ戻ったサルタヒコの系譜が、その地で受け継がれたことを示している。
    ただし、大田命をサルタヒコの直接の子とする伝承も見られるものの、『倭姫命世記』が記す「裔」は子孫という意味であり、親子関係や何代後にあたるかまでは明らかでない。また、記紀にはサルタヒコと大田命の系譜そのものが記されていない。
    サルタヒコが天孫を地上へ導いた道案内の神であるのに対し、大田命は伊勢へ到着した倭姫命を迎え、神宮鎮座の地を示した神として伝えられる。二柱はともに、新たな聖地へ人や神を導く役割を担ったのである。

    出典・参考:『古事記』、『倭姫命世記』、猿田彦神社社伝



    倭姫命に五十鈴川上の土地を献じる
    第十一代垂仁天皇の皇女である倭姫命は、皇祖神天照大神を恒久的に祀る場所を求めて各地を巡った。『日本書紀』では、倭姫命が伊勢国へ到着すると、天照大神がこの国に鎮まりたいと告げたため、五十鈴川のほとりに宮を建てたと記されている。
    後世に成立した『倭姫命世記』では、この鎮座伝承に大田命が登場する。倭姫命が宇治の地へ至った際、サルタヒコの子孫である大田命が出迎え、宇治の五十鈴川上の土地を献じたという。倭姫命はその土地に天照大神を祀り、現在の皇大神宮内宮へつながる聖地が定まったとされる。
    この伝承における大田命は、単なる道案内役ではない。自らが治めていた土地を神域として差し出すことで、土地と神を結びつけた存在である。そのため、大田命は伊勢の地主神であり、神宮鎮座を支えた神として尊ばれている。
    ただし、『日本書紀』の伊勢鎮座の記事には大田命の名は登場しない。大田命が土地を献じた話は、後世の伊勢神道の中で形成された伝承として、記紀の記事とは区別して捉える必要がある。

    出典・参考:『日本書紀』垂仁天皇紀、『倭姫命世記』



    宇治土公氏の祖となった大田命
    大田命は、伊勢の宇治を本拠とした宇治土公《うじのつちぎみ》氏の祖神とされている。「土公」は土地を治める者を意味すると考えられ、大田命が倭姫命へ宇治の土地を献じた伝承とも結びついている。
    宇治土公氏は、サルタヒコの子孫として伊勢の宇治に暮らし、土地の祭祀を担ってきた氏族である。その系譜を継ぐ宇治土公家は、三重県伊勢市の猿田彦神社で代々神職を務めてきた。同社ではサルタヒコと大田命を祀り、境内の佐瑠女神社ではアメノウズメを祀っている。
    大田命が祖神として重んじられた背景には、伊勢神宮鎮座以前から宇治の土地を守っていた在地の神と、その神を奉じる氏族の存在があったと考えられている。皇祖神を迎えた倭姫命に土地を献じる伝承は、もともとの土地の神と、新たに鎮座する天照大神との関係を説明する役割も持っている。
    大田命への信仰は、サルタヒコの子孫という神話上の系譜だけでなく、伊勢の土地と祭祀を守ってきた宇治土公氏の歴史と深く結びついているのである。

    出典・参考:『倭姫命世記』、猿田彦神社公式サイト「御祭神・由緒」



    大田田根子とは名前の似た別の神
    大田命と大田田根子は名前が似ているが、系譜も伝承も異なる別の神である。大田命はサルタヒコの子孫として伊勢に現れ、倭姫命へ五十鈴川上の土地を献じたと伝えられている。
    一方、大田田根子は大物主神の子孫である。『古事記』『日本書紀』では、崇神天皇の時代に疫病が流行した際、大物主神が自らの子孫である大田田根子を祭主として祀るよう告げた。大田田根子が大物主神を祀ると疫病が収まり、国が平穏になったとされる。
    大田命は伊勢神宮の鎮座と宇治土公氏、大田田根子は大神神社の祭祀と三輪氏に関係する。活動した場所も、祖神も、物語上の役割も共通していない。
    両者を混同すると、大田命を大物主神の子孫としたり、大田田根子をサルタヒコの子孫としたりする誤りにつながる。大田命は伊勢の土地を天照大神へ献じた土地神、大田田根子は疫病を鎮めるため大物主神を祀った祭主として区別する必要がある。

    出典・参考:『古事記』、『日本書紀』崇神天皇紀、『倭姫命世記』



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    ご神徳

    ご神徳は不明です。

    別称・異称

    大田命

    おおたのみこと

    その他

    太多尊

    おおたのみこと

    その他

    太田命

    おおたのみこと

    その他

    祀られている主な神社

    嶽六所神社
    (秋田県大仙市神宮寺字落貝7)
    五社稲荷神社
    (埼玉県越谷市南荻島3659)
    稲荷神社
    (埼玉県三郷市戸ヶ崎2-495)
    北谷稲荷神社
    (東京都渋谷区神南1-4-1)
    五社稲荷神社
    (神奈川県鎌倉市岩瀬1399)