クシナダヒメ
くしなだひめ
- 神話・伝説
- 女神・女性
祭神ランキング44位
クシナダヒメとは?
クシナダヒメは記紀神話などに登場する女神である。古事記では櫛名田比売、日本書紀では奇稲田姫と記され、稲田媛、真髪触奇稲田媛などの名でも登場する。出雲国風土記には久志伊奈太美等与麻奴良比売命の名が見え、足名椎と手名椎の娘であり、八岐大蛇を退治したスサノオの妻として知られている。
出雲国の肥河上流では、八岐大蛇が毎年現れ、足名椎と手名椎の娘を一人ずつ食べていた。8人いた娘のうち最後に残ったクシナダヒメも大蛇に食べられようとしていたところ、高天原を追われて出雲へ降ったスサノオが現れる。事情を聞いたスサノオはクシナダヒメを妻に迎えることを条件に大蛇退治を引き受け、古事記ではクシナダヒメを湯津爪櫛に変えて自らの髪に挿した。足名椎と手名椎に命じて八つの門と酒船を用意させ、八塩折之酒を飲んで酔った八岐大蛇を十拳剣で斬り伏せ、クシナダヒメを救った。この時、大蛇の尾から現れた剣が後の草薙剣である。
八岐大蛇を退治したスサノオはクシナダヒメと夫婦となり、出雲の須賀に宮を築いた。古事記では二柱の間に八島士奴美神が生まれ、その系譜を経て大国主神へとつながっていく。一方、日本書紀には伝承の異なる複数の一書があり、その一つではスサノオと奇稲田姫の間に大己貴神が生まれたとされる。クシナダヒメはスサノオの妻であるとともに、出雲神話の中心となる神々の系譜につながる重要な女神である。
クシナダヒメの神名については、「クシ」を霊妙・神秘的な力、「イナダ」を稲田とみて、霊妙な稲田を意味するとする説がある。このことから稲田を象徴する女神、稲作や五穀豊穣に関わる神として解釈されてきた。また八岐大蛇から救われてスサノオと結ばれ、夫婦となった神話から、縁結び、夫婦和合、子授け、安産などの信仰とも結びついている。
クシナダヒメはスサノオとともに祀られることが多く、五穀豊穣、縁結び、夫婦和合、子授け、安産、家内安全などのご利益があるとされる。代表的な神社には武蔵一宮氷川神社(埼玉県さいたま市)や八重垣神社(島根県松江市)がある。須我神社(島根県雲南市)ではスサノオとクシナダヒメが宮を築いた須賀の地とする伝承を伝え、須佐神社(島根県出雲市)ではスサノオ、クシナダヒメ、足摩槌命、手摩槌命がともに祀られている。
エピソード
高天原を追われたスサノオが出雲国《いずものくに・現在の島根県東部》の肥河《ひのかわ》上流へやって来ると、川を箸が流れてきた。上流に人が住んでいると考えて進むと、老夫婦の足名椎《あしなづち》と手名椎《てなづち》が、娘のクシナダヒメを囲んで泣いていた。
夫婦には八人の娘がいたが、八岐大蛇《やまたのおろち》が毎年現れ、一人ずつ食べてしまったという。七人の娘を失い、最後に残ったクシナダヒメも間もなく大蛇に奪われようとしていた。事情を聞いたスサノオは、クシナダヒメを妻に迎えることを条件に、大蛇の退治を引き受けた。
スサノオはクシナダヒメを湯津爪櫛《ゆつつまぐし》に変えて自分の髪に挿し、足名椎と手名椎に強い八塩折之酒《やしおりのさけ》を造らせた。垣根に八つの門を設け、それぞれに酒船を置くと、大蛇は八つの頭を差し入れて酒を飲み、酔って眠った。スサノオは十拳剣《とつかのつるぎ》で大蛇を斬り、クシナダヒメを救った。
クシナダヒメは物語のなかで自ら戦うことはないが、彼女を救うための戦いが、荒ぶる神だったスサノオを人々を救う英雄へと変える転機になっている。大蛇退治の後、二柱は夫婦となり、出雲に新たな宮を築いた。
出典・参考:『古事記』、『日本書紀』、國學院大學「古事記神名データベース・櫛名田比売」
クシナダヒメは、『古事記』では櫛名田比売、『日本書紀』では奇稲田姫と記される。ほかにも稲田媛、真髪触奇稲田媛《まかみふるくしいなだひめ》などの名で登場し、『出雲国風土記』には久志伊奈太美等与麻奴良比売命《くしいなだみとよまぬらひめのみこと》という長い神名が伝えられている。
クシナダは「クシイナダ」が縮まった名と考えられている。「クシ」は霊妙で不思議な力を表し、「イナダ」は稲田を意味することから、クシナダヒメは霊妙な稲田を象徴する女神、または稲田の祭祀を担う巫女と解釈されてきた。一方、『古事記』が神名に「櫛」の字を用いたことは、彼女が櫛に姿を変え、スサノオの髪に挿された物語とも結びついている。
八岐大蛇を肥河の氾濫、クシナダヒメを洪水の被害を受ける稲田の象徴とみる説もある。この解釈では、大蛇退治は荒れる川を鎮めて稲田を守る物語となる。ただし、これは神話の背景を説明する学説の一つであり、実際の治水事業をそのまま描いた話と断定することはできない。
稲田を表す神名と、夫婦となったスサノオとの物語から、クシナダヒメは農耕や五穀豊穣を守る女神であると同時に、縁結びや夫婦和合をもたらす女神として信仰されている。
出典・参考:『古事記』、『日本書紀』、『出雲国風土記』、國學院大學「古事記神名データベース・櫛名田比売」
八岐大蛇を退治してクシナダヒメと結ばれたスサノオは、二柱が住む宮を建てる土地を探した。出雲国の須賀へ着くと、スサノオはこの地に来て心が清々しくなったと語り、そこに宮を造った。これが神話に登場する須賀宮《すがのみや》である。
宮を造ったとき、立ち上る雲を見たスサノオは「八雲立つ 出雲八重垣 妻籠みに 八重垣作る その八重垣を」と歌った。幾重にも立つ雲を垣根に見立て、妻となったクシナダヒメを守る宮を詠んだ歌であり、日本最古の和歌ともいわれている。現在も「八雲立つ」は出雲にかかる枕詞として知られる。
二柱の間には八島士奴美神《やしまじぬみのかみ》が生まれた。『古事記』では、その系譜が代々受け継がれた先に大国主神が現れる。八岐大蛇の生贄になるはずだったクシナダヒメが救われ、夫婦となって新たな御子を産むことにより、物語は大蛇による死と喪失から、宮造りと新しい生命の誕生へ転じている。
島根県雲南市の須我神社は、スサノオ、クシナダヒメ、二柱の御子神を祀る。須賀宮の伝承から日本初之宮、和歌の伝承から和歌発祥の社と称され、夫婦と家族の始まりを現在へ伝えている。
出典・参考:『古事記』、須我神社公式サイト「御由緒」「御祭神・御神徳」、國學院大學「古事記神名データベース・櫛名田比売」
島根県松江市の八重垣神社には、八岐大蛇の襲来からクシナダヒメを守った場所の伝承が残る。社伝によると、スサノオは八岐大蛇を退治する間、佐久佐女の森《さくさめのもり》に立つ大杉の周囲へ幾重もの垣根を造り、その中に稲田姫命を隠したという。
奥の院にある鏡の池は、身を隠していた稲田姫命が飲み水に用い、自らの姿を映した池と伝えられている。現在は、池に占い用紙を浮かべ、その上に硬貨を載せて沈むまでの時間や場所から縁を占う「鏡の池縁占い」で知られている。
八重垣神社では、この伝承を祭礼としても受け継いでいる。五月の身隠神事では、稲田姫命の神輿が本殿から奥の院の夫婦杉へ向かう。十二月の還幸祭では、奥の院へ避難していた稲田姫命が本社へ戻る。神話の出来事を、避難と帰還という一年の祭礼に再現しているのである。
『古事記』では、クシナダヒメは櫛に変えられ、スサノオの髪に挿されて守られる。一方、八重垣神社では八重垣の内側へ隠されたと伝えられている。形は異なるが、どちらもクシナダヒメを大蛇から守るため、安全な場所へ移す物語となっている。
出典・参考:『古事記』、八重垣神社公式サイト「八重垣神社について」「奥の院 鏡の池について」「祭典」
埼玉県さいたま市の武蔵一宮氷川神社では、須佐之男命、稲田姫命、大己貴命の三柱を主祭神として祀っている。稲田姫命はクシナダヒメ、大己貴命は大国主神の別名であり、八岐大蛇退治から始まる出雲神話の系譜を一つの祭神構成に表している。
『古事記』では、スサノオとクシナダヒメの間に八島士奴美神が生まれ、その子孫として大国主神が登場する。一方、『日本書紀』の本文では、二柱が結ばれて大己貴神を生んだと記されている。子の系譜には違いがあるが、いずれの伝承でもクシナダヒメは、出雲の国造りを担う大国主神へつながる母神の位置に置かれている。
武蔵一宮氷川神社を中心とする氷川信仰は、埼玉県や東京都をはじめとする関東各地へ広がった。クシナダヒメは稲田姫命の名でスサノオとともに祀られ、地域や神社によっては夫婦神、あるいは大国主神を含む家族神として信仰されている。
八岐大蛇に狙われた姫として知られる一方、氷川信仰では、荒ぶる力を鎮めるスサノオと結ばれ、国造りの神へ続く系譜を生み出した女神として祀られている。農耕、縁結び、夫婦和合、家族の繁栄を守るという信仰も、こうした神話と祭神の結びつきから生まれたものである。
出典・参考:『古事記』、『日本書紀』、武蔵一宮氷川神社公式サイト「由緒・歴史」、埼玉県神社庁「氷川神社」
出典文献
古事記
日本書紀
延喜式
出雲国風土記
神格
ご神徳
別称・異称
くしなだひめ
古事記
奇稲田姫くしいなだひめ
日本書紀
真髪触奇稲田媛まかみふるくしなだひめ
日本書紀
稲田媛いなだひめ
日本書紀
久志伊奈太伎比咩くしいなだきひめ
延喜式
久志伊奈太美等与麻奴良比売命くしいなだみとよまぬらひめのみこと
出雲国風土記
串稲田姫命くしいなだひめのみこと
その他
奇名田姫命くしなだひめのみこと
その他
奇稲田媛命くしいなだひめのみこと
その他
奇稲田比売命くしいなたひめのみこと
その他
奇稲田毘売命くしいなだひめのみこと
その他
櫛名田姫命くしなだひめのみこと
その他
櫛名田比売之命くしなだひめのみこと
その他
櫛名田毘売命くしなだびめのみこと
その他
櫛稲田姫命くしいなだひめのみこと
その他
櫛稲田比売命くしなだひめのみこと
その他
稲毘売命いなびめのみこと
その他
稲田姫命いなだひめのみこと
その他
稲田日売命いなだひめのみこと
その他
稲田比売命いなだひめのみこと
その他
祀られている主な神社
氷川神社
(埼玉県大宮区高鼻町1-407)
川越氷川神社
(埼玉県川越市宮下町2-11-3)
赤坂氷川神社
(東京都港区赤坂6-10-12)
八重垣神社
(島根県松江市佐草町227)
稲田神社
(茨城県笠間市稲田763番地)




