有名度
前頭久居八幡宮
ひさいはちまんぐう
三重県津市久居二ノ町1855
三重県津市久居二ノ町1855

Asturio Cantabrio(wikipedia CC 表示-継承 4.0)
久居八幡宮以外にも 野邊野神社 とも呼ばれます。
かんたんご利益
- 仕事
- 勝負
久居八幡宮には
「仕事系」「勝負系」
のご利益があります。※かんたんご利益はご利益をジャンル毎に分けわかりやすく表示したものです。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。
ご利益
想
国家鎮護 殖産興業 武運長久 成功勝利
御祭神
公
主祭神
品陀和気命 ほんだわけのみこと
相殿神
迦具土命 とうどうたかみちこう
相殿神
藤堂高通公 みつはのめのかみ
相殿神
罔象女神 このはなさくやひめのみこと
相殿神
木花咲夜姫命 すがわらみちざねこう
相殿神
大物主神 おおものぬしのかみ
相殿神
須佐之男命 すさのおのみこと
相殿神
天照大御神 つくよみのみこと
相殿神
大穴牟遲神 あまてらすおおみかみ
相殿神
少毘古那神 おおなむじのかみ
相殿神
八百萬神 すくなひこなのかみ
相殿神
蚶貝比売神 やおよろずのかみ
相殿神
蛤貝比売神 きさがいひめのかみ
相殿神
宗忠大明神 うむぎひめのかみ
相殿神
菅原道真公 むねただだいみょうじん
相殿神
猿田彦大神 かぐつちのみこと
神社系統
この神社の主な系統は
「八幡系」
です。他に 「不明(1柱)」
「ミヅハノメ系」
「浅間・サクヤビメ系」
「天満・天神系」
「金毘羅系」
「祇園・須佐系」
「伊勢・神明系」
「出雲・オオナムチ系」
「愛宕・秋葉系」
「白髭・猿田彦系」
も考えられます。
※系統は御祭神や由緒による神社の分類です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。
由緒・歴史 | 特徴
久居八幡宮は三重県津市に鎮座する神社。御祭神は品陀和気命、迦具土命、藤堂高通公、罔象女神、木花咲夜姫命、大物主神、須佐之男命、天照大御神、大穴牟遲神、少毘古那神、八百萬神、蚶貝比売神、蛤貝比売神、宗忠大明神、菅原道真公、猿田彦大神の16柱をまつる。
社格は旧村社。
創建は寛文10年(1670年)とされる。久居の地はもともと「野辺野」と呼ばれており、藤堂高虎公の孫にあたる藤堂高通公が分封を受けて城下町を開く際、「永久に鎮居する」との願いを込めて地名を「久居」と定めたと伝えられる。その治世の中で、藩領の小戸木村(旧鹿嶋村)に鎮座していた八幡宮(創祀年代不詳)を、久居陣屋の鬼門(艮)の方位にあたる現在地へ遷し、藩主の氏神であり久居の守護神として崇敬したことが、久居八幡宮の起点となった。
神輿の担ぎ手が小戸木の青年に限られてきたという伝承や、小戸木村が「古氏子」と呼ばれてきた点は、この遷座の記憶を今に伝える要素である。鎮座に伴って別当寺として長開寺が開基され、元禄9年(1696年)には真言宗醍醐寺三寶院の直末寺となった。江戸時代には神仏習合のもと、境内に宝殿や護摩堂が設けられ、祭祀は別当が担っていたとされる。藩主の元服式や厄除けなど、城下の重要な節目に関わる信仰実務がこの神域に集まっていたことがうかがえる。
明治維新後の神仏判然令により長開寺は廃寺となり、さらに明治41年(1908年)には神社合祀令によって村内23社が合祀され、社名は土地の旧名にちなむ野邊野神社へと改称された。その後も正月には藤堂家から幣帛が奉られ、地域の総鎮守としての位置づけが保たれてきた。
戦後、社格制度が廃止される一方で、昭和41年(1966年)には久居出身戦没者を慰霊する久居英霊殿が造営され、昭和44年(1969年)には学校法人を設立し幼稚園を開園した。平成24年(2012年)には神明造の本殿と、入母屋造に唐破風向拝を備える拝殿などが造営され、令和2年(2020年)1月1日、御鎮座350年を機に社号を久居八幡宮へと復している。
社格は旧村社。
創建は寛文10年(1670年)とされる。久居の地はもともと「野辺野」と呼ばれており、藤堂高虎公の孫にあたる藤堂高通公が分封を受けて城下町を開く際、「永久に鎮居する」との願いを込めて地名を「久居」と定めたと伝えられる。その治世の中で、藩領の小戸木村(旧鹿嶋村)に鎮座していた八幡宮(創祀年代不詳)を、久居陣屋の鬼門(艮)の方位にあたる現在地へ遷し、藩主の氏神であり久居の守護神として崇敬したことが、久居八幡宮の起点となった。
神輿の担ぎ手が小戸木の青年に限られてきたという伝承や、小戸木村が「古氏子」と呼ばれてきた点は、この遷座の記憶を今に伝える要素である。鎮座に伴って別当寺として長開寺が開基され、元禄9年(1696年)には真言宗醍醐寺三寶院の直末寺となった。江戸時代には神仏習合のもと、境内に宝殿や護摩堂が設けられ、祭祀は別当が担っていたとされる。藩主の元服式や厄除けなど、城下の重要な節目に関わる信仰実務がこの神域に集まっていたことがうかがえる。
明治維新後の神仏判然令により長開寺は廃寺となり、さらに明治41年(1908年)には神社合祀令によって村内23社が合祀され、社名は土地の旧名にちなむ野邊野神社へと改称された。その後も正月には藤堂家から幣帛が奉られ、地域の総鎮守としての位置づけが保たれてきた。
戦後、社格制度が廃止される一方で、昭和41年(1966年)には久居出身戦没者を慰霊する久居英霊殿が造営され、昭和44年(1969年)には学校法人を設立し幼稚園を開園した。平成24年(2012年)には神明造の本殿と、入母屋造に唐破風向拝を備える拝殿などが造営され、令和2年(2020年)1月1日、御鎮座350年を機に社号を久居八幡宮へと復している。
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神社詳細
公式URL
摂末社・境内社
摂社 野邊野天満宮
菅原道真公摂社 野邊野稲荷社
倉稲魂命境内社 壽命社
伊邪那岐命伊邪那美命
境内社 久居英霊殿
久居の御英霊九百八十余柱境内社 山の神
祭神不明境内社 鹿島大神
武甕槌命例祭
歳旦祭 1月1日
どんど焼、山の神祭 1月7日
節分祭 2月3日
紀元祭 2月11日
野邊野天満宮春祭 2月25日
野邊野稲荷社初午祭 旧2月初午
春季皇霊祭遥拝 3月春分
祈年祭(春祭) 4月第2土曜日
寿命社例祭 4月22日
久居英霊殿慰霊祭 5月中旬
夏越大祓 6月30日
久居英霊殿平和祈年祭 8月15日
秋季皇霊祭遥拝 9月秋分
野邊野天満宮例祭 9月25日
例大祭(秋祭) 10月20日
新嘗祭 11月23日
天長祭 12月23日
年越大祓、除夜祭 12月31日
月次祭 毎月1日・15日
どんど焼、山の神祭 1月7日
節分祭 2月3日
紀元祭 2月11日
野邊野天満宮春祭 2月25日
野邊野稲荷社初午祭 旧2月初午
春季皇霊祭遥拝 3月春分
祈年祭(春祭) 4月第2土曜日
寿命社例祭 4月22日
久居英霊殿慰霊祭 5月中旬
夏越大祓 6月30日
久居英霊殿平和祈年祭 8月15日
秋季皇霊祭遥拝 9月秋分
野邊野天満宮例祭 9月25日
例大祭(秋祭) 10月20日
新嘗祭 11月23日
天長祭 12月23日
年越大祓、除夜祭 12月31日
月次祭 毎月1日・15日
文化財
情報募集
建築
本殿 神明造
神紋
情報募集
出典
公式サイト
https://www.hisai-hachimangu.jp/
Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B9%85%E5%B1%85%E5%85%AB%E5%B9%A1%E5%AE%AE
https://www.hisai-hachimangu.jp/
Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B9%85%E5%B1%85%E5%85%AB%E5%B9%A1%E5%AE%AE
