宗忠大明神
むねただだいみょうじん
- 歴史的人物
- 男神・男性

祭神ランキング776位
- 僧侶
江戸 [1780年~1850年]
宗忠大明神とは?
宗忠大明神(1780-1850)は江戸時代後期の神道家。教派神道 13派の一つ「黒住教」の教祖。備前国御野郡(岡山県岡山市)にある今村宮の神職黒住宗繁の三男として生まれる。幼いころから「備前の孝行息子」と呼ばれる親孝行な性格であった。30歳を過ぎて両親を相次いで失い、宗忠も生死の境をさまよう大病を患う。この時に心のあり方によって健康が回復することを知り、太陽のエネルギーを感じることから天照大神と同一化するという宗教的神秘を体験する。この事が後に教祖となる黒住教立教の大元となり、神秘体験をした日が黒住教の立教日となっている。その後、没するまでの35年間にわたって神道講義と布教、病気治療などの行動を続ける。これを慕って庶民から士族階級に至るまで徐々に宗忠の信者が増えていくことになる。信者の集団はいつしか「神文衆」と呼ばれるようになり、黒住教は岡山を中心に徐々に全国に広まっていくことになる。 宗忠は京都市左京区にある宗忠神社に祭神として祀られている。宗忠神社は江戸時代末期に創建された神社であり、祭神の宗忠には朝廷より宗忠大明神の称号が下賜された。国家安泰、万民和楽などを祈願し、当時では孝明天皇をはじめ公家衆の信仰も厚かった。
ご神徳
ご神徳は不明です。
別称・異称
黒住宗忠くろずみむねただ
その他
