尾鷲神社 - 神社ファン

有名度

前頭

尾鷲神社

おわせじんじゃ

三重県尾鷲市北浦町12-5

三重県尾鷲市北浦町12-5

拝殿

HIRATA Yasuyuki(wikipedia CC 表示 3.0)

尾鷲神社以外にも 大宝天王 とも呼ばれます。


かんたんご利益

  • 恋愛
  • 仕事
  • 学業
  • 子供
  • 安全
  • 勝負
尾鷲神社には

「恋愛系」「仕事系」「学業・技芸系」「子供系」「安全系」「勝負系」

のご利益があります。
※かんたんご利益はご利益をジャンル毎に分けわかりやすく表示したものです。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。

ご利益

必勝祈願 良縁 夫婦和合 子授かり 歌聖、芸能の神 受験合格 事業繁栄 交通安全

御祭神

神社系統

この神社の主な系統は

祇園・須佐系

です。
他に 「熊野系」 「三島・大山祇系」 「白髭・猿田彦系」 「八幡系」 「不明(2柱)」 「天満・天神系」 「愛宕・秋葉系」 「金毘羅系」 「八王子系」 「ミヅハノメ系」 も考えられます。
※系統は御祭神や由緒による神社の分類です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。

由緒・歴史 | 特徴

尾鷲神社は三重県尾鷲市に鎮座する神社。御祭神は建速須佐之男命、櫛御気野命、大山祇神、猿田毘古神、応神天皇、若狭姫命、菅原道真、火之迦具土神、大物主神、国常立尊、天忍穂耳命、天之菩卑能命、天津日子根命、活津日子根命、熊野久須比命、多紀理毘売命、市寸島比売命、多伎都比売命、級長戸辺命、弥都波能売神の20柱をまつる。
社格は旧郷社。
創建は伝承として大宝年間(701年-703年)とされ、播磨国広峰山の広峯社から建速須佐之男命を勧請したことを創祀とする伝えがある。一方で、宝永4年(1707年)の宝永地震や安政元年(1854年)の安政南海地震に伴う津波で、神社の記録や古文書が流出したため、古い時代の歩みは判然としない部分が残る。尾鷲神社は伊勢神宮の神領に位置したとされ、遷宮の際には豊受大神宮(外宮)の神職が神事を執り行ったとの記述も見え、地域の暮らしと広域の信仰圏が交わる場所として、尾鷲の里の総鎮守として崇敬を重ねてきた。
尾鷲神社の歴史を語るうえで欠かせないのが境内の大樟である。この大樟は夫婦楠とも呼ばれ、2本が並び立つ巨木として知られる。寛永12年(1635年)に紀州藩が作成した山林の記録には「大宝天王」と呼ばれた社とともに大楠の幹回りが記され、当時すでに巨木として把握されていたことがうかがえる。宝永4年(1707年)の津波では本殿が流出したが、大樟は生き残ったとされ、昭和41年(1966年)には幹の空洞に火が入り3日間燃え続けたものの、樟は無事だったという。
文化財としては、三重県指定天然記念物の「尾鷲神社の大樟」が挙げられ、指定日は1937年11月12日である。また「尾鷲神社獅子頭」は本殿内に安置され、ヤーヤ祭り最終日の御獅子出御の儀式で用いられ、1968年3月22日に三重県有形民俗文化財に指定されている。
例祭として2月1日から5日にかけて行われるヤーヤ祭りで広く知られ、2月5日を中心に町全体を舞台として神事と行列が展開される。祭りの進行には江戸時代の神事運営の仕組みが色濃く残るとされ、近年では所作の安全面にも配慮が加えられるなど、伝統の継承と時代に即した運用が並び立っている。
  • 郷社
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神社詳細

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文化財

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出典
公式サイト
http://owasejinja.net/
Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B0%BE%E9%B7%B2%E7%A5%9E%E7%A4%BE
三重県神社庁
https://www.mie-jinjachou.page/