中島惣社 - 神社ファン

有名度

前頭

中島惣社

なかじまそうしゃ

大阪府大阪市東淀川区東中島4-9-41

大阪府大阪市東淀川区東中島4-9-41

鳥居と拝殿

KENPEI(wikipedia CC 表示-継承 3.0)

かんたんご利益

  • 仕事
中島惣社には

「仕事系」

のご利益があります。
※かんたんご利益はご利益をジャンル毎に分けわかりやすく表示したものです。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。

ご利益

五穀豊穣 商売繁盛

御祭神

神社系統

この神社の主な系統は

稲荷系」 「不明(1柱)」

です。
※系統は御祭神や由緒による神社の分類です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。

由緒・歴史 | 特徴

中島惣社は大阪府大阪市東淀川区に鎮座する神社。御祭神は宇賀御魂神、受保大神、大市比売神、菅原道真公、天児屋根神、経津主神、武甕槌神、姫大神、天照皇大神、事代主神、応神天皇、速素盞鳴神、大名牟遅神、少彦名神、猿田彦神の15柱をまつる。
社格は旧郷社。
創建は白雉2年(651年)、孝徳天皇が難波長柄豊崎宮へ遷都した際に創建されたと伝えられる。ただし詳細な創建事情は不詳とされる。建武2年(1335年)製の木製額が残されており、中世にはすでに神社として存在していたことがうかがえる。
江戸時代の地誌『摂津名所図会』には「北中嶋惣社」として記され、周辺六ヶ村の産土神であったと伝えられる。また当初は稲荷神社と称していたとされ、地域の守護神として広く崇敬を集めた。足利氏や豊臣氏の崇敬を受けたとも伝えられ、豊臣秀頼は「中嶋総社」の四字を書した絹地一通を寄進したとされている。
しかし慶長19年(1614年)の大坂冬の陣で社殿は焼失し、古記録の多くが失われた。その後も社は存続し、1908年(明治41年)から1909年(明治42年)にかけて周辺の天満宮、須賀神社、神明社、皇大神社、八幡大神宮、稲荷神社、春日神社などを合祀し、地域の神々をあわせ祀る神社となった。こうした合祀によって、中島惣社は周辺地域の信仰を集約する存在となった。
さらに1945年6月7日の大阪大空襲で社殿は全焼し、現在の社殿は戦後に再建されたものである。本殿と拝殿は1987年(昭和62年)に再建されたもので、本殿は切妻造とされる。例祭は毎年10月27日に行われる。
  • 郷社
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神社詳細

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出典
Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%AD%E5%B3%B6%E6%83%A3%E7%A4%BE
大阪府神社庁
https://www.osaka-jinjacho.jp/