事代主神
ことしろぬしのかみ
- 神話・伝説
- 男神・男性

玉蘭斎貞秀(神佛図會)
祭神ランキング21位
事代主神とは?
事代主神は記紀神話に登場する男神である。古事記では八重言代主神などと表記され、大国主神と神屋楯比売命との間に生まれた神とされる。
神名の「コトシロ」については、神の言葉を知り、その意思を伝えることに関係する名とする説があり、託宣や神意を司る神として捉えられてきた。後世には宮中で祀られる御巫八神の一柱にも数えられ、朝廷を守護する神として重要な位置を占めた。
事代主神が記紀神話で大きな役割を果たすのが国譲りである。古事記では、葦原中国の国譲りを迫られた大国主神が、自分だけでは答えられないとして、御大之前《みほのさき》で漁をしている事代主神に判断を委ねた。
事代主神は使者から国譲りについて問われると、葦原中国を天津神の御子へ献上するよう答えた。そして乗っていた船を踏み傾け、天の逆手を打って船を青柴垣に変え、その中に隠れたと古事記は伝える。
一方、もう一柱の大国主神の子であるタケミナカタは国譲りに抵抗し、タケミカヅチに力比べを挑んだものの敗れ、信濃国の諏訪まで逃れた。タケミナカタが服従した後、大国主神も事代主神が先頭に立てば自分の多くの子神も天津神に背かないだろうと述べ、国譲りを受け入れた。事代主神の判断は、国譲りを成立させる重要な役割を果たしている。
日本書紀でも事代主神は国譲りに関わる重要な神として登場する。また日本書紀の神武天皇紀では、事代主神が三嶋溝橛耳神の娘・玉櫛媛との間に媛蹈鞴五十鈴媛命をもうけたとされ、この五十鈴媛命が神武天皇の皇后となった。このため日本書紀の系譜では、事代主神は初代天皇の皇后の父神という位置を占めている。
国譲りの際に美保の岬で漁をしていたことや、美保地方での信仰などから、事代主神は海や漁業とも深く結びついた。後世にはえびす神と同一視され、漁業の守護神から商売繁盛や福をもたらす神としても広く信仰されるようになった。ただし、えびす神にはヒルコをえびすとする信仰もあり、記紀神話上の事代主神とヒルコは別の神である。
事代主神は三嶋信仰とも深い関係を持つ。三嶋大社では現在、大山祇命と積羽八重事代主神の二柱を総じて三嶋大明神として祀っている。三嶋大明神の祭神については歴史的にさまざまな説や変遷があり、事代主神を三嶋神とする信仰も長く伝えられてきた
このように事代主神は、国譲りで神意を示す神、宮中を守護する神、海や漁業を守る神、さらにえびす信仰や三嶋信仰と結びついた福徳の神として多様な信仰を集めてきた
これらのことから、事代主神のご利益は海上安全、大漁祈願、商売繁盛、開運招福、五穀豊穣などとされる。
事代主神を祀る代表的な神社には、美保神社(島根県松江市)、三嶋大社(静岡県三島市)、今宮戎神社(大阪府大阪市)などがあり、全国各地の神社で広く祀られている。
エピソード
『古事記』の国譲りでは、タケミカヅチが大国主に葦原中国を譲るよう迫ると、大国主は子の事代主神が答えると告げた。事代主神はこのとき美保の岬で鳥や魚を取っていたとされる。
呼び戻された事代主神は、葦原中国を天つ神の御子に奉ることを受け入れた。大国主が国の行方を左右する重大な判断を子に委ねたことから、事代主神が大国主から大きな信頼を寄せられる立場にあったことがうかがえる。
その後、大国主は事代主神が先頭に立って仕えるならば、自分の多くの子神たちも従うだろうと語る。事代主神は単に国譲りへ賛成した一柱ではなく、大国主の子神たちを代表し、国譲りを成立させる重要な役割を担った神として描かれている。
出典・参考:『古事記』、『日本書紀』
国譲りを受け入れた事代主神は、『古事記』では乗っていた船を踏み傾け、天の逆手《あめのさかて》を打って船を青柴垣《あおふしがき》に変え、その中へ隠れたと伝える。
この不思議な行為の意味にはさまざまな説がある。青柴垣を神を迎える神籬《ひもろぎ》のような聖域とみる説や、天の逆手を呪術的な動作とみる説、国譲りへの服従と事代主神の退隠を表すとする説などがあり、一つに決めることはできない。
島根県松江市の美保神社では、この国譲り神話にちなむ青柴垣神事が現在も行われている。神話の中の事代主神の退隠が、祭祀として現在まで受け継がれているのである。
出典・参考:『古事記』、島根県神社庁
大国主の子である事代主神とタケミナカタは、国譲りに対して対照的な行動を取った神として描かれる。
事代主神は国譲りの要求を聞くとこれを受け入れた。一方、タケミナカタはタケミカヅチに力比べを挑み、敗れて諏訪まで逃れた末に服従する。
この違いから、事代主神を言葉や託宣によって神意を示す宗教的な力の象徴、タケミナカタを武力による支配の象徴とみる説もある。二神の姿は単純な「従った神」と「抵抗した神」という違いだけではなく、国譲りにおける異なる力のあり方を示しているとも考えられている。
興味深いことに、後世の神社信仰では、国譲りで対照的な行動を取った二神がともに祀られている。全国の諏訪神社の中には、タケミナカタと兄弟神である事代主神を祭神とする神社があり、四日市の諏訪神社や結城諏訪神社などでは二神をともに祀っている。すべての諏訪神社で事代主神が祀られているわけではないが、大国主の子である兄弟神として、事代主神が諏訪信仰の中にも取り込まれてきたことが分かる。
出典・参考:『古事記』、國學院大學 古典文化学事業、諏訪神社(三重県四日市市)、結城諏訪神社
事代主神の神名は、古くから神意や言葉を伝える働きと結びつけて考えられてきた。「コト」を言葉、「シロ」を知る、あるいは神に代わるものと捉え、神の言葉を知り伝える神とする説が有力である。
国譲り神話でも、大国主は自ら即答せず、事代主神の判断に国の行方を委ねている。事代主神が発した言葉によって国譲りが大きく動くことは、言葉によって神意を示す神としての性格をよく表している。
『日本書紀』天武天皇元年(672)には、高市県主許梅《たけちのあがたぬしこめ》に事代主神が神懸かりして神託を告げたとする記事もある。また事代主神は宮中で祀られた八神の一柱にも数えられた。
出典・参考:『古事記』、『日本書紀』、國學院大學 古典文化学事業、長田神社
『日本書紀』では、事代主神は国譲りだけでなく初代天皇である神武天皇の皇后の系譜にも登場する。
神代の一書では、事代主神が八尋熊鰐《やひろわに》に姿を変えて三島溝樴姫のもとへ通い、媛蹈鞴五十鈴媛命が生まれたと伝える。神武天皇はこの媛を皇后としたため、日本書紀の系譜では事代主神は神武天皇の后の父神にあたる。
一方、『古事記』では媛蹈鞴五十鈴媛命の父は大物主神とされており、記紀で系譜が異なる。この違いから事代主神と大物主神の関係をめぐってさまざまな説が生まれたが、両者を単純に同一神と断定することはできない。
出典・参考:『古事記』、『日本書紀』、國學院大學 古典文化学事業
現在、事代主神は「えびす様」として広く信仰されている。しかし『古事記』『日本書紀』で事代主神が「えびす」と呼ばれているわけではなく、両者が重なるのは後世の信仰である。
この結びつきを考えるうえで重要なのが、事代主神が美保の岬で鳥や魚を取っていたという国譲り神話である。海辺で漁をする神という姿は、海や漁業、豊漁と深く関わるえびす信仰と結びつきやすかったと考えられている。
美保神社では事代主神をえびす様として祀り、大漁満足、海上安全、商売繁昌などの神として信仰している。今宮戎神社や長田神社などでも事代主神はえびす様として祀られており、漁業の神から商売や福徳をもたらす神へと広がったえびす信仰と深く重なっている。
こうして事代主神は、国譲り神話に登場する大国主の子神という姿を持ちながら、後世には人々に福をもたらす「えびす様」という新たな神格を重ねて信仰されるようになった。
出典・参考:『古事記』、美保神社、今宮戎神社、長田神社
現在では事代主神を「えびす様」として祀る神社が数多くあり、両者は同じ神として広く信仰されている。しかし、えびす神と事代主神は、もともと一つの神として記紀に登場するわけではない。
事代主神は『古事記』『日本書紀』の国譲り神話に登場する大国主の子神である。一方、えびす信仰は海や漁業、豊漁、福徳、商売などと結びつきながら発展し、その由来を一つに定めることは難しい。長い信仰の中で事代主神がえびす神と重なり、「事代主神=えびす様」という信仰が広く定着した。
さらに、えびす神と同一視されてきた神は事代主神だけではない。記紀で事代主神とは別の神として登場するヒルコも、後世にはえびす神と同一視された。西宮神社ではヒルコにあたる蛭児大神をえびす大神として祀る一方、美保神社や今宮戎神社、長田神社などでは事代主神をえびす様として祀っている。
そのため、えびす神、事代主神、ヒルコを最初から一柱の神だったと考える必要はない。それぞれ異なる由来を持つ神でありながら、後世の信仰では事代主神とえびす神、ヒルコとえびす神がそれぞれ同一視されてきたのである。古典上の神々の区別と、長い歴史の中で成立した実際の信仰の双方を見ることで、えびす神と事代主神の関係が分かりやすくなる。
出典・参考:『古事記』、『日本書紀』、美保神社、西宮神社、今宮戎神社、長田神社
島根県松江市の美保神社では、事代主神と三穂津姫命を主祭神として祀っている。美保は『古事記』の国譲りで事代主神が鳥や魚を取っていた「美保の岬」と結びつく土地であり、現在も事代主神をえびす様として篤く信仰している。
美保神社で特に重要なのが青柴垣神事と諸手船神事である。青柴垣神事は国譲りを受け入れた事代主神が青柴垣に隠れた神話にちなみ、諸手船神事は大国主のもとから事代主神へ国譲りの判断を尋ねる使者が向かった場面を伝える神事とされる。
古典の物語が単に文章として残っただけではなく、舞台とされる地域で祭りとして繰り返し再現されてきたことに、美保における事代主信仰の特徴がある。
出典・参考:『古事記』、島根県神社庁
事代主神は静岡県の三嶋大社でも重要な祭神となっている。三嶋大社ではオオヤマツミと積羽八重事代主神《つみはやえことしろぬしのかみ》の二柱を祀り、二神を総じて三嶋大明神と称している。
三嶋大社では、オオヤマツミを山森農産の守護神、事代主神を俗に恵比須様と称し、福徳の神として商業・工業・漁業に携わる人々から信仰されるとしている。
一方、三嶋神の祭神については歴史的にさまざまな説がある。伊豆諸島の火山活動や海上交通などを背景に成立した三嶋信仰と、オオヤマツミや事代主神の信仰が重なり、現在の祭神構成へつながっている。事代主神が地域ごとの古い信仰と結びつきながら祀られてきた姿を示す例である。
出典・参考:三嶋大社
出典文献
古事記
日本書紀
先代旧事本紀
古語拾遺
延喜式
神格
ご神徳
別称・異称
ことしろぬしのかみ
古事記/日本書紀/先代旧事本紀/古語拾遺
八重事代主神やえことしろぬしのかみ
古事記
事代主尊ことしろぬしのみこと
日本書紀
天事代虚事代玉籤入彦厳之事代神あめにことしろそらにことしろたまくしいりひこいつのことしろのかみ
日本書紀
都味歯八重事代主神つみはやえことしろぬしのかみ
先代旧事本紀
辞代主ことしろぬし
延喜式
天事代主命あめのことしろぬしのみこと
新撰姓氏録
天乃八重事代主神あめのやえことしろぬしのかみ
新撰姓氏録
天辞代主命あめのことしろぬしのみこと
新撰姓氏録
積羽八重事代主命つみはやえことしろぬしのみこと
新撰姓氏録
事志呂主命ことしろぬしのみこと
その他
玉籖入彦厳之事代神たまくしいりひこいづのことしろのかみ
その他
言代主命ことしろぬしのみこと
その他
同一とされる神様
神様グループ
祀られている主な神社
諏訪大社 下社秋宮
(長野県下諏訪町5828)
諏訪大社 下社春宮
(長野県下諏訪町193)
三嶋大社
(静岡県三島市大宮町2-1-5)
今宮戎神社
(大阪府浪速区恵美須西1-6-10)
美保神社
(島根県松江市美保関町美保関608番地)
