遙拝神社 - 神社ファン

有名度

前頭

遙拝神社

ようはいじんじゃ

熊本県八代市高下東町579−4

熊本県八代市高下東町579−4

かんたんご利益

  • 健康
  • 厄除
遙拝神社には

「健康系」「厄除・開運系」

のご利益があります。
※かんたんご利益はご利益をジャンル毎に分けわかりやすく表示したものです。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。

ご利益

開運 皮膚病の治癒

御祭神

國常立尊 くにのとこたちのみこと
國挟槌尊 くにのさづちのみこと
豊斟渟尊 とよくむねのみこと
泥土煮尊 ういじにのみこと
沙土煮尊 すひじにのみこと
大戸之道尊 おおとのじのみこと
大苔邊尊 おおとまべのみこと
面足尊 おもだるのみこと
惶根尊 かしこねのみこと
伊弉諾尊 いざなぎのみこと
伊弉冊尊 いざなみのみこと
天照皇大神 あまてらすすめのおおかみ
天忍穂耳尊 あまのおしほみのみこと
瓊瓊杵尊 ににぎのみこと
彦火火出見尊 ひこほほでみのみこと
鵜草葦不合尊 うがやふきあえずのみこと
建磐龍命 たけいわたつのみこと
阿蘇津姫命 あそつひめのみこと
国造明神 くにのみやつこみょうじん

相殿

仲哀天皇 ちゅうあいてんのう

相殿

應神天皇 おおじんてんのう

相殿

神功皇后 じんぐうこうごう

神社系統

この神社の主な系統は

十二所系」 「阿蘇系

です。
他に 「八幡系」 も考えられます。
※系統は御祭神や由緒による神社の分類です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。

由緒・歴史 | 特徴

遙拝神社は熊本県八代市に鎮座する神社。御祭神は國常立尊、國挟槌尊、豊斟渟尊、泥土煮尊、沙土煮尊、大戸之道尊、大苔邊尊、面足尊、惶根尊、伊弉諾尊、伊弉冊尊、天照皇大神、天忍穂耳尊、瓊瓊杵尊、彦火火出見尊、鵜草葦不合尊、建磐龍命、阿蘇津姫命、国造明神、仲哀天皇、應神天皇、神功皇后の22柱をまつる。
社格は旧村社。
遙拝神社の創建については諸説あるが、社伝では天平宝字2年(758年)に天神地祇16柱を勧請したことに始まると伝えられている。さらに神護景雲2年(768年)には阿蘇三座の神を合祀し、村の氏神として祀られるようになった。熊本県神社誌にも創建は天平宝字2年と記されている。
元弘年間、名和義高は後醍醐天皇から八代荘を与えられた。建武2年(1335年)には河内義真が地頭代として八代へ下向し、古麓の上り山一帯に居城を築いた。義真は八代城下へ水を引くための杭瀬を設けたとされ、この用水施設の総鎮守として高田山の麓に賀茂宮が勧請された。
南北朝時代には征西将軍懐良親王が高田御所に在館した。伝承によれば、懐良親王は当社から吉野の行在所を遥拝し、社殿を修復したという。また、随従した諸士が48段の石段を献納したと伝えられ、このことから社は遥拝宮と呼ばれるようになった。現在も石段には、いろは文字や「一」「二」「三」などの文字が刻まれている。
その後、社号は賀茂宮から木綿葉大明神遥拝宮へ改められ、明治維新後に豊葦原神社となった。天正年間(1573~1592年)には小西行長によって社殿などが焼却されたと伝わる。のちに再建が進められ、慶安元年(1648年)に拝殿、承応元年(1652年)に本殿が改築された。さらに元禄13年(1700年)には鳥居が建立され、嘉永5年(1852年)には本殿、幣殿、拝殿、社務所の改築が行われた。
遙拝神社は球磨川を見下ろす高台に鎮座し、地域では「遥拝さん」の名で親しまれている。境内には懐良親王の伝承に関わる48段の石段が残されている。
また、境内では白ナマズを祀る信仰が伝えられている。阿蘇の建磐龍命に関わる大ナマズの伝承や、北部九州に伝わる白ナマズ信仰とともに、遙拝神社でも白ナマズが祀られている。
祭事では毎年6月30日に大祓式が執り行われる。境内には茅の輪が設けられ、参拝者はこれをくぐって半年間の穢れを祓う。茅の輪くぐりは古くから続く神事として現在まで受け継がれている。
  • 村社
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神社詳細

公式URL

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出典
公式サイト
http://www8.plala.or.jp/youhai/