鵜戸神宮 - 神社ファン

有名度

大関

鵜戸神宮

うどじんぐう

宮崎県日南市大字宮浦3232番

😞 🙁 😐 🙂 😄

宮崎県日南市大字宮浦3232番

拝殿

MaedaAkihiko(wikipedia CC 表示-継承 4.0)

楼門
海側から見た洞窟と波切神社
日向灘を望む断崖に建ち、岩窟に朱塗りの本殿を抱く鵜戸神宮は、海と自然に抱かれた絶景の聖地です。縁結びや安産、子授けのご利益で知られ、名物の運玉投げは、願いを込めて亀石の窪みに投げ入れると叶うと伝わります。海に迫り出す参道や、自然と一体となった境内はどこを切り取っても写真映えする美しさで神秘と雄大な景観が調和する神社です。

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鵜戸神宮の特徴を視覚的にわかりやすく表現しています。詳しくは見どころをご確認ください。

鵜戸神宮ワードクラウド

かんたんご利益

  • 恋愛
  • 健康
  • 子供
  • 安全
鵜戸神宮には

「恋愛系(有名)」「健康系」「子供系」「安全系」

のご利益があります。
※かんたんご利益はご利益をジャンル毎に分けわかりやすく表示したものです。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。

ご利益

縁結 安産 育児 海上安全

御祭神

主祭神

日子波瀲武鸕鷀草葺不合尊 ひこなぎさたけうがやふきあえずのみこと

相殿

大日孁貴 おおひるめのむち

相殿

天忍穂耳尊 あめのおしほみみのみこと

相殿

彦火瓊々杵尊 ひこほのににぎのみこと

相殿

彦火々出見尊 ひこほほでみのみこと

相殿

神日本磐余彦尊 かむやまといわれびこのみこと

神社系統

この神社の主な系統は

鵜戸系

です。
※系統は御祭神や由緒による神社の分類です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。

由緒・歴史 | 特徴

鵜戸神宮は宮崎県日南市にある神社。主祭神は日子波瀲武鸕鷀草葺不合尊(ひこなぎさたけうがやふきあえずのみこと)。
社格は別表神社で、旧官幣大社。
日向灘に面した断崖の中腹にある岩窟内に本殿が鎮座する、全国でも珍しい神社である。社名の「うど」は空洞、すなわち洞穴を意味し、祭神の名にある「鸕鷀」が鳥の鵜を意味することから「鵜戸」と称する。江戸時代までは「鵜戸権現」とも呼ばれた。
創建時期は明らかではないが、社伝によれば、本殿が鎮座する岩窟は豊玉姫が日子波瀲武鸕鷀草葺不合尊を出産した場所とされる。『古事記』『日本書紀』に記される海幸山幸神話にゆかりの深い地で、崇神天皇の時代に主祭神と大日孁貴、天忍穂耳尊、彦火瓊々杵尊、彦火々出見尊、神日本磐余彦尊の相殿神を「六所権現」として祀ったことを創始とする。
延暦元年(782)には、桓武天皇の勅命を受けた天台宗の僧・光喜坊快久が社殿を再建したと伝えられる。快久は初代別当となって寺院を建立し、「鵜戸山大権現吾平山仁王護国寺」の勅号を賜ったという。平安時代以降は修験道の霊場として発展し、「西の高野」と称されるほど栄えた。のちに真言宗へ移り、両部神道の道場として神仏習合の信仰が形成された。
長禄3年(1459)には後花園天皇が勅使を派遣し、岩窟を見聞させたことが『日向地誌』に記されている。中世には日向国の鎮守として武将から崇敬され、江戸時代には飫肥藩主伊東氏の庇護を受けて社殿の造替や改修が行われた。明治維新まで境内には仁王護国寺があり、神門へ続く八丁坂の両側には寺坊が立ち並んでいた。
明治元年(1868)の神仏分離によって仏教色が廃され、翌明治2年(1869)に「鵜戸権現」から「鵜戸神社」へ改称。明治7年(1874)に神宮号が与えられ、現在の「鵜戸神宮」となった。昭和45年(1970)には江戸時代から残っていた社務所が火災に遭い、多くの古文書が失われている。
本殿が鎮座する岩窟は、波の浸食によって形成された海食洞で、東西約38m、南北約29m、高さ約8.5mに及ぶ。一般的な神社のように石段を上って本殿へ向かうのではなく、断崖に沿って石段を下った先に本殿があることから「下り宮」と呼ばれる。日向灘を望む断崖と朱塗りの社殿が一体となった景観は、鵜戸神宮を象徴するものとなっている。
朱塗りの本殿は八棟造で、宮崎県の有形文化財に指定されている。現在の本殿は、正徳元年(1711)に第5代飫肥藩主・伊東祐実が改築した社殿をもとに、明治22年(1889)、昭和43年(1968)、平成8年度に大規模な改修が行われたものである。
岩窟内には、豊玉姫が御子を残して海神の国へ帰る際、御子のために乳房を岩に残したと伝えられる「お乳岩」がある。岩から滴る水で作った「おちちあめ」を母乳代わりにして日子波瀲武鸕鷀草葺不合尊が育てられたとの伝承があり、現在も安産や育児を願う信仰を集めている。
本殿前の海中には、豊玉姫が海神の国から乗ってきた大亀が岩になったと伝えられる「亀石」がある。この亀石に向かって男性は左手、女性は右手で「運玉」を投げ、背中にある枡形のくぼみに入ると願いがかなうとされる。現在の運玉は昭和29年(1954)頃から始まったもので、それ以前は参拝者が賽銭を投げ入れていたが、その賽銭を拾う地元の子供たちが学校へ遅刻することがあったため、賽銭に代わって運玉が作られるようになったと伝えられている。
鵜戸神宮周辺の海岸は、波浪によって形成された独特の地形でも知られる。神域とその周辺を含む海岸景観は「鵜戸」の名称で平成29年(2017)に国の名勝に指定された。なかでも「鵜戸千畳敷」は、砂岩と泥岩が交互に重なる地層が長い年月をかけて波浪や風雨に浸食されて形成された奇岩群で、「鬼の洗濯板」とも呼ばれる。鵜戸千畳敷奇岩は昭和8年(1933)に宮崎県の天然記念物に指定されている。
江戸時代中期から明治末頃にかけては、新婚夫婦が鵜戸神宮へ参拝する「シャンシャン馬」の風習も行われた。花嫁を飾り立てた馬に乗せ、花婿がその手綱を取って険しい参詣道を進むもので、夫婦円満や安産を願う鵜戸参りの風習として受け継がれた。現在も鵜戸神宮に伝わる独特の参詣文化として知られている。
  • 別表神社
  • 官幣大社
  • 境内広い
  • 長い階段
  • 混雑多い
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見どころ

神社詳細

公式URL

摂末社・境内社

末社 皇子神社
彦五瀬命
ひこいつせのみこと
末社 住吉神社・火産霊神社・福智神社
【住吉神社】底筒男神
【住吉神社】中筒男神
【住吉神社】上筒男神
【火産霊神社】火産霊神
【福智神社】仁徳天皇
末社 九柱神社
神直毘神
大直毘神
伊豆能売神
底筒男神
中筒男神
上筒男神
底津綿積神
中津綿積神
上津綿積神
末社 門守社
櫛磐窓神
豊磐窓神
末社 鵜戸稲荷神社
宇迦之御魂神
うかのみたまのかみ
境内社 波切神社
祭神不明
末社 恵比寿神社
事代主
ことしろぬし

例祭

例祭 2月1日
シャンシャン馬道中 3月末の日曜日

文化財

鵜戸
国 名勝
文化財種別不明 平成29年10月13日指定
鵜戸ヘゴ自生北限地帯
国 天然記念物
文化財種別不明 昭和43年6月14日指定
鵜戸神宮本殿
宮崎県 指定文化財
建造物 平成7年3月23日指定
鵜戸千畳敷奇岩
宮崎県 天然記念物
文化財種別不明 昭和8年12月5日指定
鵜戸山別当墓地並びに墓
日南市 有形文化財
建造物 昭和45年11月3日指定
鵜戸山石灯籠のうち紙開発灯籠1対
日南市 有形文化財
建造物 昭和45年11月3日指定
鵜戸山八丁坂
日南市 有形文化財
建造物 昭和45年11月3日指定
鵜戸山の磨崖仏
日南市 有形文化財
彫刻 昭和45年11月3日指定

建築

本殿 八棟造

神紋

情報募集

出典
公式サイト
https://www.udojingu.or.jp/
Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%B5%9C%E6%88%B8%E7%A5%9E%E5%AE%AE
国指定文化財等データベース
https://kunishitei.bunka.go.jp
宮崎県
https://www.pref.miyagi.jp/site/sitei/kenzoubutu.html
日南市
https://www.city.nichinan.lg.jp/soshikikarasagasu/shogaigakushuka/2/785.html
[書籍]ご利益めぐり全国神社誌
巖谷小波・神社神徳研究会、展望社、1997年