豊石窓神
とよいわまどのかみ
- 神話・伝説
- 男神・男性

表記なし
祭神ランキング164位
豊石窓神とは?
豊石窓神は記紀神話などに登場する門の守護神である。豊磐間戸命、豊磐間門命などとも表記される。『古事記』では櫛石窓神とともに天石門別神の別名として記されており、一柱の天石門別神を豊石窓神、櫛石窓神という二つの名で呼ぶ形になっている。一方、『古語拾遺』では豊磐間戸命と櫛磐間戸命を別々の神とし、いずれもフトダマの御子神と伝えている。
『古語拾遺』では、天照大神が天石窟から出た後、新たに造られた御殿へ遷る際、豊磐間戸命と櫛磐間戸命が殿門を守護したとされる。この伝承では二神が左右の門を守る神として位置づけられ、宮殿へ災いや邪悪なものが入り込むことを防ぐ門神としての性格を持っている。
『延喜式』では豊石窓神と櫛石窓神が御門巫祭神として祀られている。宮城四方の門に二神をそれぞれ祀ることで御門巫祭神八座を構成し、宮中へ災いが入り込むことを防ぐ神として祭祀を受けた。御門祭の祝詞でも、四方の門を守り、内外から訪れる災いを防ぐ神として称えられている。
神名の「豊」は豊かさを表す美称、「石」は岩のような堅固さ、「窓」は真門、すなわち神聖な門を意味するとする説がある。こうした神格から門や家屋の守護、厄除け、家内安全などの神徳で信仰されている。
広島県廿日市市の厳島神社では摂社左門客神社に豊石窓神が祀られ、本社に向かって反対側にある右門客神社には櫛石窓神が祀られており、二神が左右から本社を守護する形となっている。また、奈良県橿原市の天太玉命神社では、フトダマとその御子神である豊石窓神、櫛石窓神がともに祀られている。代表的な神社に厳島神社摂社左門客神社、天太玉命神社などがある。
エピソード
『古語拾遺』によれば、天岩屋に籠もっていた天照大神が外へ迎え出された後、神々は大神を新たに造った御殿へ遷した。その御殿の門を守る役目を与えられたのが、豊磐間戸命と櫛磐間戸命である。両神は祭祀をつかさどった忌部氏の祖神であるフトダマの子とされ、殿内に鎮まる神を外から侵入する災いから守る存在として配置された。
この説話で両神が守るのは、単なる建物の出入口ではない。天照大神が再び姿を現し、新しい御殿に鎮座するという神聖な秩序の回復を、その境界で支える門である。門は内と外、清浄と不浄、安全と危険とを分ける場所であり、そこを守る神には邪悪なものを退ける力が求められた。豊石窓神は櫛石窓神と対になり、堅固な門そのもののように神域を守ったのである。
この伝承は、豊石窓神が天岩屋の扉を直接開いた神であることを意味するものではない。岩屋戸が開かれた後、天照大神の新殿を守護した神である。岩戸神話から宮殿祭祀へと物語をつなぎ、光を取り戻した世界の安定を門前で守ることが、豊石窓神に与えられた役割であった。
出典・参考:『古語拾遺』日神出現段、國學院大學「古典文化学」事業 神名データベース「豊石窓神」
豊石窓神と櫛石窓神の関係は、古典によって異なっている。『古事記』の天孫降臨段では、天石戸別神について「またの名は櫛石窓神、またの名は豊石窓神」と記す。したがって『古事記』の記述に従えば、櫛石窓神と豊石窓神は別々の二柱ではなく、いずれも天石門別神を示す別名である。
これに対して、忌部氏の伝承を収めた『古語拾遺』は、豊磐間戸命と櫛磐間戸命をフトダマの二柱の子神として扱う。両神は天照大神の新殿の門を並んで守る。また『延喜式』でも櫛石窓神四座と豊石窓神四座が区別され、皇居の四方の門にそれぞれ一座ずつ祀られている。この祭祀の形では、両神は対をなす二柱の門神である。どちらが本来の形であったかについては諸説があり、古事記の一柱説から後に二柱へ分かれたとする見方も、もともと二柱であった伝承が一柱の別名として整理されたとする見方もある。確実にいえるのは、古事記では一柱の別名、古語拾遺と延喜式では二柱の神として現れるという違いである。豊石窓神を紹介するときは、この文献ごとの差を混同せずに捉える必要がある。
出典・参考:『古事記』天孫降臨段、『古語拾遺』日神出現段、『延喜式』巻第八「祝詞」、國學院大學「古典文化学」事業 神名データベース「豊石窓神」
『延喜式』神名帳には、神祇官西院で御門巫が祀る神として「御門巫祭神八座」が記載されている。その内訳は櫛石窓神四座と豊石窓神四座であり、皇居の四方に設けられた門ごとに二柱を一座ずつ祀る構成であった。豊石窓神は神話の中だけに登場する神ではなく、古代宮廷の祭祀において、具体的な場所と役割を与えられた守護神だったのである。
祈年祭や月次祭の祝詞では、櫛磐間門命と豊磐間門命が四方の御門を守る様子が語られる。両神は、多くの神聖な岩が重なったように門を堅く塞ぎ、朝には門を開き、夕方には門を閉じるとされる。下から来るものは下を、上から来るものは上を見守り、夜の守りにも昼の守りにも仕える。ここでいう守りは、門を閉ざして人の往来を断つことではない。必要な出入りを保ちながら、災いや秩序を乱すものの侵入を防ぐ働きである。
御門祭の祝詞では、邪悪な神の働きや言葉を退ける力も称えられている。門は人だけでなく、目に見えない災厄も通過し得る境界と考えられた。その境界を岩のように堅固に保つ豊石窓神は、皇居とそこに住む人々の日常を昼夜にわたって守る神であった。
出典・参考:『延喜式』巻第八「祈年祭祝詞」「六月月次祭祝詞」「御門祭祝詞」、巻第九「神名帳」
兵庫県丹波篠山市の櫛石窓神社では、櫛石窓命、豊石窓命、大宮比売命などを祭神として祀っている。同社は『延喜式』神名帳に名神大社として記載された古社であり、古代から重んじられた門神信仰を現在へ伝える神社の一つである。平安時代初期の大同元年には神封五戸を与えられたことが『新抄格勅符抄』に見え、中世には周辺の村々の総社として信仰された。
櫛石窓命と豊石窓命を並べて祀る形は、『古語拾遺』や『延喜式』に見える二柱の門神という伝承と一致する。両神は天照大神の新殿を守ったとされ、宮中でも災厄を防ぐ神として祀られた。宮殿の門を守るという古代祭祀上の役割は、地域の神社においては、集落や家々の内外を守る信仰へと重ねられていったと考えられる。
神社の名には櫛石窓神だけが掲げられているが、豊石窓神も重要な祭神である。二柱は片方だけで完結するのではなく、門の左右や内外をともに守る一対の神として受け止められてきた。宮中の四方の門から丹波の地域社会まで、守る場所が変わっても、境界を固めて災いを退けるという豊石窓神の性格は一貫している。
出典・参考:『延喜式』巻第九「神名帳」、『新抄格勅符抄』、丹波篠山市「櫛石窓神社」、兵庫県神社庁「櫛石窓神社」
出典文献
先代旧事本紀
古語拾遺
延喜式
神格
ご神徳
別称・異称
とよいわまとのみこと
先代旧事本紀/古語拾遺
豊石窓神とよいわまどのかみ
延喜式
豊磐間門命とよいわまとのみこと
延喜式
豊岩間戸命とよいわまどのみこと
その他
豊磐窓命とよいわまどのみこと
その他
同一とされる神様
祀られている主な神社
小鎚神社
(岩手県大槌町上町2-16)
天石立神社
(奈良県奈良市柳生町789)
天太玉命神社
(奈良県橿原市忌部町153)
長野神社
(秋田県大仙市長野字長野山57-2)
守門社
(新潟県三条市大字落合396番地)
