有名度
小結丹生川上神社
にうかわかみじんじゃ
奈良県吉野郡東吉野村小968
奈良県吉野郡東吉野村小968

Bakkai(wikipedia CC 表示 3.0)
奈良・東吉野の清流沿いに鎮座する丹生川上神社は、古代から雨と水を司る神を祀る由緒ある神社です。江戸時代には「蟻通明神」とも称され、祈雨には黒馬、止雨には白馬を奉る信仰が伝えられてきました。国指定重要文化財の石灯籠や、願いが叶うと伝わる「叶えの大杉」も見どころで、水の神の聖地として特別な祈りが息づく神社です。
丹生川上神社以外にも 蟻通明神 とも呼ばれます。
かんたんご利益
- 恋愛
- 仕事
- 安全
- 家庭
丹生川上神社には
「恋愛系」「仕事系(有名)」「安全系」「家庭系」
のご利益があります。※かんたんご利益はご利益をジャンル毎に分けわかりやすく表示したものです。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。
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ご利益
公
水利の神 水の祖神
御祭神
公
主祭神
罔象女神 みづはのめのかみ
相殿神
伊邪奈美命 いざなみのみこと
相殿神
伊邪奈岐命 いざなぎのみこと
大日孁尊 おおひるめむちのみこと
譽田別命 ほんだわけのみこと
八意思兼命 やごころおもいかねのみこと
開化天皇 かいかてんのう
上筒男命 うわつつのおのみこと
菅原道真公 すがわらのみちざねこう
綿津見神 わたつみのかみ
大国主神 おおくにぬしのかみ
事代主神 ことしろぬしのかみ
神社系統
主な系統
※系統は御祭神や由緒による神社の分類です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。
由緒・歴史 | 特徴
丹生川上神社は奈良県吉野郡東吉野村にある神社。罔象女神を主祭神とする。
社格は式内社(名神大社)で二十二社(下八社)のひとつ。旧官幣大社で、現在は別表神社。
古くから水をつかさどる神として崇敬され、「雨師明神」とも称された。江戸時代には「蟻通明神」と呼ばれていた。丹生川上神社には別に上社と下社があるため、当社は一般に「中社」とも称される。現在は三社がそれぞれ独立した神社となっており、当社の正式な社名は「丹生川上神社」である。
鎮座地周辺は神武天皇の東征伝承とも深く結びついている。『日本書紀』には、神武天皇が大和入りを目指して吉野へ進んだ際、天香具山の土を用いて平瓮や厳瓮を造らせ、丹生川上で天神地祇をまつって戦勝を占ったことが記されている。丹生川上の地が古くから神聖な祭祀の場と考えられていたことを伝える説話である。
社伝によると、天武天皇4年(675)に「人声の聞こえない深山の吉野丹生川上に宮柱を立ててまつれば、甘雨を降らせ、長雨を止める」との神託があり、これに従って社殿を造営したことを創祀とする。以来、水や雨をつかさどる神として朝廷から篤く崇敬され、国家的な雨乞いや止雨の祈願が行われる神社となった。
『続日本紀』には天平宝字7年(763)、雨乞いのため丹生川上神へ黒馬を奉ったことが記されている。後には雨を願う際には黒馬、長雨を止める際には白馬や赤馬を奉納することが慣例となった。宝亀6年(775)にも長雨を止めるための奉幣が行われるなど、古代から水をつかさどる神として国家の農耕祭祀に重要な役割を果たした。
延長5年(927)成立の『延喜式神名帳』では名神大社に列し、平安時代中期以降は朝廷から特に崇敬された二十二社のひとつに数えられた。中世に至るまで朝廷による雨乞いや止雨の祈願が繰り返し行われたが、応仁の乱以降は祭祀が次第に衰退した。戦国時代には朝廷による奉幣も途絶え、やがて本来の鎮座地さえ分からなくなった。
明治時代になると、古代の丹生川上神社の所在地を確定するための調査が進められた。明治4年(1871)には現在の下市町に鎮座する神社が丹生川上神社とされ、明治29年(1896)には川上村の神社が有力視されたことから、それぞれ下社、上社として位置づけられた。
さらに大正11年(1922)、東吉野村の蟻通神社が古代の丹生川上神社にあたると判断され、丹生川上神社として復権した。すでに上社と下社が存在していたことから当社は「中社」と称され、三社を合わせて官幣大社丹生川上神社として祭祀が行われるようになった。戦後の神社制度の変更によって三社はそれぞれ独立し、現在に至っている。
現在の本殿は文政11年(1828)から造替が進められた流造、檜皮葺の社殿で、欄間には花鳥などを題材とする彫刻が施されている。境内には弘長4年(1264)の銘を持つ石燈籠があり、宋から渡来した石工・伊行吉の作として国の重要文化財に指定されている。
また丹生川上神社には、平安時代後期から鎌倉時代にかけて制作されたとみられる神像群が伝えられている。これらの神像は中世以前の神祇信仰を伝える貴重な文化財として国の重要文化財に指定されている。
本殿背後の小牟漏岳には希少な植物であるツルマンリョウが自生し、「丹生川上中社のツルマンリョウ自生地」として国の天然記念物に指定されている。境内には樹齢千年を超えると伝えられる大杉もそびえ、「叶えの大杉」の名で親しまれている。幹に両手を当てて願いを唱えると願いが叶うとされ、御神木として信仰を集めている。
毎年10月第2日曜日には「小川まつり」が行われる。氏子による太鼓台が勇壮に競り合う祭りで、その激しいぶつかり合いから「喧嘩祭」の異名でも知られている。
丹生川上神社は、神武天皇の東征伝承が残る丹生川上の地に鎮座し、古代から雨や水をつかさどる神として国家的な祭祀を受けてきた。黒馬や白馬を奉る雨乞い・止雨の信仰、近代における鎮座地の考証と復興を経て、現在も水の神をまつる古社としてその信仰を伝えている。
社格は式内社(名神大社)で二十二社(下八社)のひとつ。旧官幣大社で、現在は別表神社。
古くから水をつかさどる神として崇敬され、「雨師明神」とも称された。江戸時代には「蟻通明神」と呼ばれていた。丹生川上神社には別に上社と下社があるため、当社は一般に「中社」とも称される。現在は三社がそれぞれ独立した神社となっており、当社の正式な社名は「丹生川上神社」である。
鎮座地周辺は神武天皇の東征伝承とも深く結びついている。『日本書紀』には、神武天皇が大和入りを目指して吉野へ進んだ際、天香具山の土を用いて平瓮や厳瓮を造らせ、丹生川上で天神地祇をまつって戦勝を占ったことが記されている。丹生川上の地が古くから神聖な祭祀の場と考えられていたことを伝える説話である。
社伝によると、天武天皇4年(675)に「人声の聞こえない深山の吉野丹生川上に宮柱を立ててまつれば、甘雨を降らせ、長雨を止める」との神託があり、これに従って社殿を造営したことを創祀とする。以来、水や雨をつかさどる神として朝廷から篤く崇敬され、国家的な雨乞いや止雨の祈願が行われる神社となった。
『続日本紀』には天平宝字7年(763)、雨乞いのため丹生川上神へ黒馬を奉ったことが記されている。後には雨を願う際には黒馬、長雨を止める際には白馬や赤馬を奉納することが慣例となった。宝亀6年(775)にも長雨を止めるための奉幣が行われるなど、古代から水をつかさどる神として国家の農耕祭祀に重要な役割を果たした。
延長5年(927)成立の『延喜式神名帳』では名神大社に列し、平安時代中期以降は朝廷から特に崇敬された二十二社のひとつに数えられた。中世に至るまで朝廷による雨乞いや止雨の祈願が繰り返し行われたが、応仁の乱以降は祭祀が次第に衰退した。戦国時代には朝廷による奉幣も途絶え、やがて本来の鎮座地さえ分からなくなった。
明治時代になると、古代の丹生川上神社の所在地を確定するための調査が進められた。明治4年(1871)には現在の下市町に鎮座する神社が丹生川上神社とされ、明治29年(1896)には川上村の神社が有力視されたことから、それぞれ下社、上社として位置づけられた。
さらに大正11年(1922)、東吉野村の蟻通神社が古代の丹生川上神社にあたると判断され、丹生川上神社として復権した。すでに上社と下社が存在していたことから当社は「中社」と称され、三社を合わせて官幣大社丹生川上神社として祭祀が行われるようになった。戦後の神社制度の変更によって三社はそれぞれ独立し、現在に至っている。
現在の本殿は文政11年(1828)から造替が進められた流造、檜皮葺の社殿で、欄間には花鳥などを題材とする彫刻が施されている。境内には弘長4年(1264)の銘を持つ石燈籠があり、宋から渡来した石工・伊行吉の作として国の重要文化財に指定されている。
また丹生川上神社には、平安時代後期から鎌倉時代にかけて制作されたとみられる神像群が伝えられている。これらの神像は中世以前の神祇信仰を伝える貴重な文化財として国の重要文化財に指定されている。
本殿背後の小牟漏岳には希少な植物であるツルマンリョウが自生し、「丹生川上中社のツルマンリョウ自生地」として国の天然記念物に指定されている。境内には樹齢千年を超えると伝えられる大杉もそびえ、「叶えの大杉」の名で親しまれている。幹に両手を当てて願いを唱えると願いが叶うとされ、御神木として信仰を集めている。
毎年10月第2日曜日には「小川まつり」が行われる。氏子による太鼓台が勇壮に競り合う祭りで、その激しいぶつかり合いから「喧嘩祭」の異名でも知られている。
丹生川上神社は、神武天皇の東征伝承が残る丹生川上の地に鎮座し、古代から雨や水をつかさどる神として国家的な祭祀を受けてきた。黒馬や白馬を奉る雨乞い・止雨の信仰、近代における鎮座地の考証と復興を経て、現在も水の神をまつる古社としてその信仰を伝えている。
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神社詳細
公式URL
摂末社・境内社
例祭
月次祭 毎月1日・16日(1月1日は除く)
元旦祭 1月1日
日供事始祭 1月2日
元始祭 1月3日
昭和天皇祭遥拝式 1月7日
末社水神社祭 1月16日
紀元祭 2月11日
祈年祭 2月17日
春季皇霊祭遥拝式 3月春分の日
神武天皇祭遥拝式 4月3日
末社木霊神社例祭 4月16日
末社東照宮例祭 4月17日
昭和祭 4月29日
水神祭 6月4日
大祓式 6月30日
水まつり 7月15日
摂社丹生神社例祭 7月16日
献灯祭前斎 8月16日
献灯祭 8月17日
献灯祭 8月18日
秋季皇霊祭遥拝式 9月秋分の日
小川祭り(太鼓台奉舁安全祈願祭) 10月8日
宵宮祭 10月15日
例祭 10月16日
後宴祭併神嘗奉祝祭・神嘗祭遥拝式 10月17日
明治祭 11月3日
新嘗祭 11月23日
天長祭 12月23日
大祓式・除夜祭・大とんど焼上御神火拝戴祭 12月31日
元旦祭 1月1日
日供事始祭 1月2日
元始祭 1月3日
昭和天皇祭遥拝式 1月7日
末社水神社祭 1月16日
紀元祭 2月11日
祈年祭 2月17日
春季皇霊祭遥拝式 3月春分の日
神武天皇祭遥拝式 4月3日
末社木霊神社例祭 4月16日
末社東照宮例祭 4月17日
昭和祭 4月29日
水神祭 6月4日
大祓式 6月30日
水まつり 7月15日
摂社丹生神社例祭 7月16日
献灯祭前斎 8月16日
献灯祭 8月17日
献灯祭 8月18日
秋季皇霊祭遥拝式 9月秋分の日
小川祭り(太鼓台奉舁安全祈願祭) 10月8日
宵宮祭 10月15日
例祭 10月16日
後宴祭併神嘗奉祝祭・神嘗祭遥拝式 10月17日
明治祭 11月3日
新嘗祭 11月23日
天長祭 12月23日
大祓式・除夜祭・大とんど焼上御神火拝戴祭 12月31日
文化財
石燈籠
国 重要文化財
工芸品 昭和38年2月14日指定
工芸品 昭和38年2月14日指定
丹生川上中社のツルマンリョウ自生地
国 天然記念物
文化財種別不明 昭和32年5月8日指定
文化財種別不明 昭和32年5月8日指定
木造罔象女神坐像 男神坐像 女神坐像 童形神坐像
奈良県 有形文化財
彫刻 平成30年2月2日指定
彫刻 平成30年2月2日指定
丹生川上神社 本殿、東殿、西殿
東吉野村 有形文化財
建造物 文化財指定日不明
建造物 文化財指定日不明
建築
本殿 三間社流造檜皮葺
神紋
情報募集
出典
公式サイト
http://www.niukawakami-jinja.jp/
Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%B9%E7%94%9F%E5%B7%9D%E4%B8%8A%E7%A5%9E%E7%A4%BE
国指定文化財等データベース
https://kunishitei.bunka.go.jp
奈良県
https://www.pref.nara.jp/1700.htm
奈良県神社庁
https://www.naraken-jinjacho.jp/
[書籍]ご利益めぐり全国神社誌
巖谷小波・神社神徳研究会、展望社、1997年
http://www.niukawakami-jinja.jp/
Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%B9%E7%94%9F%E5%B7%9D%E4%B8%8A%E7%A5%9E%E7%A4%BE
国指定文化財等データベース
https://kunishitei.bunka.go.jp
奈良県
https://www.pref.nara.jp/1700.htm
奈良県神社庁
https://www.naraken-jinjacho.jp/
[書籍]ご利益めぐり全国神社誌
巖谷小波・神社神徳研究会、展望社、1997年
