五十猛命
いそたける
- 神話・伝説
- 男神・男性

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五十猛命とは?
五十猛命《いそたけるのみこと・いたけるのみこと》は、『日本書紀』の一書に登場する男神である。スサノオの子とされ、大屋津姫命、抓津姫命の兄神にあたるが、母神は記されていない。
『日本書紀』一書第四では、スサノオとともに新羅へ降り、その後、埴土《はにつち》で作った舟に乗って出雲国へ渡ったとされる。五十猛命は多くの樹木の種を携えていたが、韓地には植えずにすべて持ち帰り、筑紫から始めて大八洲国の全土へ播き、国土を青山にした。この功績によって有功之神《いさおしのかみ》と称えられ、紀伊国に鎮座する大神と記されている。
一書第五では、スサノオの鬚髯から杉、胸毛から檜、尻毛から柀《まき》、眉毛から樟が生じ、それぞれの木の用途が定められたとする。五十猛命は妹神の大屋津姫命、抓津姫命とともに多くの木種を各地へ広め、三柱は紀伊国に鎮座したと伝えられている。こうした神話から、五十猛命は樹木や植林を司り、林業、木材業、建築業などを守護する木の神として信仰されてきた。
また、『古事記』に登場する木国の大屋毘古神と五十猛命を同一神とする説がある。大屋毘古神は、スサノオの迫害から逃れた大国主を木国で助けた神として登場するが、『古事記』自体には大屋毘古神と五十猛命を同一神とする記述はない。両神の樹木神としての性格や紀伊国との関係などから、後世に同一視されるようになったと考えられている。
五十猛命は、伊太祁曽神社(和歌山県和歌山市)、伊達神社(和歌山県和歌山市)、五十猛神社(島根県大田市)、高瀬神社(富山県南砺市)、廣峯神社(兵庫県姫路市)などで祀られている。伊太祁曽神社では主祭神として祀られ、大国主を災難から救った神話とも結びつき、「いのちの神」「厄難除けの神」としても信仰されている。
エピソード
『日本書紀』神代巻の一書第四では、乱暴な行いによって追放されたスサノオが、子の五十猛命を伴って新羅《しらぎ・朝鮮半島にあった国》へ降ったと伝えている。二柱が到着した場所は曾尸茂梨《そしもり》と呼ばれている。しかし、スサノオはこの地に住むことを望まず、埴土《はにつち》で舟を作って東へ渡り、出雲国(現在の島根県東部)の斐伊川上流にある鳥上峯《とりかみのみね》へ到着した。
同じ一書によれば、五十猛命は天降る際に多くの樹木の種を携えていた。五十猛命はその種を韓地には植えず、すべて持ち帰ったという。そして筑紫、すなわち九州から植え始め、大八洲国の中で木が植えられず青山にならなかった場所はないほど、各地へ樹木を広めた。
この功績によって五十猛命は、有功之神《いさおしのかみ》と称えられた。有功とは、国土に大きな功績を残した神という意味である。さらに同書は、五十猛命を紀伊国(現在の和歌山県と三重県南部)に鎮座する大神としている。五十猛命が単に木を支配する神ではなく、樹木のない土地に種を植え、人々が暮らせる国土を形づくった植樹と国土開発の神であることを示す伝承である。
出典・参考:『日本書紀』神代上第八段一書第四、伊太祁曽神社公式サイト「御由緒」
『日本書紀』神代巻の一書第五には、木材の起源と用途を語る別の伝承がある。スサノオは、韓郷《からくに》には金銀があるが、自分の子孫が治める国に浮宝《うくたから》、すなわち舟がないのはよくないと考え、自らの体毛を抜いてさまざまな木へ変えた。
鬚髯《ひげ》からは杉、胸毛からは檜《ひのき》、尻毛からは柀《まき》、眉毛からは樟《くすのき》が生じた。スサノオは杉と樟を舟、檜を宮殿、柀を棺の材料と定め、食用となる木の実の種も広く植えるよう命じた。木は山を緑にするだけでなく、交通、住居、祭祀、葬送、食料を支えるものとして位置づけられている。
その木種を各地へ広めたのが、五十猛命と妹神の大屋津姫命、抓津姫命の三柱である。三兄妹は木種を分布させた後、紀伊国(現在の和歌山県と三重県南部)へ渡ったと記されている。父神が木を生み、その性質に応じた用途を定め、子神たちが実際に国土へ広めるという役割分担である。この伝承が、五十猛命を林業、木材業、建築業、造船業の守護神とする信仰の基礎となった。
出典・参考:『日本書紀』神代上第八段一書第五、伊太祁曽神社公式サイト「御由緒」
『古事記』には五十猛命の名は登場しないが、木国《きのくに》に鎮座する大屋毘古神を五十猛命と同一神とする説がある。大屋毘古神は、八十神から繰り返し命を狙われた大国主を救った神である。
大国主は母神の勧めによって木国の大屋毘古神のもとへ逃れたが、八十神はそこまで追ってきた。大屋毘古神は大国主を木の俣から逃がし、スサノオがいる根之堅州国《ねのかたすくに》へ向かうよう教えた。大国主はその助けによって追っ手を逃れ、後に国作りを担う神へと成長していく。
『古事記』は大屋毘古神と五十猛命を同一神とは記していない。しかし、両神が木に深く関係すること、紀伊国と結びつくこと、スサノオの近親とされることなどから同一神説が生まれた。『先代旧事本紀』にも五十猛神を大屋彦神ともいうとの記述があるが、その根拠は明らかではない。
伊太祁曽神社ではこの同一神説を受け入れ、五十猛命を樹木の神だけでなく、大国主の命を救ったいのちの神、厄難除けの神として信仰している。病気平癒や厄除けの神徳は、樹木神としての神話とは別に、大屋毘古神の救済伝承から結びついたものである。
出典・参考:『古事記』、國學院大學 古典文化学事業「大屋毘古神」「八十神の迫害」、伊太祁曽神社公式サイト
『日本書紀』は五十猛命を紀伊国(現在の和歌山県と三重県南部)に鎮座する大神とし、別の一書では大屋津姫命、抓津姫命とともに紀伊国へ渡ったと伝えている。紀伊国は豊かな森林に恵まれ、熊野材をはじめとする木材の産地として発展したため、木種を国土へ広めた三兄妹の神話と深く結びついた。
和歌山県和歌山市の伊太祁曽神社では、五十猛命を主祭神とし、本殿両側の脇殿に大屋津姫命と都麻津比売命を祀っている。『続日本紀』大宝二年(702年)条には、伊太祁曽、大屋都比売、都麻都比売の三神社を分けて遷したとの記事がある。三柱はもと一か所で祀られていたが、後にそれぞれの神社へ分祀されたと考えられている。
伊太祁曽神社は『延喜式』神名帳で名神大社に列し、後に紀伊国一宮として崇敬を集めた。現在も五十猛命は木の神、植樹の神として、林業、製材業、建築業をはじめとする木材関係者から信仰されている。また、神話で杉と樟が舟の材料と定められたことや、五十猛命自身が埴土の舟で海を渡ったことから、造船や航海安全を守る神ともされる。紀伊国に鎮まる五十猛命への信仰は、神話上の植樹の功績と、森林を生活の基盤としてきた土地の歴史が重なって育まれたものである。
出典・参考:『日本書紀』、『続日本紀』、國學院大學 古典文化学事業「大屋毘古神」、伊太祁曽神社公式サイト「御由緒」「境内案内」
出典文献
古事記
日本書紀
先代旧事本紀
延喜式
神格
ご神徳
別称・異称
いそたけるのかみ
日本書紀/先代旧事本紀
有功之神いさおしのかみ
日本書紀
大屋彦神おおやひこのかみ
先代旧事本紀
伊太祁曽神いたきそのかみ
延喜式
神韓国伊太弖神かんからくにいたてのかみ
延喜式
韓国伊大弖神からくにいたてのかみ
延喜式
五十武命いそたけるのみこと
その他
伊曽猛命いそたけるのみこと
その他
射楯大神いたてのおおかみ
その他
神様グループ
祀られている主な神社
来宮神社
(静岡県熱海市西山町43-1)
高瀬神社
(富山県南砺市高瀬291番地)
広峯神社
(兵庫県姫路市広嶺山52)
伊太祁曽神社
(和歌山県和歌山市伊太祈曽558番地)
伊達神社
(宮城県色麻町四釜字町3 )
