オモイカネ 神社の神様 - 神社ファン

オモイカネ

おもいかね

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オモイカネ

玉蘭斎貞秀(神佛図會)

オモイカネ

歌川豊国

祭神ランキング105位

オモイカネとは?

オモイカネは記紀神話などに登場する男神である。造化三神の一柱であるタカミムスビの御子神であり、日本書紀の一書では、アメノオシホミミの妻となる万幡豊秋津師比売命(栲幡千千姫命)の兄神とされている。古事記では思金神、日本書紀では思兼神、先代旧事本紀では八意思兼神などと記される。神名は多くの思慮を兼ね備えた神を意味するとされ、知恵や思考、物事を計画して実行へ導く働きを神格化した神と考えられている。
オモイカネが最も活躍するのが天岩戸神話である。スサノオの乱暴に怒った天照大神が天岩戸へ隠れ、世界が闇に包まれると、八百万の神々は天安河原に集まり、タカミムスビの子であるオモイカネに解決策を考えさせた。オモイカネは常世の長鳴鳥を集めて鳴かせ、鏡や勾玉を作らせ、榊に掛けて祭祀を行うことを計画した。さらにアメノウズメが岩戸の前で舞い、神々が笑い声を上げることで天照大神の関心を引き、岩戸をわずかに開いたところをアメノタヂカラオが外へ引き出した。神々それぞれの能力を組み合わせ、天照大神を岩戸から導き出す一連の計画を立てたことから、オモイカネを象徴する神話となっている。
葦原中国の平定でも、その知恵が求められた。古事記では天照大神とタカミムスビが、葦原中国へ派遣する神についてオモイカネらに相談している。最初にアメノホヒが遣わされたもののオオクニヌシに従って復命せず、続いてアメノワカヒコを派遣したが、こちらも使命を果たさなかった。その後、神々と相談した末にタケミカヅチが派遣され、国譲りが実現する。オモイカネは自ら武力を振るうのではなく、神々の知恵をまとめ、適切な方法や神を選び出す参謀のような役割を担っている。
国譲りの後にはニニギの天孫降臨に随伴する神の一柱となった。古事記では天照大神から、自らの祭祀に関することを取り扱うよう命じられており、天岩戸で示した知恵だけでなく、天照大神の祭祀を支える神としても重要な位置を占めている。後世の先代旧事本紀などではその子孫についての系譜も伝えられ、信濃国の阿智祝部や武蔵国の秩父国造などにつながる祖神とされた。
こうした神話からオモイカネは知恵、学問、思考、計画、判断を司る神として信仰されている。ご利益は学業成就、学力向上、受験合格、技術向上、仕事運向上、出世開運などとされる。代表的な神社には戸隠神社中社(長野県長野市)や秩父神社(埼玉県秩父市)などがある。秩父神社では八意思兼命の名で祀られ、知恵を司る神として崇敬されている。

エピソード

神々の力を組み合わせて天岩戸を開いた知恵
スサノオの乱暴を恐れた天照大神が天岩戸へ隠れると、高天原も葦原中国も暗闇に包まれ、さまざまな災いが起こった。八百万の神々は天安河原《あめのやすのかわら》へ集まり、タカミムスビの子であるオモイカネに、天照大神を岩戸から導き出す方法を考えさせた。
オモイカネが立てた計画では、常世長鳴鳥《とこよのながなきどり》を集めて鳴かせ、鏡と勾玉を作り、榊に掛けて祭祀を行うことになった。天児屋命が祝詞を唱え、フトダマが祭具を捧げ持ち、アメノウズメが神懸かりして舞うと、集まった神々は一斉に笑った。外の騒ぎを不審に思った天照大神が岩戸をわずかに開くと、鏡を見せて外へ誘い、待ち構えていたアメノタヂカラオがその手を取って引き出した。
『古事記』はオモイカネに思わせたと記したうえで、一連の祭祀を描いている。したがって、すべてをオモイカネ一柱が実行したのではなく、神々の能力を見極め、それぞれに役割を持たせる計画を立てたことが重要である。オモイカネの知恵は単なるひらめきではなく、祭具の製作、祈り、芸能、力を一つの目的へ結び付ける総合的な思慮として表されている。

出典・参考:『古事記』上巻「天の石屋」、『日本書紀』巻第一 神代上 第七段、國學院大學「古典文化学事業 神名データベース 思金神」



失敗を重ねながら国譲りの使者を選んだ
天照大神とタカミムスビは、大国主が治める葦原中国を天神の御子に委ねるため、誰を地上へ派遣するべきか神々に諮った。『古事記』では、オモイカネが神々と相談してアメノホヒを選ぶ。しかし、アメノホヒは大国主に従い、三年を経ても高天原へ報告しなかった。
次に選ばれたアメノワカヒコも大国主の娘と結婚し、自ら葦原中国を治めようとして、八年にわたり復命しなかった。事情を確かめるために遣わされた雉を矢で射殺したため、その矢が高天原から投げ返され、アメノワカヒコ自身が命を落とす結果となった。それでも葦原中国の平定は実現せず、天照大神とタカミムスビは再びオモイカネらに意見を求めた。
オモイカネは天尾羽張神、またはその子のタケミカヅチを派遣する案を示し、最終的にタケミカヅチが地上へ降った。タケミカヅチは大国主の子神たちに国譲りの意思を問い、葦原中国の平定を成し遂げた。最初からすべてが成功したわけではなく、使者の離反や失敗を受けて方策を改め、最終的に役目に適した神を選び直したところに、オモイカネの相談役としての性格が表れている。

出典・参考:『古事記』上巻「葦原中国の平定」、『日本書紀』巻第二 神代下 第九段、國學院大學「古典文化学事業 神名データベース 思金神」



天孫降臨で託された祭祀と政事
葦原中国の平定が終わると、ニニギが地上を治めるために天降ることになった。『古事記』では、天児屋命、フトダマ、アメノウズメら五伴緒《いつとものお》に加え、三種の神宝、オモイカネ、アメノタヂカラオ、天石門別神がニニギに添えられたと記されている。天岩戸で用いられた鏡や勾玉、そこで働いた神々が、天孫降臨でも重要な役割を担ったのである。
このとき天照大神は鏡を自身の御魂として祀るよう命じ、続いてオモイカネには、先の事を取り持ちて政をせよと命じた。これは、祭祀や政務を取り仕切る役目を託した言葉と解釈されている。オモイカネは危機の際にだけ知恵を出す神ではなく、天孫による統治を継続的に支える神として地上へ送られたのである。
『古事記』はさらに、二柱の神が伊須受能宮《いすずのみや》で祀られたと記すが、この部分には複数の解釈がある。一般には、オモイカネが伊勢の宮における祭祀または政務を担ったとされる一方、ニニギが天照大神の御魂を宿す鏡とオモイカネを祀ったという説もある。いずれの解釈でも、知恵だけでなく、祭祀と政治を正しく運営することがオモイカネの重要な神格であったことが分かる。

出典・参考:『古事記』上巻「天孫降臨」、國學院大學「古典文化学事業 古事記ビューアー 天孫降臨②」、國學院大學「古典文化学事業 神名データベース 思金神」



秩父では祖神、戸隠では岩戸神話の知恵神
『先代旧事本紀』では、オモイカネの子である天表春命が信濃国(現在の長野県)の阿智祝部《あちのはふりべ》らの祖、天下春命が武蔵国(現在の埼玉県)の秩父国造《ちちぶのくにのみやつこ》らの祖とされている。また、同書の国造本紀では、初代知々夫国造の知知夫彦命をオモイカネの十世の子孫としている。
秩父神社の社伝によれば、崇神天皇の時代に知々夫国造となった知知夫彦命が、祖神である八意思兼命を祀ったことが創建の始まりとされる。現在もオモイカネは主祭神の一柱であり、政治・学問・工業・開運の祖神として信仰されている。ここでは神話上の知恵神であるだけでなく、秩父地方を開拓した一族につながる祖先神でもある。
一方、長野県の戸隠神社中社では、天八意思兼命の名で祀られている。戸隠信仰では、中社のオモイカネが天岩戸を開く方法を考え、奥社のアメノタヂカラオが岩戸を開き、火之御子社のアメノウズメが神楽を舞ったとされる。岩戸神話の神々が戸隠山の各社に分かれて祀られ、オモイカネは学業成就、商売繁盛、開運などをもたらす知恵の神として信仰を集めている。

出典・参考:『先代旧事本紀』天神本紀・国造本紀、秩父神社公式サイト「ご祭神・由緒」、戸隠神社公式サイト「戸隠神社の歴史」



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出典文献

古事記

日本書紀

先代旧事本紀

神格

知恵の神 学問の神

ご神徳

学力向上 技術向上 受験合格 出世開運

別称・異称

思金神

おもいかねのかみ

古事記

常世思金神

とこよおもいかねのかみ

古事記

思兼神

おもいかねのかみ

日本書紀/先代旧事本紀

天思兼命

あめのおもいかねのみこと

先代旧事本紀

八意思兼神

やごころおもいかねのかみ

先代旧事本紀

八意思金大神

やごころおもいかねおおかみ

その他

天八意思兼命

あめのやごころおもいかねのみこと

その他

神様グループ

三十二人の防衛 

祀られている主な神社

戸隠神社 中社
(長野県長野市戸隠3506)
秩父神社
(埼玉県秩父市番場町1-3)
皆野椋神社
(埼玉県皆野町皆野238)
戸隠神社
(千葉県市原市惣社四丁目9番18)
思金神社
(神奈川県栄区上郷町745-1)