古尾八幡宮 - 神社ファン

有名度

前頭

古尾八幡宮

ふるおはちまんぐう

山口県宇部市大字東岐波一四五〇番地の四

山口県宇部市大字東岐波一四五〇番地の四

かんたんご利益

  • 仕事
  • 勝負
古尾八幡宮には

「仕事系」「勝負系」

のご利益があります。
※かんたんご利益はご利益をジャンル毎に分けわかりやすく表示したものです。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。

ご利益

国家鎮護 殖産興業 武運長久 成功勝利

御祭神

神社系統

この神社の主な系統は

八幡系

です。
他に 「稲荷系」 「おかみ系」 「伊勢・神明系」 「宗像・厳島系」 「八王子系」 も考えられます。
※系統は御祭神や由緒による神社の分類です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。

由緒・歴史 | 特徴

四古尾八幡宮は山口県宇部市に鎮座する神社。御祭神は品陀和気命、倉稲魂命、天照皇大神、闇おかみの神、田心姫命、湍津姫命、市杵嶋姫命、武内宿祢、大さざ鷯命、伊弉那岐命、伊弉那美命、天之御中主命、素盞嗚命の13柱をまつる。
社伝では、古尾八幡宮は天平勝宝3年(751年)、豊前国の宇佐八幡宮(現在の宇佐神宮)から分霊を勧請し、古尾の地、現在の磯地五反田南方の高台中央腹に創建されたと伝える。賀宝庄、現在の佐山・阿知須・東岐波・西岐波の鎮守として祀られ、地域住民の守護神として崇敬を集めた。
創建から482年後の天福元年(1233年)、氏子たちは「王子一本松」の下で協議を行い、社を南北に分けた。南は西岐波の南方八幡宮、北は阿知須の北方八幡宮として祀られた。明治12年(1879年)6月、吉敷郡岐波村は東西に分割された。明治19年(1886年)8月1日、東岐波は南方八幡宮から分離し、末社であった稲荷神社を氏神とした。明治20年(1887年)6月1日には、東岐波氏子が南方八幡宮の分霊を奉遷している。
明治43年(1910年)、東岐波では豊浦郡内日村の室路八幡宮末社であった大河内八幡宮の遷座を請けた。さらに稲荷神社、赤崎神社、王子権現、若宮社、松堂社、村内各区の小宮を勧請・合祀し、古尾八幡宮へ改称した。同年10月20日には山口県知事の認可を受けている。
明治44年(1911年)6月1日、波雁ヶ浜(波雁山)の中央に新たな社殿を建立し、古尾八幡宮奉告祭式と遷宮を斎行した。以後、東岐波の産土神社として現在に至っている。
昭和29年(1954年)10月1日、吉敷郡東岐波村は宇部市へ編入された。昭和58年(1983年)11月27日には、南北分社750年を記念した旧社地顕彰完工式が行われた。
神紋は左三つ巴を用いる。例大祭は10月10日、または近い体育の日に行われる。年間行事には、祈年祭、春季例祭、夏越大祓祭、祇園祭、風鎮祭、秋季例大祭本祭典、旧社地記念祭、新穀感謝祭、年越大祓祭などが伝わる。
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神社詳細

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出典
公式サイト
http://furuo.net/
山口県神社庁
http://www.yamaguchi-jinjacho.or.jp/