総社大神宮 - 神社ファン

有名度

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総社大神宮

そうじゃだいじんぐう

福井県越前市京町1丁目4-35

福井県越前市京町1丁目4-35

かんたんご利益

  • 恋愛
  • 仕事
  • 子供
総社大神宮には

「恋愛系」「仕事系」「子供系」

のご利益があります。
※かんたんご利益はご利益をジャンル毎に分けわかりやすく表示したものです。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。

ご利益

縁結び 五穀豊穣 商売繁盛 子授け

御祭神

主祭神

大己貴命 おおなむちのみこと

主祭神

孝謙天皇 こうけんてんのう

相殿

天常立尊 てんちしんれい(あめのとこたちのみこと

相殿

国常立尊 くにのとこたちのみこと)

相殿

五十八末社 あまてらすすめおおみかみ

相殿

越前国中官社 百二十六座 ごじゅうはちまっしゃ(さいじんふしょう)

相殿

多記理毘賣命 えちぜんこくちゅうかんしゃ ひゃくにじゅろくざ

相殿

狭依毘賣命 たきりびめのみこと

相殿

多記都毘賣命 さよりびめのみこと

相殿

少彦名命 たぎつびめのみこと

相殿

事代主命 すくなひこなのみこと

相殿

猿田彦命 ことしろぬしのみこと

相殿

市杵島姫命 さるたひこのみこと
菅原道真公 いちきしまひめのみこと

神社系統

この神社の主な系統は

出雲・オオナムチ系」 「不明(1柱)」

です。
他に 「不明(3柱)」 「伊勢・神明系」 「宗像・厳島系」 「えびす系」 「白髭・猿田彦系」 「天満・天神系」 も考えられます。
※系統は御祭神や由緒による神社の分類です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。

由緒・歴史 | 特徴

総社大神宮は福井県越前市に鎮座する神社。御祭神は大己貴命、孝謙天皇、天常立尊、国常立尊、天照皇大神、五十八末社、越前国中官社 百二十六座、多記理毘賣命、狭依毘賣命、多記都毘賣命、少彦名命、事代主命、猿田彦命、市杵島姫命、菅原道真公をまつる。
社格は越前国の総社であり、旧県社。
総社大神宮は、大化の改新後に越前国府(現・越前市)が置かれたのち、国司が国内の官社や『越前国神名帳』に載る諸社を巡拝する制度の中で成立した。国司は着任のたびに諸社を巡る必要があったが、巡拝の負担を軽減し、また急を要する祈願に対応するため、国内の神霊を一か所に合祀する「総社」が設けられ、当社が越前国の総社と定められた。
奈良時代の天平11年(739年)には、聖武天皇の勅願により諸国の総社に大己貴命を併せ祀ることとなり、総社大神宮でも同年5月5日に神霊が遷されたと社伝に伝わる。この際、大和国大神神社の祭主の後裔である太田田根子命の子孫・忠麻呂を筑前国糟屋郡から召し寄せ、奉仕の職にあたらせたとされ、これが現在まで続く糟谷氏の奉仕の始まりとされる。
その後、当社は越前一宮・二宮と並んで越前を代表する神社として発展し、社領百余町を有し社家十家が並ぶほどの社勢を誇った。鎌倉末の正応年間(1288~1293年)には、一遍上人の弟子・他阿真教がたびたび参詣した記録が残り、白山平泉寺僧徒との争乱も歴史に名を残している。
室町から戦国期にかけては兵火や争乱により神領の蚕食や社殿焼失など衰微の時代を迎えたが、天正元年(1472年)には守護朝倉孝景が神領安堵の黒印状を与え、さらに天正年間(1573~1592年)には織田信長の朱印状が出されている。前田利家が府中城主となった時期には本殿・拝殿が寄進され、のちに松平秀康の入国以降は越前松平家の厚い崇敬のもと数多くの寄進が続き、文化元年(1804年)には千年大祭が斎行された。
近世末期には旧福井藩で郷社に列し、明治8年(1875年)には敦賀県で県社に昇格、明治41年(1908年)には神饌幣帛料供進社に指定された。また明治44年(1911年)には武生市並木町の神明神社(天照皇大神)を合祀している。現在の社殿は大正15年(1926年)の造営で、本殿は流造、拝殿は入母屋造に千鳥破風と唐破風の向拝を備え、総社としての歴史と風格を今に伝えている。
  • 県社
  • 総社(越前国)
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出典
公式サイト
http://osonjasan.jp/
福井県神社庁
https://www.jinja-fukui.jp/