孝謙天皇 神社の神様 - 神社ファン

孝謙天皇

こうけんてんのう

  • 歴史的人物
  • 男神・男性
孝謙天皇

表記なし(パブリック・ドメイン)

祭神ランキング582位

  • 天皇

奈良 [718年~770年]

  • ご神徳
  • 同一神
  • 主な神社
  • 孝謙天皇とは?

    孝謙天皇(718-770)は奈良時代の女性天皇。父親は第45代聖武天皇、母親は光明皇后である。749年から758年までは孝謙天皇として即位し、764年から770年までは称徳天皇として重祚し、2度の天皇を務めた。32歳にして聖武天皇からの譲位により即位した孝謙は、母光明皇后の後見が厚く、また新たに設置された紫微中台には皇太后の甥である藤原仲麻呂が任じられている。孝謙は東大寺大仏開眼などを行い天平文化の華を咲かせることになるが、聖武上皇が崩御すると勢力を大きく拡大した藤原仲麻呂と孝謙天皇は、皇太子であった同祖王を廃し大炊王を新たな皇太子とした。これらの動きに反発した橘奈良麻呂らは反乱を企てるが失敗。世にいう橘奈良麻呂の乱である。孝謙天皇は病気の光明皇太后に仕えることを理由に淳仁天皇に譲位し太上天皇となる。その後、光明皇太后が崩御すると孝謙上皇と仲麻呂・淳仁天皇の関係は徐々に微妙なものとなり、病に臥せった孝謙は弓削の僧侶道鏡を寵愛するようになる。やがて仲麻呂らが戦闘準備を整え始めたことを知ると孝謙と仲麻呂の対立は表面化し、藤原仲麻呂の乱として激突。仲麻呂らを廃した孝謙は淳仁天皇をも廃位にし、称徳天皇として重祚することになる。 孝謙天皇は栃木県下野市の孝謙天皇神社に祭神として祀られている。孝謙天皇神社には後に政界を追われ下野国に配流された道鏡を追ってこの地までたどり着いたが病によって亡くなったという伝説が残っている。

    ご神徳

    ご神徳は不明です。

    別称・異称

    称徳天皇

    しょうとくてんのう

    その他

    高野天皇

    たかぬのすめらみこと

    日本書紀

    宝字称徳孝謙皇帝

    ほうじしょうとくこうけんこうてい

    その他

    倭根子天皇

    やまとねこのすめらみこと

    その他

    高野姫天皇

    たかのひめてんのう

    その他