若宮八幡神社 三次市 - 神社ファン

有名度

前頭

若宮八幡神社

わかみやはちまんじんじゃ

広島県三次市十日市南4-7-55

広島県三次市十日市南4-7-55

若宮八幡神社以外にも 若宮さん とも呼ばれます。


かんたんご利益

  • 仕事
  • 勝負
若宮八幡神社には

「仕事系」「勝負系」

のご利益があります。
※かんたんご利益はご利益をジャンル毎に分けわかりやすく表示したものです。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。

ご利益

国家鎮護 殖産興業 武運長久 成功勝利

御祭神

神社系統

この神社の主な系統は

八幡系

です。
他に 「少彦名系」 「祇園・須佐系」 「不明(2柱)」 「浅間・サクヤビメ系」 「三島・大山祇系」 「愛宕・秋葉系」 も考えられます。
※系統は御祭神や由緒による神社の分類です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。

由緒・歴史 | 特徴

若宮八幡神社は広島県三次市に鎮座する神社。御祭神は、誉田別尊(応神天皇、八幡神)、気長足姫尊(神功皇后)、仲姫命、武内宿禰大臣、足仲彦尊、玉依姫尊、少彦名神、素盞嗚尊、中臣常磐大連公、伊弉諾尊、伊弉冉尊、栲幡千千姫命、木花咲耶姫命、大山祇命、軻遇突智命の15柱をまつる。
社格は旧村社。
保元年間(1156年〜1159年)、畠敷村の比叡尾山城主であった三吉兼連が、山城国男山八幡宮を勧請したと伝えられている。『芸藩通志』には、鎌倉時代初期、三吉村の地頭である三吉兼範が、山城国男山八幡宮を原村の救山へ勧請したと記される。
天文4年(1535年)、兵火により社殿が焼失した。その後、三吉致高によって鏡山八幡神社として新たに社殿が造立された。弘治3年(1557年)9月3日、三吉氏14代の三吉隆亮が、神社を上里村寺戸へ遷座した。この時の棟札が現在も伝わっている。上里村の記録には、八幡宮宝殿造立に関わった人物として、三吉隆亮、三吉致高、社務の泉三郎五郎藤原久正の名が記されている。
天正10年(1582年)には、三吉隆亮が寄進した鉄燈籠が残された。この頃、神社は上里村八幡神社と呼ばれ、神田として毎年200石の社領を有していた。享保2年(1717年)、浅野長澄によって社殿の修復が行われた。近世には、上里村、三次町、原村、東河内村の一部の産土神として崇敬を受けた。明治期に入ると村社に列した。大正4年(1915年)には、双三郡原町内の愛宕神社、大山神社、太歳神社、若宮神社、救神社を合祀した。翌大正5年(1916年)10月、現在地へ遷座した。昭和3年(1928年)には拝殿が新築されている。本殿は方3間の入母屋造平入で、正面に千鳥破風を備え、向拝には軒唐破風を付す。例祭は毎年10月第3日曜日に行われ、神輿による神幸も執り行われる。
  • 村社
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神社詳細

摂末社・境内社

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例祭

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文化財

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建築

本殿 入母屋造銅板葺

神紋

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出典
Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%8B%A5%E5%AE%AE%E5%85%AB%E5%B9%A1%E7%A5%9E%E7%A4%BE_(%E4%B8%89%E6%AC%A1%E5%B8%82%E5%8D%81%E6%97%A5%E5%B8%82)
広島県神社庁
https://www.hiroshima-jinjacho.jp/