万幡豊秋津師比売命/栲幡千千姫命
よろずはたとよあきつしひめのみこと/たくはたちぢひめのみこと
- 神話・伝説
- 女神・女性

玉蘭斎貞秀(神佛図會)
祭神ランキング102位
万幡豊秋津師比売命/栲幡千千姫命とは?
万幡豊秋津師比売命は記紀神話に登場する女神である。古事記では万幡豊秋津師比売命、日本書紀では栲幡千千姫などと記される。古事記では高木神ことタカミムスビの娘で、天照大神の御子神であるアメノオシホミミの妻となり、天火明命とニニギを産んだ。天孫降臨によって地上へ降ったニニギの母にあたり、皇室の祖神の一柱として重要な位置を占める。
日本書紀本文では高皇産霊尊の娘で、天忍穂耳尊との間に天津彦彦火瓊瓊杵尊を産んだとされる。一方、日本書紀の一書には思兼神の妹とする伝承や、高皇産霊尊の孫にあたるとする伝承なども収められており、神名や系譜には異同がある。
神名の「栲」は梶や楮などの樹皮から採った繊維や、それを用いて作られた布を指す古語とされ、「幡」は織物や機織りと関係する言葉と考えられている。このため栲幡千千姫という神名は、豊かで美しい織物を象徴する名と解釈され、万幡豊秋津師比売命は織物や機織りを司る神として信仰されるようになった。
記紀には万幡豊秋津師比売命自身が機を織ったという神話は記されていない。しかし古代の祭祀では神に捧げる衣服や織物が重要な役割を持っていた。古事記の天岩戸神話にも、天照大神が忌服屋で神御衣を織らせていたことが記されており、機織りは神に奉仕する神聖な仕事でもあった。こうした古代の織物文化と神名が結びつき、後世には機織りや織物業を守護する神として広く崇敬されるようになった。
また、アメノオシホミミの妻となってニニギを産んだ母神であることから、子授けや安産、子孫繁栄の神としても信仰されている。万幡豊秋津師比売命のご利益は織物業守護、機織り・技芸上達、産業繁栄、子授け、安産、子孫繁栄などとされる。
代表的な神社には泉穴師神社(大阪府泉大津市)、岩屋神社(京都府京都市)などがある。また尾張国一之宮・真清田神社(愛知県一宮市)の摂社である服織神社では、織物の神として万幡豊秋津師比売命が祀られている。
エピソード
『古事記』では、タカミムスビの別名である高木神の娘・万幡豊秋津師比売命が、天照大神の御子神であるアメノオシホミミの妻となり、天火明命とニニギを生んだと記されている。葦原中国への天降りを命じられたアメノオシホミミは、その準備をしている間にニニギが生まれたため、この御子を降すべきであると申し出た。こうしてニニギが天孫降臨の主人公となった。
『日本書紀』本文でも、天照大神の子である天忍穂耳尊が高皇産霊尊の娘・栲幡千千姫を娶り、天津彦彦火瓊瓊杵尊を生んだとする。高皇産霊尊は外孫にあたる瓊瓊杵尊を特に慈しみ、葦原中国の統治者として降臨させようとした。
万幡豊秋津師比売命は、物語の中で自ら言葉を発したり行動したりする女神ではない。しかし、その婚姻によって天照大神の系譜と高御産巣日神の系譜が結ばれ、両神の孫にあたるニニギが誕生した。天孫降臨とその先に続く皇統の系譜を成立させる母神として、重要な位置を占めている。
出典・参考:『古事記』上巻「天孫降臨」、『日本書紀』巻第二 神代下
万幡豊秋津師比売命と栲幡千千姫命は同じ女神なのか
『古事記』では万幡豊秋津師比売命、『日本書紀』本文では栲幡千千姫と記され、いずれもタカミムスビの娘、アメノオシホミミの妻、ニニギの母という共通した位置に置かれている。このため、現在では同じ女神の異なる神名として扱われるのが一般的である。
しかし、『日本書紀』に収められた一書では、神名と系譜が一定していない。一書第一ではオモイカネの妹・万幡豊秋津媛命とされ、天照大神によって天忍穂耳尊の妃とされた。一書第六では高皇産霊尊の娘・栲幡千千姫万幡姫命とする一方、高皇産霊尊の子である火之戸幡姫の娘・千千姫命とする伝承も併記されている。ほかにも万幡姫、天万栲幡千幡姫などの名が見える。
こうした違いから、万幡を名に持つ女神と栲幡を名に持つ女神は、もともと異なる伝承に属する女神であり、天孫の母という共通の役割を与えられる過程で重ねられたとする説もある。ただし、古典上で別神と断定できるわけではなく、後世の神社信仰では万幡豊秋津師比売命と栲幡千千姫命を同じ女神として祀る例が広く見られる。
出典・参考:『古事記』上巻、『日本書紀』巻第二 神代下、國學院大學古典文化学事業「万幡豊秋津師比売命」「天孫降臨①」
万幡豊秋津師比売命・栲幡千千姫命は機織りの神として知られているが、『古事記』『日本書紀』には、この女神が実際に布を織る場面は記されていない。機織りの神格は、主として神名と後世の祭祀から形成されたものと考えられる。
栲は梶や楮などの樹皮から採った繊維、またはその繊維で作った白い布を表す古語である。幡は織り上げた布や機織りを意味する。万幡や栲幡を含む神名は、多くの織物や優れた布を連想させるため、織物を作る女性の神聖な働きを象徴する女神として信仰されるようになった。
平安時代初期に成立した『皇太神宮儀式帳』には、万幡豊秋津姫がアメノタヂカラオとともに、天照大神と同殿に祀られていたことが記されている。これを、天照大神に奉る神御衣《かんみそ》と関わる機織りの女神であったことを示す記録とみる説もある。
現在も大阪府泉大津市の泉穴師神社では紡織の神、愛知県一宮市の真清田神社摂社・服織神社では織物の神として祀られている。真清田神社の一宮七夕まつりでは、万幡豊秋津師比売命への感謝と機織工業の繁栄が祈られており、神名から生まれた織物信仰が地域産業の守護へ発展した姿を見ることができる。
出典・参考:『皇太神宮儀式帳』、國學院大學古典文化学事業「万幡豊秋津師比売命」、泉穴師神社公式ホームページ「ご祭神・由緒」、真清田神社公式ホームページ「一宮七夕まつり」
出典文献
古事記
日本書紀
先代旧事本紀
古語拾遺
神格
ご神徳
別称・異称
よろずはたとよあきつしひめのみこと
古事記
栲幡千千姫たくはたちぢひめ
日本書紀
万幡姫よろずはたひめ
日本書紀
万幡豊秋津媛命よろずはたとよあきつひめのみこと
日本書紀
千千姫命ちぢひめのみこと
日本書紀
天万栲幡千幡姫あまよろずたくはやひぢひめ
日本書紀
栲幡千千姫万幡姫命たくはたちぢひめよろずはたひめのみこと
日本書紀
栲幡千幡姫たくはたちはたひめ
日本書紀
万幡豊秋津師姫栲幡千千姫命よろずはたとよあきつしひめたくはたちぢひめのみこと
先代旧事本紀
万幡豊秋津師姫命よろずはたとよあきつしひめのみこと
先代旧事本紀
栲幡千千姫命たくはたちぢひめのみこと
古語拾遺
万幡比売命よろずはたひめのみこと
その他
万幡豊秋津姫命よろずはたとよあきつひめのみこと
その他
天万栲幡千幡比売命あめのよろずたくはたちはたひめのみこと
その他
栲幡千千比売命たくはたちぢひめのみこと
その他
栲幡姫命たくはたちぢひめのみこと
その他
栲機千千姫命たくはたちぢひめのみこと
その他
栲藩千千姫命たくはたちぢひめのみこと
その他
祀られている主な神社
戸隠神社 火之御子社
(長野県長野市戸隠2412)
伊豆山神社
(静岡県熱海市伊豆山708-1)
静岡浅間神社
(静岡県葵区宮ヶ崎町102-1)
天照皇大神宮
(福岡県久山町大字猪野604)
磯部稲村神社
(茨城県桜川市磯部779番地)
