有名度
関脇大國魂神社
おおくにたまじんじゃ
東京都府中市宮町3-1
東京都府中市宮町3-1



大國魂神社は、武蔵国の総社として古くから崇敬を集めてきた由緒ある神社です。ご祭神・大國魂大神は、縁結びや厄除けの神様として知られ、多くの人々に親しまれています。ケヤキ並木の参道が美しい広大な境内では、毎年行われる「くらやみ祭」などの伝統行事も見どころです。千年以上の歴史と自然の息づかいを感じられる、府中の象徴的な神社です。
大國魂神社以外にも 六所宮 とも呼ばれます。
神社ワードクラウド
大國魂神社の特徴を視覚的にわかりやすく表現しています。詳しくは見どころをご確認ください。
かんたんご利益
- 恋愛
- 厄除
大國魂神社には
「恋愛系(有名)」「厄除・開運系(有名)」
のご利益があります。※かんたんご利益はご利益をジャンル毎に分けわかりやすく表示したものです。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。
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ご利益
公
縁結び 厄除け 厄払い
御祭神
公
中殿 主祭神
大國魂大神 おおくにたまのおおかみ
東殿 一ノ宮
小野大神 不明
東殿 二ノ宮
小河大神 不明
東殿 三ノ宮
氷川大神 不明
西殿 四ノ宮
秩父大神 不明
西殿 五ノ宮
金佐奈大神 不明
西殿 六ノ宮
杉山大神 不明
中殿 不明
御霊大神 ごりょうおおかみ
中殿 不明
国内諸神 こくないしょしん
神社系統
この神社の主な系統は
「大國魂系」
です。※系統は御祭神や由緒による神社の分類です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。
由緒・歴史 | 特徴
大國魂神社は東京都府中市にある神社。主祭神は大國魂大神。
社格は武蔵国の総社であり、別表神社で旧官幣小社。東京五社のひとつ。
府中は古くは武蔵国の国府であり、地名はそれに由来する。国内の一宮から六宮までをあわせて祀っているので「六所宮」とも呼ばれる。
社伝によれば創建は景行天皇41年(111年)。大國魂大神がその地に降臨し、民衆がそれを祀ったのに始まるという。出雲臣天穂日命の後裔が武蔵国造に任じられて当社に奉仕し、その後も歴代の国造が祭祀を担ったと伝えられている。645年、大化の改新で武蔵国の国府が境内に置かれ、総社として国内の神社の管理をおこなった。当社は国衙の斎場とされ、国司が国内の祭務を統轄したことが武蔵国総社の起源とされる。のち国内の有名な6社の神々を祀って「武蔵総社六所宮」と呼ばれるようになった。六所とは、一ノ宮の小野大神、二ノ宮の小河大神、三ノ宮の氷川大神、四ノ宮の秩父大神、五ノ宮の金佐奈大神、六ノ宮の杉山大神である。1062年、前九年の役を平定するため遠征する源頼義と義家の親子が当社で戦勝を祈願。1182年には子孫の源頼朝が妻の安産を祈願した。この安産祈願は、天鈿女命を祀る境内の宮乃咩神社で行われたと伝えられている。文治2年(1186)には頼朝が武蔵守義信を奉行として社殿を造営し、貞永元年(1232)にも将軍藤原頼経のもとで社殿が修造された。1590年、徳川家康が江戸城に入ると社領を加増され社殿などの造営もなされた。家康は社領500石を寄進し、慶長11年(1606)には大久保長安を奉行として社殿を造営させた。正保3年(1646)の府中本町の大火で社殿や文書を焼失したが、寛文7年(1667)、第4代将軍徳川家綱の命を受けた久世広之によって現在の本殿が造営された。1861年には新選組の近藤勇が天然理心流を継ぐ際に境内で披露試合をおこなっている。明治元年(1868)に准勅祭社、明治7年(1874)に県社、明治18年(1885)に官幣小社となった。中古以降は武蔵総社六所宮の社号が用いられていたが、明治4年(1871)にもとの大國魂神社へ復称した。
大國魂神社は東京都府中市にある神社。主祭神は大國魂大神。
社格は武蔵国の総社であり、別表神社で旧官幣小社。東京五社のひとつ。
府中は古くは武蔵国の国府が置かれた地であり、その地名も国府に由来する。大國魂神社は武蔵国内の一宮から六宮までの神々をあわせて祀ることから「六所宮」とも呼ばれ、武蔵国を代表する神社として信仰されてきた。
社伝によれば、創建は景行天皇41年(111)。大國魂大神がこの地に降臨し、土地の人々が祀ったことに始まると伝えられている。その後、出雲臣天穂日命の後裔が武蔵国造に任じられて当社に奉仕し、歴代の国造が祭祀を担ったという。
大化元年(645)の大化の改新以降、武蔵国の国府がこの地に置かれると、大國魂神社は国衙の斎場として重要な役割を担うようになった。国司が国内の祭祀を統轄するにあたり、国内の神々をあわせて祀る総社として整えられたことが、武蔵国総社としての始まりとされる。
やがて武蔵国内の主要な六社の神々が祀られ、「武蔵総社六所宮」と称されるようになった。一ノ宮の小野大神、二ノ宮の小河大神、三ノ宮の氷川大神、四ノ宮の秩父大神、五ノ宮の金佐奈大神、六ノ宮の杉山大神である。国司は総社を参拝することで国内の主要な神々をあわせて祭祀することができ、大國魂神社は武蔵国の信仰の中心として発展した。
平安時代後期には源氏との関係も深まった。康平5年(1062)、前九年の役を平定するため奥州へ向かう源頼義・義家父子が当社で戦勝を祈願したと伝えられる。寿永元年(1182)には源頼朝が妻・北条政子の安産を祈願した。この安産祈願は、天鈿女命を祀る境内社の宮乃咩神社で行われたと伝えられている。
文治2年(1186)には頼朝が武蔵守義信を奉行として社殿を造営し、貞永元年(1232)にも鎌倉幕府第4代将軍・藤原頼経のもとで社殿が修造された。武蔵国総社として、鎌倉幕府からも崇敬を受けていた。
天正18年(1590)、徳川家康が江戸へ入ると大國魂神社もその庇護を受けた。家康は社領500石を寄進し、慶長11年(1606)には大久保長安を奉行として社殿を造営させた。
正保3年(1646)の府中本町の大火では社殿や多くの文書を焼失したが、寛文7年(1667)、第4代将軍・徳川家綱の命を受けた久世広之によって社殿が再建された。この時に造営された本殿が、修理を重ねながら現在まで受け継がれている。
幕末の文久元年(1861)には、後に新選組局長となる近藤勇が天然理心流を継ぐ際、境内で襲名披露の野試合を行ったとされる。
明治元年(1868)には准勅祭社に定められ、明治4年(1871)、中世以来用いられてきた「武蔵総社六所宮」から大國魂神社へ復称した。明治7年(1874)に県社、明治18年(1885)には官幣小社に列せられた。
東京都有形文化財に指定されている本殿は、流造の三つの社殿を横につないだ「三殿一棟」の相殿造である。九間社流造、向拝五間の大規模な社殿で、外部は総朱塗りとなっている。
中央の中殿には大國魂大神・御霊大神・国内諸神、東殿には一ノ宮から三ノ宮、西殿には四ノ宮から六ノ宮の神々を祀る。この構成そのものが、武蔵国内の神々をあわせて祀る総社としての性格を表している。慶応3年(1867)の大修理や昭和期の修復を経ながら、寛文7年(1667)の建立当時の構造を現在に伝えている。
大國魂神社の参道に続く「馬場大門のケヤキ並木」は、国の天然記念物に指定されている。社伝では、源頼義・義家父子が前九年の役を平定した帰途、戦勝祈願の礼としてケヤキの苗木1000本を奉納したことに始まるとされる。また徳川家康も馬場とケヤキを寄進したと伝えられている。
頼義・義家の時代のケヤキそのものは現存しておらず、現在の並木に残る古木は、家康による慶長年間の補植や馬場の寄進、その後の寛文年間の植え継ぎなどに由来すると考えられている。長い歴史を持つケヤキ並木は、大正13年(1924)に国の天然記念物に指定された。
大國魂神社をなんと言っても特徴づけている祭礼が、毎年5月に行われる「くらやみ祭」である。古くは国府祭とも呼ばれ、武蔵国の国府で行われた祭祀の伝統を受け継ぐ祭礼とされる。
「くらやみ祭」の名は、かつて神輿渡御が深夜に行われ、その際に街の明かりを消して暗闇の中で神事を行ったことに由来する。昭和36年(1961)から神輿渡御の開始時刻が夕刻へと改められた。
5月5日の神輿渡御では、6張りの大太鼓に導かれて8基の神輿が御旅所へ向かう。武蔵国総社として受け継がれてきた祭祀の歴史を現在に伝える祭礼で、「武蔵府中くらやみ祭」として東京都指定無形民俗文化財となっている。
社格は武蔵国の総社であり、別表神社で旧官幣小社。東京五社のひとつ。
府中は古くは武蔵国の国府であり、地名はそれに由来する。国内の一宮から六宮までをあわせて祀っているので「六所宮」とも呼ばれる。
社伝によれば創建は景行天皇41年(111年)。大國魂大神がその地に降臨し、民衆がそれを祀ったのに始まるという。出雲臣天穂日命の後裔が武蔵国造に任じられて当社に奉仕し、その後も歴代の国造が祭祀を担ったと伝えられている。645年、大化の改新で武蔵国の国府が境内に置かれ、総社として国内の神社の管理をおこなった。当社は国衙の斎場とされ、国司が国内の祭務を統轄したことが武蔵国総社の起源とされる。のち国内の有名な6社の神々を祀って「武蔵総社六所宮」と呼ばれるようになった。六所とは、一ノ宮の小野大神、二ノ宮の小河大神、三ノ宮の氷川大神、四ノ宮の秩父大神、五ノ宮の金佐奈大神、六ノ宮の杉山大神である。1062年、前九年の役を平定するため遠征する源頼義と義家の親子が当社で戦勝を祈願。1182年には子孫の源頼朝が妻の安産を祈願した。この安産祈願は、天鈿女命を祀る境内の宮乃咩神社で行われたと伝えられている。文治2年(1186)には頼朝が武蔵守義信を奉行として社殿を造営し、貞永元年(1232)にも将軍藤原頼経のもとで社殿が修造された。1590年、徳川家康が江戸城に入ると社領を加増され社殿などの造営もなされた。家康は社領500石を寄進し、慶長11年(1606)には大久保長安を奉行として社殿を造営させた。正保3年(1646)の府中本町の大火で社殿や文書を焼失したが、寛文7年(1667)、第4代将軍徳川家綱の命を受けた久世広之によって現在の本殿が造営された。1861年には新選組の近藤勇が天然理心流を継ぐ際に境内で披露試合をおこなっている。明治元年(1868)に准勅祭社、明治7年(1874)に県社、明治18年(1885)に官幣小社となった。中古以降は武蔵総社六所宮の社号が用いられていたが、明治4年(1871)にもとの大國魂神社へ復称した。
大國魂神社は東京都府中市にある神社。主祭神は大國魂大神。
社格は武蔵国の総社であり、別表神社で旧官幣小社。東京五社のひとつ。
府中は古くは武蔵国の国府が置かれた地であり、その地名も国府に由来する。大國魂神社は武蔵国内の一宮から六宮までの神々をあわせて祀ることから「六所宮」とも呼ばれ、武蔵国を代表する神社として信仰されてきた。
社伝によれば、創建は景行天皇41年(111)。大國魂大神がこの地に降臨し、土地の人々が祀ったことに始まると伝えられている。その後、出雲臣天穂日命の後裔が武蔵国造に任じられて当社に奉仕し、歴代の国造が祭祀を担ったという。
大化元年(645)の大化の改新以降、武蔵国の国府がこの地に置かれると、大國魂神社は国衙の斎場として重要な役割を担うようになった。国司が国内の祭祀を統轄するにあたり、国内の神々をあわせて祀る総社として整えられたことが、武蔵国総社としての始まりとされる。
やがて武蔵国内の主要な六社の神々が祀られ、「武蔵総社六所宮」と称されるようになった。一ノ宮の小野大神、二ノ宮の小河大神、三ノ宮の氷川大神、四ノ宮の秩父大神、五ノ宮の金佐奈大神、六ノ宮の杉山大神である。国司は総社を参拝することで国内の主要な神々をあわせて祭祀することができ、大國魂神社は武蔵国の信仰の中心として発展した。
平安時代後期には源氏との関係も深まった。康平5年(1062)、前九年の役を平定するため奥州へ向かう源頼義・義家父子が当社で戦勝を祈願したと伝えられる。寿永元年(1182)には源頼朝が妻・北条政子の安産を祈願した。この安産祈願は、天鈿女命を祀る境内社の宮乃咩神社で行われたと伝えられている。
文治2年(1186)には頼朝が武蔵守義信を奉行として社殿を造営し、貞永元年(1232)にも鎌倉幕府第4代将軍・藤原頼経のもとで社殿が修造された。武蔵国総社として、鎌倉幕府からも崇敬を受けていた。
天正18年(1590)、徳川家康が江戸へ入ると大國魂神社もその庇護を受けた。家康は社領500石を寄進し、慶長11年(1606)には大久保長安を奉行として社殿を造営させた。
正保3年(1646)の府中本町の大火では社殿や多くの文書を焼失したが、寛文7年(1667)、第4代将軍・徳川家綱の命を受けた久世広之によって社殿が再建された。この時に造営された本殿が、修理を重ねながら現在まで受け継がれている。
幕末の文久元年(1861)には、後に新選組局長となる近藤勇が天然理心流を継ぐ際、境内で襲名披露の野試合を行ったとされる。
明治元年(1868)には准勅祭社に定められ、明治4年(1871)、中世以来用いられてきた「武蔵総社六所宮」から大國魂神社へ復称した。明治7年(1874)に県社、明治18年(1885)には官幣小社に列せられた。
東京都有形文化財に指定されている本殿は、流造の三つの社殿を横につないだ「三殿一棟」の相殿造である。九間社流造、向拝五間の大規模な社殿で、外部は総朱塗りとなっている。
中央の中殿には大國魂大神・御霊大神・国内諸神、東殿には一ノ宮から三ノ宮、西殿には四ノ宮から六ノ宮の神々を祀る。この構成そのものが、武蔵国内の神々をあわせて祀る総社としての性格を表している。慶応3年(1867)の大修理や昭和期の修復を経ながら、寛文7年(1667)の建立当時の構造を現在に伝えている。
大國魂神社の参道に続く「馬場大門のケヤキ並木」は、国の天然記念物に指定されている。社伝では、源頼義・義家父子が前九年の役を平定した帰途、戦勝祈願の礼としてケヤキの苗木1000本を奉納したことに始まるとされる。また徳川家康も馬場とケヤキを寄進したと伝えられている。
頼義・義家の時代のケヤキそのものは現存しておらず、現在の並木に残る古木は、家康による慶長年間の補植や馬場の寄進、その後の寛文年間の植え継ぎなどに由来すると考えられている。長い歴史を持つケヤキ並木は、大正13年(1924)に国の天然記念物に指定された。
大國魂神社をなんと言っても特徴づけている祭礼が、毎年5月に行われる「くらやみ祭」である。古くは国府祭とも呼ばれ、武蔵国の国府で行われた祭祀の伝統を受け継ぐ祭礼とされる。
「くらやみ祭」の名は、かつて神輿渡御が深夜に行われ、その際に街の明かりを消して暗闇の中で神事を行ったことに由来する。昭和36年(1961)から神輿渡御の開始時刻が夕刻へと改められた。
5月5日の神輿渡御では、6張りの大太鼓に導かれて8基の神輿が御旅所へ向かう。武蔵国総社として受け継がれてきた祭祀の歴史を現在に伝える祭礼で、「武蔵府中くらやみ祭」として東京都指定無形民俗文化財となっている。
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見どころ
神社詳細
公式URL
摂末社・境内社
摂社 宮乃咩神社
天鈿女命あめのうづめのみこと
境外摂社 坪宮
兄多毛比命えたもひのみこと
末社 松尾神社
大山咋命おおやまくいのみこと
末社 巽神社
市杵嶋姫命いちきしまひめのみこと
末社 東照宮
徳川家康公末社 住吉神社
表筒男命うはづつおのみこと
中筒男命なかづつおのみこと
底筒男命そこづつおのみこと
末社 大鷲神社
大鷲大神おおとりのおおかみ
末社 神戸稲荷神社
祭神不明末社 水神社
水波能売命みずはめのみこと
加茂別雷命かもわきいかずちのみこと
玉依姫命たまよりひめのみこと
加茂別建角身命かもわきたけぬみのみこと
境外末社 瀧神社
賀茂別雷命かもわきいかずちのみこと
玉依姫命たまよりひめのみこと
賀茂建角身命かもわきたけぬみのみこと
境外末社 天神社
少名彦命すくなひこのみこと
境外末社 日吉神社
祭神不明例祭
初太鼓打初式祭 1月1日
歳旦祭 1月31日
海幸山幸祭 1月2日
元始祭 1月3日
日吉神社例祭 府中市宮町鎮座 1月15日
節分祭 2月3日
建国祭(紀元節祭) 2月11日
坪宮例祭 府中市本町鎮座 2月15日
祈年祭 2月17日
天神社例祭 府中市宮町鎮座 1月25日
氷雨祭 3月4日
稲荷神社例祭 3月4日
春季祭 3月10日
春季皇霊祭遥拝式 3月春分の日
滝神社例祭 府中市清水が丘鎮座 4月1日
巽神社例祭 4月1日
くらやみ祭 4月30日~5月6日
東照宮例祭 6月1日
夏至祭 夏至
大祓式 6月30日
宮乃咩神社例祭 7月12日
青袖祭 7月12日
杉舞祭 7月13日
すもも祭 7月20日
八朔相撲祭 8月1日
風祭 8月7日
国府八幡宮例祭 8月15日
松尾神社例祭 9月13日
秋季皇霊祭遥拝式 9月秋分の日
忠魂碑慰霊祭 9月24日
秋季祭くり祭 9月27・28日
住吉神社例祭 10月1日
神嘗祭遥拝式・神嘗奉祝祭 10月17日
軍艦多摩戦歿者慰霊祭 10月25日
文化祭 11月3日
七五三詣 11月15日
大鷲神社例祭 11月酉の日
新嘗祭(新穀感謝祭) 11月23日
水神社例祭 12月16日
冬至祭 冬至の日
天皇誕生祭(天長祭) 12月23日
煤払祭 12月27日
歳旦祭 1月31日
海幸山幸祭 1月2日
元始祭 1月3日
日吉神社例祭 府中市宮町鎮座 1月15日
節分祭 2月3日
建国祭(紀元節祭) 2月11日
坪宮例祭 府中市本町鎮座 2月15日
祈年祭 2月17日
天神社例祭 府中市宮町鎮座 1月25日
氷雨祭 3月4日
稲荷神社例祭 3月4日
春季祭 3月10日
春季皇霊祭遥拝式 3月春分の日
滝神社例祭 府中市清水が丘鎮座 4月1日
巽神社例祭 4月1日
くらやみ祭 4月30日~5月6日
東照宮例祭 6月1日
夏至祭 夏至
大祓式 6月30日
宮乃咩神社例祭 7月12日
青袖祭 7月12日
杉舞祭 7月13日
すもも祭 7月20日
八朔相撲祭 8月1日
風祭 8月7日
国府八幡宮例祭 8月15日
松尾神社例祭 9月13日
秋季皇霊祭遥拝式 9月秋分の日
忠魂碑慰霊祭 9月24日
秋季祭くり祭 9月27・28日
住吉神社例祭 10月1日
神嘗祭遥拝式・神嘗奉祝祭 10月17日
軍艦多摩戦歿者慰霊祭 10月25日
文化祭 11月3日
七五三詣 11月15日
大鷲神社例祭 11月酉の日
新嘗祭(新穀感謝祭) 11月23日
水神社例祭 12月16日
冬至祭 冬至の日
天皇誕生祭(天長祭) 12月23日
煤払祭 12月27日
文化財
木造狛犬 (玉眼 漆箔)
国 重要文化財
文化財種別不明 昭和24年2月18日指定
文化財種別不明 昭和24年2月18日指定
馬場大門のケヤキ並木
国 天然記念物
文化財種別不明 大正13年12月9日指定
文化財種別不明 大正13年12月9日指定
武蔵国府跡
国 史跡
文化財種別不明 平成21年7月23日指定
文化財種別不明 平成21年7月23日指定
本殿
東京都 有形文化財
建造物 昭和37年3月31日指定
建造物 昭和37年3月31日指定
府中高札場
東京都 旧跡
文化財種別不明 昭和4年10月2日指定
文化財種別不明 昭和4年10月2日指定
武蔵府中のくらやみ祭
東京都 無形民俗文化財
文化財種別不明 平成22年3月23日指定
文化財種別不明 平成22年3月23日指定
大國魂神社境内樹木の一部
府中市 天然記念物
文化財種別不明 昭和36年12月15日指定
文化財種別不明 昭和36年12月15日指定
徳川慶喜自筆の額
府中市 有形文化財
書跡 昭和47年6月30日指定
書跡 昭和47年6月30日指定
徳川家の朱印状(12通)
府中市 有形文化財
古文書 昭和49年3月15日指定
古文書 昭和49年3月15日指定
大國魂神社神宝の刀剣(3振)
府中市 有形文化財
工芸品 昭和49年3月15日指定
工芸品 昭和49年3月15日指定
大國魂神社鼓楼
府中市 有形文化財
建造物 昭和56年10月16日指定
建造物 昭和56年10月16日指定
大國魂神社神宝の刀剣(1振)
府中市 有形文化財
工芸品 昭和56年10月16日指定
工芸品 昭和56年10月16日指定
大國魂神社奉納刀剣(10振)
府中市 有形文化財
工芸品 昭和60年1月25日指定
工芸品 昭和60年1月25日指定
久世大和守寄進物(7品)
府中市 有形文化財
工芸品、歴史資料 昭和63年12月26日指定
工芸品、歴史資料 昭和63年12月26日指定
ケヤキ並木馬場寄進の碑
府中市 有形文化財
歴史資料 平成5年12月22日指定
歴史資料 平成5年12月22日指定
大國魂神社の木造獅子頭一対
府中市 有形民俗文化財
民俗資料 平成26年2月19日指定
民俗資料 平成26年2月19日指定
大國魂神社東照宮本殿 附 寛保3年再建の棟札 1枚
府中市 有形文化財
建造物 平成26年5月21日指定
建造物 平成26年5月21日指定
建築
本殿 三間社流造銅板葺
神紋
情報募集
出典
公式サイト
https://www.ookunitamajinja.or.jp/
Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%A7%E5%9C%8B%E9%AD%82%E7%A5%9E%E7%A4%BE
国指定文化財等データベース
https://kunishitei.bunka.go.jp
東京都
https://bunkazai.metro.tokyo.lg.jp/il/meta_pub/G0000002jabunkazai
府中市
https://www.city.fuchu.tokyo.jp/gyosei/fuchusinogaiyo/bunka/siteibunkazai20230401.html
東京都神社庁
http://www.tokyo-jinjacho.or.jp/
[書籍]ご利益めぐり全国神社誌
巖谷小波・神社神徳研究会、展望社、1997年
https://www.ookunitamajinja.or.jp/
Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%A7%E5%9C%8B%E9%AD%82%E7%A5%9E%E7%A4%BE
国指定文化財等データベース
https://kunishitei.bunka.go.jp
東京都
https://bunkazai.metro.tokyo.lg.jp/il/meta_pub/G0000002jabunkazai
府中市
https://www.city.fuchu.tokyo.jp/gyosei/fuchusinogaiyo/bunka/siteibunkazai20230401.html
東京都神社庁
http://www.tokyo-jinjacho.or.jp/
[書籍]ご利益めぐり全国神社誌
巖谷小波・神社神徳研究会、展望社、1997年
