有名度
前頭出水神社
いずみじんじゃ
熊本県熊本市中央区水前寺公園8−1
熊本県熊本市中央区水前寺公園8−1

663highland(wikipedia CC 表示 2.5)
かんたんご利益
- 恋愛
- 健康
- 仕事
出水神社には
「恋愛系」「健康系」「仕事系」
のご利益があります。※かんたんご利益はご利益をジャンル毎に分けわかりやすく表示したものです。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。
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※光っているご利益は特に有名なご利益です。
ご利益
商売繁盛 無病息災 縁結び
御祭神
主祭神
細川忠利卿 ほそかわただとしきょう
主祭神
藤孝卿 ふじたかきょう
主祭神
忠興卿 ただおききょう
主祭神
重賢卿 しげたかきょう
配祀
細川光尚朝臣 ほそかわみつなおあそん
配祀
綱利朝臣 つなとしあそん
配祀
宣紀朝臣 のぶのりあそん
配祀
宗孝朝臣 むねたかあそん
配祀
治年朝臣 はるとしあそん
配祀
斉茲朝臣 なりしげあそん
配祀
斉樹朝臣 なりたつあそん
配祀
斉護朝臣 なりもりあそん
配祀
韶邦朝臣 よしくにあそん
配祀
護久朝臣 もりひさあそん
配祀
忠興卿室の玉(通称ガラシャ) ただおききょうしつのたま(ガラシャ)
神社系統
この神社の主な系統は
「不明(1柱)」
です。※系統は御祭神や由緒による神社の分類です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。
由緒・歴史 | 特徴
出水神社は熊本県熊本市中央区に鎮座する神社。御祭神は細川忠利卿、藤孝卿、忠興卿、重賢卿、細川光尚朝臣、綱利朝臣、宣紀朝臣、宗孝朝臣、治年朝臣、斉茲朝臣、斉樹朝臣、斉護朝臣、韶邦朝臣、護久朝臣、忠興卿室の玉(通称ガラシャ)の15柱をまつる。
社格は旧県社。
寛永9年(1632年)、細川忠利公は肥後熊本に入国し、熊本藩初代藩主となった。忠利公は熊本城の東南に、豊前から招いた僧・玄宅のために寺院を建立し、水前寺と名付けた。また、鷹狩りの際にこの地の湧水を気に入り、御茶屋を設けた。これが後の水前寺成趣園の始まりである。
その後、二代藩主細川光尚公、三代藩主細川綱利公の時代に庭園の整備が進められ、寛文11年(1671年)に回遊式庭園が完成して成趣園と称された。元禄年間には東屋が建てられ、成趣園十景も選定された。宝暦2年(1752年)、細川重賢公による藩政改革の際には園内の建物が整理され、酔月亭を残して撤去された。
明治2年(1869年)の版籍奉還により成趣園は一時官有地となり、明治10年(1877年)の西南戦争では熊本城下が大きな被害を受けた。翌明治11年(1878年)10月7日、旧熊本藩士らによって水前寺成趣園内に出水神社が創建され、細川藤孝公、忠興公、忠利公、重賢公の4柱が祀られた。明治12年(1879年)には県社に列し、その後、歴代肥後藩主10柱と忠興公夫人の玉子(ガラシャ)が合祀された。
第二次世界大戦では社殿の大半が焼失したが、御神庫と神楽殿は戦災を免れた。昭和45年(1970年)に復興事業が開始され、昭和48年(1973年)12月7日に現在の社殿が完成した。
出水神社は水前寺成趣園の園内に鎮座し、境内には神楽殿が残る。社務所には細川家ゆかりの資料や宝物が伝えられ、細川藤孝公肖像画、忠利公御筆、水前寺御茶屋図、藤孝公初陣図、黒漆塗牡丹獅子蒔絵鞍などが所蔵されている。
年間を通じて祭礼も行われており、4月22日から24日の春季大祭では恩徳祭、献茶式、御当日祭、能楽奉納などが執り行われる。8月第1土曜日には薪能を伴う夏祭奉告祭、10月には御鎮座記念祭や秋季例祭が行われ、古武道奉納や流鏑馬式も催されている。
社格は旧県社。
寛永9年(1632年)、細川忠利公は肥後熊本に入国し、熊本藩初代藩主となった。忠利公は熊本城の東南に、豊前から招いた僧・玄宅のために寺院を建立し、水前寺と名付けた。また、鷹狩りの際にこの地の湧水を気に入り、御茶屋を設けた。これが後の水前寺成趣園の始まりである。
その後、二代藩主細川光尚公、三代藩主細川綱利公の時代に庭園の整備が進められ、寛文11年(1671年)に回遊式庭園が完成して成趣園と称された。元禄年間には東屋が建てられ、成趣園十景も選定された。宝暦2年(1752年)、細川重賢公による藩政改革の際には園内の建物が整理され、酔月亭を残して撤去された。
明治2年(1869年)の版籍奉還により成趣園は一時官有地となり、明治10年(1877年)の西南戦争では熊本城下が大きな被害を受けた。翌明治11年(1878年)10月7日、旧熊本藩士らによって水前寺成趣園内に出水神社が創建され、細川藤孝公、忠興公、忠利公、重賢公の4柱が祀られた。明治12年(1879年)には県社に列し、その後、歴代肥後藩主10柱と忠興公夫人の玉子(ガラシャ)が合祀された。
第二次世界大戦では社殿の大半が焼失したが、御神庫と神楽殿は戦災を免れた。昭和45年(1970年)に復興事業が開始され、昭和48年(1973年)12月7日に現在の社殿が完成した。
出水神社は水前寺成趣園の園内に鎮座し、境内には神楽殿が残る。社務所には細川家ゆかりの資料や宝物が伝えられ、細川藤孝公肖像画、忠利公御筆、水前寺御茶屋図、藤孝公初陣図、黒漆塗牡丹獅子蒔絵鞍などが所蔵されている。
年間を通じて祭礼も行われており、4月22日から24日の春季大祭では恩徳祭、献茶式、御当日祭、能楽奉納などが執り行われる。8月第1土曜日には薪能を伴う夏祭奉告祭、10月には御鎮座記念祭や秋季例祭が行われ、古武道奉納や流鏑馬式も催されている。
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神社詳細
摂末社・境内社
末社 稲荷神社
祭神不明例祭
春季祭典 4月22日~24日
夏祭 8月第1土曜日
秋季例大祭 10月18日~20日
月次祭 毎月1日・7日・15日
夏祭 8月第1土曜日
秋季例大祭 10月18日~20日
月次祭 毎月1日・7日・15日
文化財
水前寺成趣園
国 名勝及び史跡
文化財種別不明 昭和4年12月17日指定
文化財種別不明 昭和4年12月17日指定
建築
情報募集
神紋
情報募集
出典
Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%87%BA%E6%B0%B4%E7%A5%9E%E7%A4%BE_(%E7%86%8A%E6%9C%AC%E5%B8%82)
国指定文化財等データベース
https://kunishitei.bunka.go.jp
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%87%BA%E6%B0%B4%E7%A5%9E%E7%A4%BE_(%E7%86%8A%E6%9C%AC%E5%B8%82)
国指定文化財等データベース
https://kunishitei.bunka.go.jp
